第10話:神託

 朝食を食べ終えた3人はそれぞれに家を出る準備をしていた。アルセーヌ=ビュランは司祭長チーフ・プリーストとしての勤めを果たすために法王庁へ。ココ=ビュランは再開された神学校へ。そして、ナナ=ビュランは聖堂騎士を目指すべく、法王庁の敷地内にある騎士見習いたちが腕を磨き合う訓練場へと向かうのであった。


 普段は家を出る時間帯は3人とも違うのであるが、どうせなら今日は一緒に法王庁に向かおうとナナ=ビュランが言いだしたのであった。他の2人はその提案を快諾し、3人揃って玄関から家の外に出るのであった。


 そして、道すがら他愛のないことを話しながら、ゆっくりとした歩調で法王庁へと向かって行く。


 しかし、運命の歯車はすでに回り出していた。彼女たちが安穏と過ごせる時間はここまでであった。




 ナナ=ビュランたち3人が修復された鉄条門をくぐり、法王庁内の正面広場に足を踏み入れた時に、法王庁が慌ただしい空気に包まれていることに彼女らは気づく。広場のそこかしこに数人の司祭プリーストたちで輪を作り、ああでもないこうでもないと話し合っていたのである。


 アルセーヌ=ビュランたちは、ただならぬ雰囲気を感じて、広場にたむろっている司祭プリーストたちの輪のひとつに混じり、話を聞いてみるのであった。


「おお、アルセーヌ司祭長チーフ・プリースト殿。大変ですぞ……。神託部の連中が何やら喚き散らしているようなのですぞ」


 司祭プリーストのひとりがアルセーヌ=ビュランにそう告げる。『神託部』と言う名を聞いて、アルセーヌ=ビュランは怪訝な表情となる。それもそうだ。『法王庁の穀潰し』として名高い神託部がまたも妄言を吐き散らしているのかと思うと、頭痛の種が増えたと思ってしまうアルセーヌ=ビュランである。


 神託部はその名と通り、神からの言葉を聞き、それを世のひとびとに伝える役目を背負っている。大飢饉がやってくるとか、大地震が起きるなどはまだ可愛いモノで、ひどい時は、私自身が神そのものだ! とほざく連中だ。


 彼らが法王庁に属する司祭プリーストたちから信用されてないのは、その的中率の低さにあると言っても過言ではなかった。十数年に一度は預言通りのことが起きるために、仕方なく、今まで解体されてこなかっただけの組織である。


「また世迷言か……。今日は枢機卿たちが一同に集まる日だと言うのに、また不吉なことを吹聴しだしたのか……」


 アルセーヌ=ビュランは近々に襲い掛かってくるであろう頭痛に対抗するためなのか、右手のひとさし指と親指で両側のこめかみを抑えるのであった。


「いえ……。今回、神託を受け取ったのは預言者:ヤスハ=アスミさまご本人のようなのです……。それゆえ、上も対応に困っているようなのです……」


「何……? ヤスハさまご本人だと?」


 法王庁には『巫女』と呼ばれる人物が所属していた。代々、『巫女』は神から言葉を預かる役目を担っている。当代の巫女にはヤスハ=アスミという半狐半人ハーフ・ダ・コーンで妙齢の女性が就いていた。神託部の性質たちの悪いことは、巫女の言葉を勝手に代弁することである。


「確認するが、本当にヤスハさまが神託室から出てきて、直接、その口から神託を告げられたのか?」


「はい……。その通りです。今までのように神託部の連中が勝手にわめいているわけではないのです!」


 巫女は神託室からほとんど出ずに、一心不乱に神の言葉が降りてくるのを待ち続けるのである。だから、巫女自身がその部屋から出ることなど、ほとんどない。それゆえに、神託部の連中は今まで自分たちの都合の良いように、たわごとをほざいてきたのだ。しかし、巫女本人がその口を開き、言葉を発するとなれば、一大事だ。その告げる内容によっては、法王庁を飛び越えて、ゼラウス国自体が動かなければならなくなる。


 ナナ=ビュランはどういうこと? と姉であるココ=ビュランに尋ねるのだが、ココ=ビュランとしても、巫女のことは話に聞く程度でしかなく、詳しい知識は持ち合わせていない。ただ、彼女が神託室から外に出ることは滅多にないということと、彼女が直接、何かを告げる時は、ゼラウス国全体で立ち向かっていかなければならない事態が差し迫っていることがわかるだけであった。


「お姉ちゃんにもわからないなら、あたしが理解するのは無理ってことよねー。うーーーん。あ、そうだ。これをネタにヨンさまに会いに行けば良いんだー!」


 と、呑気なことをナナ=ビュランが言っていると、法王庁の木製の正面扉が大きく左右に開かれて、そこから聖堂騎士たちが飛び出してくるのであった。その中には彼女の想い人であるヨン=ウェンリーの姿も見ることが出来たのである。


「あ、ヨンさまー! ちょうど良い所にっ! ねーねー! あたし、ヨンさまに聞きたいことがあるのー!」


「えっ!? ナナ! なんで、こんな朝早くから、法王庁に!?」


 ヨン=ウェンリーは法王庁の中央部から出てくるや否や、ナナ=ビュランを見つけたために素っ頓狂な声をあげてしまう。そして、しまった! という顔つきになるのであった。しかし、時すでに遅し。彼の周りの聖堂騎士たちが互いの顔を見合いながら、ナナだと? もしかして、巫女が言っていたナナ=ビュランとは彼女のことなのか!? と驚き始めるのであった。


 同僚である聖堂騎士たちが困惑している中をすり抜けるように、ヨン=ウェンリーは動くことになる。そして、ナナ=ビュランの下に辿り着き、彼女を抱きしめる。突然、抱きしめられたナナ=ビュランは何事なの!? と驚いてしまう。デート中でも人目を憚らずにヨン=ウェンリーに抱きしめられたことなど一度もなかったのだ、ナナ=ビュランは。


「ちょっと、ヨンさま!? 皆が見ているから! 恥ずかしいから!」


 ナナ=ビュランは慌てふためくのであるが、それでもヨン=ウェンリーは彼女をその腕の中で抱きしめ続けている。そこでナナ=ビュランは気付く。ヨン=ウェンリーの顔には苦渋の表情がありありと浮かんでいることに。


 そうこうしている内に、聖堂騎士の一団がナナ=ビュランたちを囲むことになる。誰しもが険しい表情をしていた。今から告げることが、彼女にとって、類稀なる苦難となることを知っていたからだ。


「ナナ=ビュラン殿で間違いあるまいな?」


「ええ……。そうですけど、何か御用ですか?」


 ナナ=ビュランが恐る恐る、聖堂騎士団のリーダーと思わしき男にそう問いかける。髭面の男は、苦虫を噛み潰したような顔つきで彼女にあることを告げる。


「巫女:ヤスハ=アスミ殿が神から神託を受け取った……。ナナ=ビュラン。貴殿には、鎮魂歌レクイエムの宝珠捜索をおこなってもらう……」

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