第6話:すいとん汁

 ナナ=ビュランは謎が解けたことに満足な表情を浮かべる。しかし、この時の彼女はまだ知らなかった。この先も立派な肩書持ちたちの脳漿のうしょうや内臓が次々と唐突にぶちまけられていくことを……。


 さて、荷馬車はゴトンゴトンと車輪を鳴らしながら、順調に旅路は続いていた。ネーコ=オッスゥは道中、豚ニンゲンオークやゴブリンの襲撃には警戒はしていたが、運が良いのか、そういった一団には出くわすこともなく、予定地であるキャンプ場跡地に辿りつくことが出来たのであった。


「なんとか、ここまでは無事に到着出来たんだみゃー。いやあ、半信半疑にタイラー殿からもらった聖水を馬車に振りまいておいたおかげなのかもしれないなんだみゃー」


「ふむっ。あの聖水は魔物モンスターたちが嫌がる臭いが発せられるからなっ! ドラゴンの糞尿が元になっている。低位の魔物モンスターは高位の魔物モンスターには近寄らぬものだ。それゆえ、効果は抜群といったところだ……」


 聖水の成分の種明かしにネーコ=オッスゥはなるほどと思ってしまう。聖水を振りまいた荷馬車の幌からほんのりと匂ってくる何とも言えない臭さの正体はドラゴンの糞尿だったのかと。焼きたてのとうもろこしのような匂いに似ていることに、もしかするとドラゴンドラゴンでも、肉よりも草木が主に主食としている種族なのかみゃー? と思ってしまうのであった。


「どれ……。キャンプ場の周りにも聖水を振りまいておこう。こういった野原のキャンプ場には魔物除けの仕掛けが施されているが、ここしばらく、誰も立ち寄っていないっぽいからな」


 マスク・ド・タイラーはそう言いながら、荷馬車の荷台から飛び降りる。その後、黒いパンツの中に両手を突っ込み、聖水入りのガラスの小瓶を2本取り出す。そして、キャンプ場のかがり火跡を中心として半径10ミャートルほどの円を描くように聖水を少しずつ振りまいていくのであった。


 マスク・ド・タイラーがそれをしている間にナナ=ビュランはクッション代わりに使っていた飼葉の束を荷台から降ろす。そして、荷馬車に繋がれていた馬の前にそれをドスンと置く。すると、馬たちは大層、腹を空かせていたのか、その飼葉をもぐもぐと食べ始めるのであった。そんな馬たちを見て、ナナ=ビュランはほっこりとした笑顔になってしまう。


「たーんとお食べ? よしよーし、慌てなくても誰も取り上げたりしないからね?」


 ナナ=ビュランは馬たちの頭頂部から後頭部をよしよしと優しく撫でる。すると、馬たちは嬉しいのか、ナナ=ビュランの顔をその長い舌でベロベロと舐めまわすのである。ナナ=ビュランはくすぐったく、こら、やめなさいと軽く馬たちを叱るのであった。そんなナナ=ビュランを微笑ましくも同時に羨ましそうに見つめる人物がいた。それはシャトゥ=ツナーである。


(ナナは馬たちに懐かれているッスね……。俺も馬たちみたいにナナのほっぺたをベロベロしてみたいッス、って何を考えているッスか!?)


 道中、魔物モンスターに襲われなかたこともあり、すっかり気の抜けたことを考えてしまうシャトゥ=ツナーであった。彼は邪念を振り払うためにも、自分がすべき作業に移る。


 水の入ったかめに鉄製の鍋をつっこみ、その鍋の中を水で満たすのであった。そして、その水をこぼさぬように注意して、荷馬車の荷台から降りる。そして、その鍋をかがり火跡の近くに置く。これを2往復続けて、水を張った鍋を計2個、用意したのであった。ひとつは直接、火をかけて、食材を調理するために。もうひとつは飲み水などに使うために準備したのである。


「ご苦労さんだみゃー。んじゃ、さっそく夕食の準備に取り掛からせてもらうんだみゃー」


 そう言うのはネーコ=オッスゥであった。彼は左腕に大きな白菜を抱えており、それを手ごろな大きさに刻んで鍋に突っ込むつもりだったのである。今日の夕飯は『すいとん汁』であった。野菜と肉のごった煮の中に、小麦の生地を手ごろな大きさに千切り、そのごった煮の中につっこんで、さらに味噌ミッソを入れて味付けすれば出来上がりという、なんとも傭兵が好む無骨な料理であった。


 しかしながら、無骨な料理でありながら、これがまた美味い。ごった煮にする野菜はその都度、変えれば、いろいろと触感も変わる。本日の具材は白菜と干しシイタケ、そしてお馴染みの干肉である。干肉は大きな塊から厚めに切り落とし、さらに一口サイズのブロック状にしたものだ。


 キャンプ場跡地にはすいとん汁の良い匂いがぷわ~んと漂い、その匂いを嗅いだナナ=ビュランは腹がぐぅ~と鳴いてしまうことになる。ナナ=ビュランは腹が鳴ってしまったことに気恥ずかしさを感じて、顔を真っ赤に染めてしまう。


「ハーハハッ! ニンゲン、腹が空けば、腹が鳴るのは自然の摂理っ! そんなに恥ずかしがることもないだろう!」


 しかし、マスク・ド・タイラーのフォローは失敗に終わる。ナナ=ビュランは指摘されたことで今まで以上に顔を真っ赤に染めることになる。それもそうだろう。ナナ=ビュランは御年16歳の多感な時期なのだ。いくら花より団子と言われる歳だとしても、正面からそんなこと言われれば、赤面する他ないのだ。こればかりは日ごろ、自分は紳士だと豪語しているマスク・ド・タイラーだったとしても、落ち度は彼にあると言わざるをえない。


「す、すまない……。フォローしたつもりが追い詰めてしまったようだ……」


「もう、何をしているんだみゃー。ほら、ナナ殿。僕は気にしてないから、こっちにきて、皆で食べるんだみゃー」


 ネーコ=オッスゥはそう言いながら、木製のお椀にたっぷりとすいとん汁を盛り、ナナに向けてそのお椀を突き出すのであった。ナナ=ビュランは顔を地面に向けたまま、歩幅小さくパタパタと小走りでネーコ=オッスゥの近くで正座をし、そのお椀を両手で受け取る。


 未だに恥ずかしそうにしているナナ=ビュランを見て、ネーコ=オッスゥはやれやれといった感じを醸し出すが、それを悟られないように彼女の頭をぽんぽんと軽く2度叩く。


「美味しそうなご飯の匂いを嗅いだら、お腹が鳴るのは当然なんだみゃー。ほら、僕のお腹も虫が鳴っているんだみゃー」


 ネーコ=オッスゥはそう言うと、お腹に少し力を入れて、ぐぅうううと鳴らすのであった。ナナ=ビュランはその音を聞いて、ぷぷっと噴き出してしまう。


「そうよね。お腹が空いたら、お腹の虫が騒ぎ出すのは当然だもんねっ! これぞ、生きているあかしってやつよねっ!」

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