第5話:ヨンと巫女

「そう悪意たっぷりに言われマシテモ……。さきほども言いました通り、ワタシはただの神からの言葉をあなたたちに伝える役目しか担っていまセンノヨ? ワタシのほうこそ、神に何故そのような考えかをお持ちか聞きたいくらいデスワ?」


 巫女:ヤスハ=アスミがナナ=ビュランに抗議されたことが心外だとばかりにほっぺたを膨らませる。ナナ=ビュランとしてはこんな表情も出来るのかと、少しばかり驚かされてしまう。


 そんなナナ=ビュランに対して巫女は告げる。あなたは神に選ばれた特別な存在なのだと。自分はただ神の言葉を皆に伝えるためだけの存在に対して、あなたは光栄なのだと。しかしながら、ナナ=ビュランにとっては迷惑千万この上ない話なのだ。ただの騎士見習いでしかない自分がそんな大命を神から申し付けられるのか? これがわからない。


 かと言って、こんなことを自分の眼の前で正座している巫女に言ったところで、返ってくる言葉は容易に想像できる。『神がそうおっしゃった』。これに尽きるだろう。ナナ=ビュランは、ふうと軽くため息をつく。


「わかりました。神さまからの指名を受ける受けないかは返答しかねますけど、考えるだけは考えておきます……」


「なるべく色よい返事を期待してイマスワ。出来るなら、この場で承諾してもらえるのが一番デスガ。ワタシも神さまと通心をおこなうには、多大なるエネルギーを消費しますノデ。何度も通心をおこなうと、ワタシ自身の寿命を縮めてしまいマスシ」


 巫女:ヤスハ=アスミの言いに、ナナ=ビュランはそれはざまあみろとしか思わないのであった。もし、神託をそのまま受ければ、自分は幾度となく、命の危険に晒されることになるだろう。その責任の一端を担ってもらうためにも、巫女の寿命が削れるのはこれさいわいだと思ってしまうのであった。


「ナナ。巫女に聞きたいことは以上なのかい? そろそろ話し合いの時間が無くなってきているはずだから、聞きそびれることのないようにしたほうが良いよ?」


 この神託室には、時計が無かった。それゆえ、ヨン=ウェンリーは勘でそう言うのであった。時間がくれば、巫女との面会は強制的に打ち切りとなる。ヨン=ウェンリーの感覚としてはあと5~10分ほどで面会時間は終わりだろうと考えていた。


「ヨンさま、ありがとう。ヤスハさまに聞きたいことはだいたい聞き終えたと思う。あとは、あたし自身がどうするかだけの問題だと思う」


「そうか……。じゃあ、私が最後に質問させてもらおうかな。巫女:ヤスハ=アスミさま」


 ヨン=ウェンリーは彼女の名をわざわざフルネームで言う。ナナ=ビュランとしては、今更、改まってそんな風に彼女の名を呼ぶことに違和感を感じる。その違和感の正体が何であるかはすぐにわからないナナ=ビュランであった。


「もし、神の言葉に従わず、法王庁から誰かがナナ=ビュランに人的支援をおこなった場合はどうなるんですかね?」


「神の言葉に逆らえば、神自身がその者に神罰を下すだけだと思いマスワ? どんな神罰が下るかまでは、ワタシにはわかりかねマスガ」


 巫女の返答に、ヨン=ウェンリーは、ふむと息をつく。そして少し考えた後に再び彼女に質問をする。


「では、追加の質問として、ナナ=ビュランに直接、手を貸さずに陰ながら支援する場合はどうなるのかな?」


「それは神の眼をあざむくと言うことカシラ?」


 巫女:ヤスハ=アスミが口の端を軽く歪ませる。さも面白い質問をする男だと言わんばかりの表情だ。


「はははっ。そんなたいそれたモノではないよ。ただ、そういう抜け道はアリかどうかだけ知りたいだけだ」


 ヨン=ウェンリーの返答に対して、クククッと可笑しそうに笑う巫女である。巫女はおっとしまったという顔つきになり、口元を両手で抑える。


「ワタシとしましては、あまりお勧めできないことですが、その者がやりたいと思うのであれば、やってみれば良いと思いマスワ。神は民に慈悲を与えることもあるデショウ」


「ふむ。『慈悲』か。言いえて妙だ。まるで神託自体がナナ=ビュランに対する『罰』であるかのような言い方だね?」


 この質問に対して、巫女:ヤスハ=アスミは明確には何も返答しなかった。何とでも自由に受け取ってくれれば良いというそんな態度であった。ヨン=ウェンリーはナナ=ビュランの方に顔を向けて、軽く両腕を左右に広げ、肩をすくめる。


 ナナ=ビュランとしては、今までの彼らのやり取りを見て、抜け道は何かしらあるのだろうと察することになる。ヨン=ウェンリーが自分へ何かしらの助力を買って出てくれていることに安堵するのであった。


 しかしながら、無茶はしてほしくなかった。神の罰がどんなモノかは容易には想像できないが、ヨンさまが不利益を被るのはナナ=ビュランとしては不本意のことである。神の生贄になるのは自分だけで良い。ナナ=ビュランはそう思うのであった。


 ヨン=ウェンリーの質問を最後に面会時間が過ぎることになる。神託室の扉をコンコンとノックする者がいた。それが面会時間の終わりを告げる合図であった。ヨン=ウェンリーが正座したまま、上半身を軽く前に傾けて、お辞儀をする。


 ナナ=ビュランとしては釈然としないが、礼を欠くのは、いくらなんでも相手に対して無礼であろうと思い、ヨン=ウェンリーに遅れること、数秒後、巫女:ヤスハ=アスミにお辞儀をする。つられて、向こうも軽くお辞儀を返してくるのであった。


 そして、3人はふかふかの白い絨毯から立ち上がる。巫女:ヤスハ=アスミは神託室から去っていく2人に対して、右手を軽くヒラヒラと左右に動かし、さようなら、また会いまショウ? と告げる。その言いにナナ=ビュランは釈然としない思いであった。出来るなら、2度と顔を見合せたくない気持ちでいっぱいであった。


 かくして、巫女との面会は終わる。ヨン=ウェンリーは巫女との対話の内容を上に報告するためにナナ=ビュランと別れ離れになる。ナナ=ビュランはすっきりしない気持ちを晴らすためにも、法王庁の敷地内にある訓練場に足を向けるのであった。


 その訓練場でナナ=ビュランは黒鉄クロガネ製の長剣ロング・ソードの柄を両手で思いっきり握りしめる。そして眼の前の藁人形に対して、長剣ロング・ソードの刃がへし折れても構わないくらいに上段構えから斜めに力いっぱい振り下ろすのであった。


「なーにが神託よっ! なーにがワタシは伝達役に過ぎないよっ! いちいち、ヨンさまに胸の谷間を強調してんじゃないわよっ!!」

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