第4話:擬態

 コニャック=ポティトゥは大きく開いた口から火球を次々と生み出す。直径50センチュミャートルほどと、先ほどまでと比べれば、かなり小さめの火球であったが、それをマスク・ド・タイラーを中心として四方八方にまき散らす。コニャック=ポティトゥの企みは、それらを直接、マスク・ド・タイラーにぶつけることではなかった。彼の動きを封じることに意味を見出したのである。


 デタラメに飛んでくる火球に対して、マスク・ド・タイラーが取れる行動は限られていた。火球が地面に当たり、破裂するのに巻き込まれないようにすることのみであった。マスク・ド・タイラーは確実に足を止められてしまう。そこにズシンズシンッ! と重低音を奏でて、破城槌を構えたコニャック=ポティトゥが真っすぐに突っ込んでくる。


 見事、コニャック=ポティトゥの思惑通りにマスク・ド・タイラーは破城槌の先端をぶち当てられて、宙へと吹っ飛ばされることになる。しかし、マスク・ド・タイラーも間抜け面を晒して、破城槌を打ち付けられたわけではない。


 彼は先ほどと同様に胸の前30センチュミャートル先の空間に直径20センチュミャートルの黒い渦を創り出し、その渦に左腕を突っ込んで、長方形の銀色の金属盾を引き抜いていた。そして、その大きな盾で破城槌の攻撃を受けたのである。もちろん、全体重を乗せた破城槌の一撃だ。マスク・ド・タイラーの構えた金属盾は中央部からひしゃげ曲がり、彼と共に宙を舞うことになる。


 しかし、それでもマスク・ド・タイラーはその金属盾により一命をとりとめることになる。それと彼はわざと宙に吹き飛ばされていたのだ。少しでもダメージを減らすために、地面に直接打ち付けられるのではなく、宙に飛ばされることにより、身体から衝撃を逃げさせていたのである。


(こしゃくですワ。この2撃目で確実に仕留める予定でしたが、ワタクシが思っているほどのダメージを負わせられなかったみたいですワ)


 コニャック=ポティトゥは破城槌をマスク・ド・タイラーにぶつけはしたものの、感触が不十分であった。まだやりきれていない。そんな感触が彼女の右腕に残る結果となったのである。それゆえ、警戒を解かずに速度を殺さないように反転する。そして次こそはトドメだとばかりに地面に背中から着地したマスク・ド・タイラーの位置を見定め、再度、彼に向かって突進していく。


竜の焼き付く息吹ドラゴニック・ファイアブレスですワ!!」


 もちろん、マスク・ド・タイラーの動きを封じるために、火球を飛ばすことも忘れない。彼は未だ、地面に突っ伏したままではあるが、その姿が擬態であることは十分に考えられる。彼女に油断はひとつもなかった。必勝の策をもってして、マスク・ド・タイラーを屠ろうと考えていたのである。


(もらいましたワ!!)


 コニャック=ポティトゥがマスク・ド・タイラーとの距離、1ミャートルを切った時、自分の勝利を確信したのである。マスク・ド・タイラーは身を起こそうと、四つん這い状態であった。今から回避することは到底出来はしないとコニャック=ポティトゥは思った。


 コニャック=ポティトゥは破城槌を軽く下側へスイングする。破城槌の先端は地面を抉り、大量の土砂を宙に巻き上げる。そして、地面を抉る音とは違うドガシャーン! という金属音が響き渡る。


 コニャック=ポティトゥは竜顔のままでニヤリと笑みを浮かべる。マスク・ド・タイラーの身を包む黒獅子の全身鎧フルプレート・メイルごと、その身を粉砕したと思ったからである。現に、走る自分の視界の端に金属盾や、鎧の胴回り部分、そして、元々は脚絆きゃはんや籠手だと思えるものが宙を舞っているのが見えるのである。


「クフフッ! 勝ちましたワッ!!」


 コニャック=ポティトゥは勝利の美酒に酔いしれていた。魔族の宿敵であるあのマスク・ド・タイラーを自分の手で屠ったことに喜びを感じていた。


「これでワタクシは名実ともに魔族のナンバー2の座に着けますワ! あの小憎たらしいナーガ=ポティトゥを引きずり降ろすことが出来ますワ!!」


「ほう、ナーガ=ポティトゥはまだ存命だったか……。それは良いことを聞いた……」


 いきなり、自分の頭頂部からマスク・ド・タイラーの声が聞こえて、ギョッとした顔つきになってしまうコニャック=ポティトゥである。何とマスク・ド・タイラーは生きていたのだ。マスク・ド・タイラーはあろうことか、彼女の右肩の上で両足をそろえて、胸の前で腕を組み、鉄仮面付き兜と黒いパンツ一丁のみの姿で毅然と直立していたのである。


「な、な、なんで貴方がそこニ!?」


「ふんっ。鎧を脱ぎ捨てただけのことよ。貴様はわたしを粉砕したかのように錯覚してくれたようだな。これが自分の矜持を捨てたがゆえの結末だっ!!」


 マスク・ド・タイラーはそう叫ぶと、黒いパンツの中に両手を突っ込み、もぞもぞと何かを探る。そして、彼が黒いパンツから両手を抜き出すと、長さ3ミャートルはあろうかという2本の鋼鉄製のイバラの鞭の柄を握りしめていたのである。そして、そのイバラの鞭を何重にもコニャック=ポティトゥの首から上に巻き付ける。


 そして、マスク・ド・タイラーはイバラの鞭の柄を握りしめたまま、地面に飛び降り、こう叫ぶ。


爆破エクスプロージョン!!」


 コニャック=ポティトゥの頭に巻き付いている鞭のトゲ部分が盛大に爆発する。


爆破エクスプロージョン!!」


 先ほどはマスク・ド・タイラーが右手に持つ鞭が爆発した。今度は左手に持っている鞭が爆発したのである。その2連続の爆発により、コニャック=ポティトゥの上顎と右眼が吹き飛ぶ。そして、竜顔の顔の右半分が破壊し尽くされて、金属で出来た脳が露出することになる。


「ウゲゲゲ、ウギギギ!?」


 コニャック=ポティトゥは自分の身に何が起きたか理解できなかった。勝利の美酒を味わっていた次の瞬間には自分の負けが決まるなど、誰が予想できようか? コニャック=ポティトゥは混乱に陥っていた。何がいけなかったのかを露出してしまった金属の脳で繰り返し演算する。しかし、彼女の脳は答えを出せなかった。


爆破エクスプロージョン!!」


 マスク・ド・タイラーは黒いパンツから銀色の長剣ロング・ソードを抜き出し、停止したコニャック=ポティトゥの下半身の背に飛び乗る。さらにはそこからジャンプし、剥き出しになった金属の脳に直上から体重を乗せて、その長剣ロング・ソード下手したてに構え直して突き刺す。そして爆発系魔術を唱えて、長剣ロング・ソードの刃を破裂させたのであった。

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