冒険記録33 機嫌が悪い愛馬
「あ、いた! 先生居ましたよ!」
遠くから白い服を着た女性が近寄ってくる。勝手に抜け出したヨシュアを探しに来ていた看護師だろう。その後ろから息を切らせながら駆け寄ってくる少しだけふくよかな男性。先生と呼ばれているから医者で間違いないだろう。
「いますぐ、へやに、もどって、くだ、さい……」
「戻りたいのは山々だが、私の愛馬が離してくれなくてね」
息が耐え耐えながらも戻るように伝えたが、押されて中にもう少しで入りそうな所でヨシュアは向きを変え、肩で息をしている医者を正面に見据えた。それでも厩に連れて行こうと、愛馬は彼の背中側の服を噛み、引っ張り出した。
「この通りな」
後ろ向きで歩きながら、ヨシュアは肩を両方の手の平を上に向けて肩をすくめる。
「私は別に、馬小屋だろうと個室の部屋だろうとかまわないと思っているが、お前さんたちは違うのだろう?」
「できたら、あの部屋で寝ていただきたいのですが」
「そうだろうなぁ」
連れて行こうとする愛馬の背を撫でながら甘えているのを見つめている。何かいい案はないかと2人して首をかしげなげがら、悩んでいるとヘルニーが
「暴れないことを約束して、近くにいたらいいんじゃないかな。そんでヨシュアは窓があってすぐ外が見れる部屋に移動したらいいと思う」
と案を出す。
「ふむ。それでいいか?」
愛馬と医者を交互にみる。アルヴァーノはそれでいいと言うように頭を擦り付けている。医者もそれでならと頷いた。それからは早かった。ヨシュアがいた部屋から看護師たちが集まる場所の近くまで移動し、なおかつ窓がある部屋に移される。
場所が変わったことでこれで一安心かと思われたが、まだアルヴァーノは不満そうに地面を前足で掻いていた。
「すまんな、アルヴァーノ」
鼻息荒くし、首を左右に振っている。愛馬の機嫌を収めようと、ヨシュアは窓枠から体を少しだけ出し、背を撫でている。
「ケガが治ったらいくらでも寝てやるからな」
そう言われて、ようやくアルヴァーノは落ち着いた。その様子を伺っていた医者が恐る恐る部屋に入ってくる。質問していいのかわからないという表情をしながら、ゆっくりと口を開いた。
「岩で地面に穴が開いたってことをお聞きしたのですが、もしかしてそこにいるのペリル……ですか?」
ペリルという言葉に、一瞬だけ首を傾げたヨシュアだったが、愛馬の種族の名称だったことを思い出したのか、目と口が少しだけ大きくなった。「確かそう言われてたんだったか? 忘れてたな」と口にしている。
「人が近づくことが出来ない馬とかおじょーちゃんが言ってたな。あんなことが起きた後だから説得力はないと思うが、ちゃんと私の言うこと聞いてくれる馬だから安心しな。それに、お前さんたちが危害を加えようとしない限りは暴れたりはせんさ。先程のは……私がいなくなったから不安だったんだろうな」
それでも真に安心は出来ていないんだろう。不安そうに瞳を揺らしながら、ヨシュアが寝床としているベットに近づいた。医者として患者の様子を見ないといけないが、近くにアルヴァーノがいるせいでベッドを挟んでしかヨシュアとアルヴァーノを見れないでいる。
一思いに愛馬を撫でた後、ベッドに近づいて寝転んだ。
服を脱ぐよう言われ、脱いだヨシュアの体には包帯がいくつも巻かれていた。それを解き、医者は経過を確認している。
「貴方はいったい何者なのですか? これだけの傷を今まで受けていたということは、引退した冒険者だったりですか」
「ある意味冒険者であり、海の男でもある。漁師ではないぞ」
「ある意味?」
含みのあるヨシュアの言い方に首を傾げる医者。その間も治療する手は止めない。
ここでヨシュアが言う冒険者とは、未知を求めて旅する者達のことだが、医者が言う冒険者は怪物退治や薬草採取をする者たちのことを指す。そのことをヨシュアは今でも勘違いしたままだった。
「後何日間はここで療養してください」
薬用クリームを塗られ、その上から包帯を巻かれたヨシュアは、ベッドに体を預け、目を閉じた。これからここでしばらくの間は、じっとしていなければならないことに、目を背けたかったのだろう。ため息を吐いている。
「お前さんが話せたら良かったのだが、無理な話だな」
空いた窓から顔を入れ、ヨシュアを心配そうに見ている愛馬に、叶えられそうにないことを彼は呟いた。
「仕方ない。寝るか」
おやすみと愛馬につげ、彼は目を閉じて眠る体制になる。
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