第9話:来訪者

 ゼラウス国では意図して、女性には性知識が入りにくい社会構造となっている。それは法王庁の存在ゆえである。法王庁が自身の神秘性を高めるために、ゼラウス国におけるお産婆は、法王庁に属する医院が一括管理しているのであった。生命の神秘たる出産の秘法を法王庁が管理するということこそが、法王庁がその権威を高めるための秘法とも言えたのである。


 しかしながら、傭兵稼業に就いているネーコ=オッスゥたちは嫁を迎えるほどの安定した収入がないために、結果として、自分の性欲を発散するためにも、娼館をよく利用する。そして、避妊に失敗した娼婦はもちろん妊娠するわけであるが、法王庁に申請せずに堕胎を行っているのだ。その後処理として、傭兵たちのような裏社会に足を半分つっこんでいる者たちが関わってくることになる。


 それゆえに、傭兵たちのような、よく娼館に出入りしているニンゲンは自然と性知識に詳しくなってしまうのであった。ゼラウス国の一般人、特に結婚前の女性が性知識に乏しいのは致し方ない社会構造なのである。


(ち〇こが萎えるとか、まったく意味がわからない……。てか、それが萎えるって言葉を使うこと自体、初めて知ったわけだし……。誰か、きちんと説明してほしい……)


 ナナ=ビュランが明らかに困惑した表情で、そわそわと顔を左右に振っている。ネーコ=オッスゥとマスク・ド・タイラーは、むろん、彼女と視線を合わせないように注意している。説明を求められたからと言って、はい、これが勃起した状態で、こちらが萎えた状態ですと、実演するわけにもいかないからだ。


「ちょーーーっと、待つッス! 何が何やらわからないってのは伝わってくるッスけど、俺の顔をじっと見て、どうにかしてくれそうなんて期待を込めた顔をするのはやめるッス! ヨンさんを助けたら、そのヨンさんにじっくり実演してもらったら良いッス!!」


「そう言われればそうね……。あたし、何を考えてるんだろ……。よりにもよって、あんたなんかに説明してもらおうなんて……。あんたの知識もそうたいしたことなさそうだし……」


 ナナ=ビュランのその言いにカチンッとくるシャトゥ=ツナーであった。そこまで言うなら、ここでズボンとパンツをずり降ろして、自分のモノをじっくりと見せつけてやろうかとさえ思ってしまうのであった。しかし、彼はすぐに冷静になり、そもそもとして、こんなちちもたいしてないような女性相手に、いきり起つほうが難しいッス……と思い直して、反論はやめることにするのであった。


 さて、ナナ=ビュランが自分の色気の無いショーツを皆に見えないところに隠す。周りの男連中は、さも興味無さそうに作業を続けていることに、少しイラッとするナナ=ビュランであるが、興奮されたらされたで嫌なので、これ以上の不平不満は口に出さないようにしておくのであった。


 作業が始まって30分もすると、大体、使えそうな物と、近くの寒村に立ち寄って、補充しなければならない物が何かなのかがわかるようになった。やはり、水を入れるためのかめの確保が最優先であることは変わりない。


 それと怪我をした時用のキレイな包帯、それと縫合用の糸であろうか? 辺り一帯が血の海になったことと生存者の治療に使ったことで、キレイな包帯類はほとんど残されてなかったのである。


 食料に関しては20人分を用意していたために、それらの半分がダメになったところで、さして問題は無い。かき集めた結果、これからの道中、4人分の食糧は十分に確保できている状態であった。


 ナナ=ビュランたちは、ほぼほぼ空の荷馬車の荷台を、わずかに残されていた水を使い、水をしっかりとしぼった布巾で念入りに拭く。先ほどまで怪我人やボロボロの遺体を運んだ荷馬車である。血の匂いは野犬等の野生生物を呼ぶだけではなく、血に飢えた凶悪な魔物モンスターも寄ってくる。そして、衛生面においても血をキレイに拭いとるのは重要なことだ。荷台が血で汚れていれば、彼女らは病気に感染しやすくなる。


 さらにその作業で30分が経過し、時刻も夕方の6時を回れば、太陽は地平線近くとなり、うっすらと空も暗くなってきていた。これ以上、ここで作業を続けるのは無理だろうと判断したナナ=ビュランたちは、詰め込めるだけ荷台に集荷場所に集めた荷物を積み込んで行く。


 しかし、ここで一旦、ナナ=ビュランたちは作業の手を強引に止められてしまう。


「貴様ラ! ジャガ=ポティトゥをドウシタ!! あいつが帰ってこない故に、見に来たガ、貴様ラが何故に生きてイル!?」


 突然、ナナ=ビュランたちの元に来訪したのはフード付きでボロボロの紫色の外套マントを羽織ったガタイの良い男であった。彼の名はマウント=ポティトゥ。6時間ほど前に、ナナ=ビュランたちを襲撃し、散々に暴れ回った張本人である。


 彼は怒りに身体を震わせていた。いくら待っても、自分たちの本拠地に戻ってこないジャガ=ポティトゥに苛立っていたのだ。それで、何処で道草を食っているのかと、彼はジャガ=ポティトゥを捜索しにきていたのである。未だ、死体を貪り喰っているのであれば、棍棒のような右腕で頭を砕いてやろうかとさえ思っていたのだ。


 しかし、彼の考えとは裏腹に、ジャガ=ポティトゥが殺すために追いかけた連中が生き残っていたこと、そして、その連中の周りにジャガ=ポティトゥの姿はどこにも見えなかったのである。となれば、考えられることはただひとつ、この連中はジャガ=ポティトゥを巻き、何かしらの罠を用いて、ジャガ=ポティトゥの動きを封じていると。


「ジャガ=ポティトゥを何処で罠に嵌メタ! 言わねば、貴様ラ、全員を殺スことになるゾ!」


 しかし、マウント=ポティトゥが怒号を発せども、ナナ=ビュランたちにはジャガ=ポティトゥが誰かもわからない。ただでさえ厄介な怪物が再び現れたことに戦々恐々せんせんきょうきょうとなっているところに追い打ちをかけるように身の覚えのないことで憤慨されては、ナナ=ビュランたちも困惑する他なかった。


「ふむ……。ジャガ=ポティトゥとはもしかして、わたしが倒してしまったワニ頭の絡繰り人形ポピー・マシンのことなのか?」


 この状況下でひとりだけ、胸の前で腕を組み、不思議そうに首を傾げているニンゲンが居た。その人物はマスク・ド・タイラーであった。彼だけ、今、ナナ=ビュランたちが置かれている状況を理解していなかったのである。

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