第3話:マウント=ポティトゥの笑み

 力いっぱい、赦しの光ルミェ・パードゥンの刃を叩きつけたというのに、逆に叩きつけた側のシャトゥ=ツナーの両手がびりびりと痺れてしまう。まるで鋼鉄の塊そのものに長剣ロング・ソードを打ち付けたかのような感触が手に残る。


 しかもめいいっぱい打ち付けられた側の額が少しだけ凹んだ熊顔のマウント=ポティトゥがにやりと笑う。その微笑にぞくりと背中から嫌な汗が噴き出すシャトゥ=ツナーであった。


 シャトゥ=ツナーが次に取った行動は回避行動であった。マウント=ポティトゥが左腕を身体の内側から時計の逆回りに振り回してきたのだ。シャトゥ=ツナーは左腕に取り付けていた丸盾を素早く取り外し、その丸盾の上に自分の両足を乗せる。そして、太ももからふくらはぎまでの筋肉をしなやかに使い、丸盾を土台として、マウント=ポティトゥから身を離す方向にジャンプする。


 土台に使われた丸盾は両足で蹴られたことにより、勢いよくマウント=ポティトゥの顔面にぶち当たることになる。これが功を奏し、丸盾は目隠しともなり、マウント=ポティトゥは目測を誤る。すんでのところでシャトゥ=ツナーは奴の棍棒のような左腕を回避し、それは空をきることになる。


(あっぶねーッス! たまたま、丸盾があいつの顔面方向に飛んで行ってくれたから助かったッス!!)


 シャトゥ=ツナーの背中に流れ出していた冷や汗がさらにブワッと滝のように吹き出す。あの単純に振り回してくる両腕にまともに当たれば身体の骨という骨を砕かれて死ぬ。そんな嫌な想像がシャトゥ=ツナーの脳裏をよぎるのであった。


 マウント=ポティトゥの初撃をネーコ=オッスゥが防ぎ切り、カウンター気味にナナ=ビュランとシャトゥ=ツナーが攻撃したわけだが、結果は彼らの思い描くモノではなかった。


 ネーコ=オッスゥが両手で持つ戦斧バトル・アクスの刃のあちこちにひびが入る。

ナナ=ビュランはマウント=ポティトゥの右わき腹に闇の告解コンフェッション・テネーヴァを喰い込ませたは良いが、抜けなくなってしまい、仕方なく手放した。そして、シャトゥ=ツナーは自分の身を守ってくれる丸盾を失ってしまうこととなる。


「どうするッスか? ネーコさん、もう一度、さっきの芸当が出来そうッスか?」


「ネタがバレてしまったから、次は対策されると思うんだみゃー。でも、やるしかないってことは理解しているんだみゃー」


「ネーコさんがあいつの態勢を崩してくれないと、そもそも、あたしたちが攻撃に回れない……。ネーコさん、お願いっ!」


 ネーコ=オッスゥの左右に展開する2人が自分になんとかしてほしいと懇願してくる。ネーコ=オッスゥはありがたいような、ありがたくないような願いに、ははは……と力なく笑う他なかった。あの振り下ろされる棍棒の一撃をはじき返したのは奇跡的とも言えたのだ。それをもう1度やってくれと言われて、出来るわけがないとは返しにくい。2人とも、自分に期待してくれているのだ。その期待に応えてこそ、傭兵冥利に尽きるはずだと、ネーコ=オッスゥは自分を鼓舞する。


「任せておけだみゃー! ナナ殿とシャトゥ殿は隙をうかがっているんだみゃー! 僕がなんとかしてみせるんだみゃー!」


 ネーコ=オッスゥはそう言うと、ウオオオ! と雄叫びをあげて、戦斧バトル・アクスを左から右へ振り回し、またもや独楽こまのように回転しながら、マウント=ポティトゥの真正面からつっこんでいく。


 マウント=ポティトゥはこの時、面白イと思っていた。自分の振り下ろす棍棒と化した両腕を相手にまともに正面から挑んできたニンゲンなど、ここ十数年は見かけなかったからだ。マウント=ポティトゥはつい口の端が緩むことになる。この時になって、マウント=ポティトゥはこの眼の前の3人組が自分と戦えるだけの戦闘力を持っていると認識したのである。


 まあ、それも3人揃っているからだろうとも思うマウント=ポティトゥであった。正面から向かってくる半虎半人ハーフ・ダ・タイガを屠ってしまえば、あとは非力な半猫半人ハーフ・ダ・ニャン半兎半人ハーフ・ダ・ラビットだけである。少しもったいない気もするが、マウント=ポティトゥはまず、自分にまっすぐ向かってくる半虎半人ハーフ・ダ・タイガに向かって、まるで太鼓を叩くが如くに両腕を交互に打ち付けていく。


 この連続攻撃に独楽こまのように回っていたネーコ=オッスゥが驚くことになる。右腕の1撃目をはじき返したと思えば、すぐに左腕の2撃目がやってくる。その2撃目をなんとかはじき返したと思えば、またもや右腕が振り下ろされていく。その力任せの攻撃をはじき返すたびに、独楽こまの回転数はどんどん落ちていく。さらには両手で握る戦斧バトル・アクスはギイイイン! ギイイイン! と悲鳴をあげ続けるのであった。


 何度目の振り下ろしであろうか? ネーコ=オッスゥの両腕は衝撃により痺れきっていた。すでに戦斧バトル・アクスを握っている感触は彼にはなかった。ただただ、無心でネーコ=オッスゥは回転しつづけたのである。


 マウント=ポティトゥは半虎半人ハーフ・ダ・タイガの回転数が眼に見えて落ちていることを視認していた。あと一撃、食らわせれば終わりダとそう思ったのである。ならばせめて、渾身の力を込めて屠ってやることそが戦士としての礼儀であろうと、マウント=ポティトゥは両腕を同時に振りかぶったのだ。


 ネーコ=オッスゥはその隙を見逃さなかった。最後の力を振り絞り、衰えていた回転数を現在の2倍に引き上げたのである。そして、まるで砲丸投げの要領で戦斧バトル・アクスを手放し、マウント=ポティトゥの顔面目掛けて、それをぶん投げたのであった。


 この奇襲とも言える攻撃にマウント=ポティトゥは面喰らうことになる。


(まさか、我輩が両腕を振り上げる瞬間を狙ってイタ!?)


 ぐるんぐるんとまるでブーメランのように回転しながら、自分の顔面にまっすぐ飛んでくる戦斧バトル・アクスに驚愕するマウント=ポティトゥであった。両腕を振り上げてしまったために、今からは顔を防御できない。マウント=ポティトゥは向かってくる戦斧バトル・アクス戦々恐々せんせんきょうきょうとならざるを得なかった。


 さらに追い打ちをかけるようにネーコ=オッスゥは大きく口を開き、虎の咆哮タイガ・ハウリングを放つ。その咆哮は戦斧バトル・アクスを飛び越えて、マウント=ポティトゥの両耳に突き刺さるのであった。

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