冒険記録10 街へ入る

「こうなるだろうな」


 ジュリーが乗っている馬車が、門を通るところを後ろで見ながら自分もアルヴァ―ノに乗ったまま続けて通り過ぎようとすると、門番に止められ、槍を向けられながら降りろと言われていた。


「違うのです! この方は!」

「お下がりください、ジュリーお嬢様! この男は族なのですよ! それにこいつが乗っているのはペリルと呼ばれる危険な馬です!」


 槍を向けられながらもゆっくりと降りたヨシュアの格好は、賊と間違われも仕方ない服装だった。気崩したYシャツに、胸元と腕から見える鎖模様。腰には剣とピストル。こんなものを持っていては間違われるのも仕方が無いことだ。


「それで、どうするんだ? ジュリーおじょーちゃん。このままじゃおれいはできないぞ」


 腕を組み、口角を上げながらニヤニヤと笑い、馬車の窓から自分を覗くジュリーがどう動くか見ていた。その間、門番達は近づかせない様に槍をヨシュアに向け、警戒している。


「ここまであんないしてつっぱねるか?」

「それでは、約束を破ることになってしまいます」

「ならば、どうする?」


 馬車の中でしばらく考えこむと、いきなりドアを開け、ヨシュアの隣に向かって走っていく。


「ジュリーお嬢様!」

「この通り。この方は怪しい恰好をしていますが、私がこれほど近づいても危害を加える方ではありません。こちらの馬に関してもです」


 ヨシュアの隣に立ち、腰に手を当て、踏ん反り返っている。その怖い者知らずな行動に慌てる門番達。


「それだけでは不十分です! それ以外に、その男が絶対に危害を加えないという証拠を!」

「それは……」


 そう言われて考え込むが、他の答えが見つからず黙り込んでしまった。ヨシュアはそれを腕を組んでただ見ているだけだった。


「盗賊を捕まえたでは不十分ですか?」

「はい。護衛の方でも出来る事ですから。お、お嬢様!」

「きゃあ!」


 証拠だなんだという言い合いを続けていると、隣にいたヨシュアがジュリーを自分の前に勢いよく引き寄せ、フリントロックピストルの銃口を彼女の側頭部に突きつけながら、見下ろしている。


「ずっとおもっていたが、ずいぶんとおひとよしなおじょーちゃんだ。いつ私がきみにきがいをくわえないといった?」

「え……」


 下卑た笑いを浮かべながら、ジュリーの頭にピストルを擦り付けていた。突然の事で頭がついていかず、彼女は目を白黒させている。


「私はみてのとおり、あそこにつかまっているぞくと、どうるいだぞ」


 護衛達の間に挟まりながら、こちらの様子を見ている賊たちに向かって顎をしゃくる。


「そ、そんな……」

「おっと、ちかづくなよ。ちかづけばおじょーちゃんのいのちはない」


 絶望する彼女を人質にするヨシュアに近づいて、ジュリーを救出しようとする門番達を睨みつける。そしてゆっくりと歩きながら街の門番達の間を抜けようとすると、左手の薬指に付けている指輪が赤く光り始め、一瞬で体についている鎖の模様も赤くなった。


「ゔっ!」


 再度来た痛みと熱でピストルを落とし、その隙を狙ったジュリーが門番の所に逃げていく。


「やはりこの男は危険です! いま捕らえなければ!」


 腕を抑えながらひざまずいて俯くヨシュアに槍を向ける。その間に他の門番がヨシュアに近づき、肩を押さえて地面に頭を付けさせられた。捕えた方が良いと言い続ける門番達に被る様に笑い声が聞こえてくる。


「な、何を笑っている!」


 門番の一人がヨシュアを咎めると、堪えることが出来なくなったジュリーの口から息が漏れた。


「ふふっ」

「お嬢様……?」


 突然ジュリーが笑い出したことで可笑しくなったと思っている門番達は、首を傾げている。


「もうっ! 人が悪いですよ、ヨシュアさん!」

「まさか、こうだまされるとは!」


 あまりの滑稽さにヨシュアは肩を震わせながら顔を上げ、口を大きく開けて笑っている。


「ですが、これで証明出来ましたね。ヨシュアさんが誰かに対して危害を加えることは、出来ないということを」

「ですが、その男が持っていた物は……」


 何とか笑いを収めることが出来たジュリーが、困惑している門番達に手を離すよう説得する。しぶしぶ離れたが、それでもまだ不安が残っているのか、ヨシュアの方向を見ている。


「こいつか? こいつはたまをこめなければつかいものにならないぞ」


 門番達が不安そうに地面に落ちたピストル見ているのに気づき、それを手に取って自分の側頭部に突きつけ、躊躇なく引き金を引いた。周りに響いたのは地面に人が倒れた音ではなく、風船が破裂するような軽い音が聞こえるだけだった。


「お、驚かせないでください!」

「たまがはいっていないことは、しっていただろ?」

「それでも、怖いものは怖いのです!」


 頬を膨らませ、文句を言うジュリーを笑いながらピストルをホルスターに戻す。


 いろいろと疑問が残る門番を説得し、なんとか中に入ると、幅を広く取り、一直線に整った道が敷かれ、その道を挟むように多くの露店が並んでいた。そこには、人や見たこともない種族の者達が道を行きかっている。


「こいつぁ、おどろいた」


 今までいろんな所を冒険していく中で、多くの街を訪れたことがあった彼でも、ここまで賑わっている所は見たことがなかった。あったとしても小規模のものしか見たことがない。

 新鮮な気持ちを持ちながら、アルヴァーノを連れ、左右に並ぶ店を興味津々にヨシュアは見ていく。


 見たことがあるようでない変わった形をしている野菜や肉。肉が焼け、油が跳ねた時に香る匂い。少々雑だが、それでも綺麗に刺繍された模様のついた布。

 それだけでなく、日常で使われる木製の食器なども売ってあった。

 そして、極めつけはヨシュアにとってなじみ深い、海を思い出させる海鮮があったのだ。


 街に入った後、隣を一緒に歩くことにしたジュリーが説明していたが、そのほとんどは聞こえていなかった。


「ヨシュアさん、聞いてます?」


 ジュリーがヨシュアの服の裾を引っ張り、注意を自分に逸らしたが上の空だった。


「いや、きいてない」

「もう……」


 話よりも周りの物にしか興味を示さないヨシュアに呆れるジュリーだった。移動しながらもずっと鼻を擽るくすぐ香りに釣られ、ヨシュアのお腹が鳴った。


「そういえば、森をでてから何もくってないな」

「そうだったんですか!」

「ああ」


 衝撃の事実に驚くジュリー。いまだ鳴り続けるお腹を押さえながら、露店を見る。少し汚いが、ヨシュアの口から若干よだれが出ていた。


「お城までもう少しですので、それまで待てますか?」

「そこまでまてん」


 先程よりも大きく鳴るヨシュアのお腹の音に、便乗するかのようにアルヴァーノが鳴き始める。


「おまえさんもはらがへったか、アルヴァ―ノ」


 愛馬の首を撫で、同時にジュリーを見る。ここで何か食べさせろと目で訴え、その場所を動かず、お互いが見合う時間が刻々と過ぎていく。

 徐々に何事かと人が集まり出すが、その間もヨシュアのお腹は鳴り続けていた。


「おじょーちゃんよ。たすけたときからおもっていたのだが、かねはもちあるいていなかったのか?」


 ふと出会った時に言われた一言から疑問に思ったことをジュリーに聞いた。


「ええ。危ないからと母が持たせてくれませんでした」

「そうかぃ。おじょーちゃんのははおやは、かしこいねぇ」


 このことを見越していたのかどうかは分からないが、ジュリーの母親にいろんな意味で感心するヨシュアだった。

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