第10話:右腕

 ナナ=ビュラン、シャトゥ=ツナー、ネーコ=オッスゥの3人は『豚ニンゲンオークに睨まれたエルフの幼女』の如くに震えあがっていた。警護隊のことごとくを屠った張本人を眼の前にして、震え上がらぬわけがない。さらには意味不明の怒号を喰らって、さらにその身は縮み上がっていたのである。


 しかしながら、マスク・ド・タイラーだけは違った。


「で? そのジャガなんとかという奴を探しにきたは良いが、見つからなかったと? もし、そいつがワニ顔の絡繰り人形ポピー・マシンであるなら、わたしが倒してしまったぞ?」


「何を言っているノダ! ジャガ=ポティトゥはポティトゥ三大貴族の中で最弱と言われているガ、お前たちのような脆弱なニンゲンに倒されるほど、ヤワではナイ!!」


 マウント=ポティトゥが覇気を含んだ怒号を飛ばし、眼の前のパンツ一丁の姿の上から黒い外套マントを羽織った男を威圧する。だが、男はどこ吹く風の如くにその威圧をふんっ! との一息ではじき返してしまう。相手を威圧するための覇気がそのまま自分に跳ね返ってきたことで、マウント=ポティトゥは大きく身を揺らされることとなる。


「なにぃ!? 我輩の覇気をはじき返すダト!?」


「何が覇気だっ! 貴様たち絡繰り人形ポピー・マシンは排気熱をさも覇気かのように見せかけているだけの話だっ! そこらの二流以下の戦士を騙せても、このわたしに通用するとは思うなっ!!」


 マウント=ポティトゥは、ウグゥ……と唸るしか他なかった。自分の身体から生み出される熱を相手にぶつけることで委縮させていることを的確に指摘され、額から流れ出る汗が頬を伝い、顎へと伝っていく。それを右手で拭ったあと、右腕を振るって、その汗を地面に向かって振り飛ばす。


「何故、ニンゲンが絡繰り人形ポピー・マシンの存在を知ってイル? 我輩らは、歴史に消された存在ダ。貴様は一体、何者ダ?」


 マウント=ポティトゥは警戒心を最大限に上げて、眼の前のパンツ一丁の男に質問する。自分たちが絡繰り人形ポピー・マシンであることを知っているニンゲンが今の世に存在しないからこそ、マウント=ポティトゥは用心したのである。


 パンツ一丁の男は獅子を象った黒いマスクから鋭い眼光を発する。まるで、今にもマウント=ポティトゥに襲い掛からんとばかりの目力めぢからで、マウント=ポティトゥを睨みつける。


「貴様たち、絡繰り人形ポピー・マシン、いや、『魔族』に仇なす者だっ! わたしの名前はマスク・ド・タイラー! 『魔族』であれば、この名前に聞き覚えがあるはずだっ!!」


 マスク・ド・タイラーが胸の前で腕組みし、黒い外套マントを風になびかせながら、威風堂々とそう名乗る。名乗られた側のマウント=ポティトゥは明らかに動揺をその顔に浮かべる。


「な、なん……ダト!? 貴様があの『マスク・ド・タイラー』ダト!? そんなはずがあろうわけがナイッ! マスク・ド・タイラーは我輩らの先祖が切り刻んで、ツマーミ火山の火口に捨てたと言い伝えられているノダ! マスク・ド・タイラーが生きているわけがナイ!」


「ふんっ……。信じたくないなら、信じなければ良い……。だが、マスク・ド・タイラーの意思、生き様、そして矜持は、わたしの身体に受け継がれているっ! 貴様たち『魔族』を全員屠れとわたしの体内で雄叫びを上げているっ!」


 マスク・ド・タイラーは吐き捨てるようにそう言いのける。そして、黒いパンツの中に両手をつっこむ。両手がパンツから抜き出されると、その両手は黒鉄クロガネ製の大槌の柄を握っていた。マスク・ド・タイラーは大槌を振りかぶり、彼はその場で跳躍し、一気にマウント=ポティトゥとの距離を詰める。


「あの世で初代マスク・ド・タイラーに詫びろぉぉぉ!!」


 マスク・ド・タイラーがマウント=ポティトゥの頭頂部目がけて、大槌を振り下ろす。しかし、彼が握る大槌はマウント=ポティトゥの頭を砕くことはなかった。


「ふふふっ。マウント=ポティトゥをやらせませんわ?」


 マウント=ポティトゥの地面に映る長い影から飛び出すように現れたのは、ボロボロの紫色の外套マントを羽織った妖艶な女性であった。彼女は自分の右腕を黒鉄クロガネの大槌に叩きつけて、さらにその大槌の先端から中ほどまでを斜めに両断してしまうのであった。


 外套マントから覗かせる彼女の右腕は銀色に染まっていた。形状は弧を描くように湾曲しておりのようになっており、その様は右腕そのモノが鋭利なサーベルと言ったほうが適切であろう。彼女はそのままの勢いで、マスク・ド・タイラーに斬りかかる。マスク・ド・タイラーは繰り出される剣戟を半分に切り落とされた大槌で捌こうとする。


 だが、大槌は彼女の剣戟により、どんどんと削られていき、ついには柄の部分まで斬り落とされていく。彼女にとって、黒鉄クロガネ製の大槌など、包丁でキュウリを切り刻むと同じかのような扱いである。


 マスク・ド・タイラーはこれはたまらぬとばかりに、大きくバックステップをして、彼女から一気に身を離す。彼女は追撃をせずに口の端をニタリと歪ませる。まるで、いつでもトドメはさせるといわんばかりの余裕さえ見せるのであった。


「ふふふっ。マスク・ド・タイラー。わたくしの名前はコニャック=ポティトゥですわ。ポティトゥ三大貴族の中で最も美しく、最も強い……。それがわたくしですわ?」


 彼女の台詞に驚かされるのはマスク・ド・タイラーだけではなかった。彼らの近くで身を震わせていたナナ=ビュラン、シャトゥ=ツナー、そしてネーコ=オッスゥたちは愕然とするしかなかった。


「そ、そんな……。あたしはてっきり、両腕を大木のように変えちゃうほうだと思っていたのに……」


「俺もそう思っていたッス……。でも黒鉄クロガネの大槌を切り刻むほどの剣術の持ち主ッス、この女は。俺たちだとそんな芸当、出来る気がしないッス……」


「すごいんだみゃー。てか、僕たち、完全に蚊帳の外な気がしないかみゃー?」


 ネーコ=オッスゥが荷馬車の馬たちが暴れぬようにと、馬の首根っこを押さえながら、どうどうとあやしていたのであった。しかし、そんなことをしなくても馬たちもまたその身を震え上がらせていたのであった。この場から一歩動けば殺される。そんなことは野生の勘うんぬん関係なく、ひしひしと感じていたのであった。


「ナナ=ビュラン、シャトゥ=ツナー、ネーコ=オッスゥ! 男のほうは頼んだぞっ! わたしはコニャック=ポティトゥ相手で手がいっぱいになりそうだっ!!」

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