冒険記録9 あの女神に会うために

 いつまでも草原にいるわけにもいかず、ヨシュアの行き先がジュリー達の住んでいる街とのことで、案内してもらえることになる。


 気絶していた盗賊達はどうなったかというと、武器は全て没収され、縄で繋がれながら護衛達に前後で挟まれて歩いていた。


「ヨシュアさん。さきほどまで誰と話していたのですか?」

「いとしいめがみ」

「女神? ネピュラ様のことでしょうか?」


 さっきまでヨシュアが誰かと会話していたのが気になったのか、馬車の窓から顔わを覗かせ、隣でアルヴァーノに乗りながら移動しているヨシュアに問いかける。


「いや、ちがう」

「先ほど戦闘されてたので、ムーラ様? いえ、それだと男神様になってしまいます」


 思いつく限りの女神の名を言っていくジュリーだが、どれも違っていた。


「いったい、どなたなのですか」

「ヒミツだ」


 神は誰のものでもない。だが、ここではヨシュアだけがあの女神の名を知っている。そのことに優越感に浸るのだった。


「どうしても教えてくれないのですか?」

「ああ、どうしてもダ」


 勿体ぶるヨシュアに頬を膨らませ、不満そうに見る。


「神様でまだ言っていない御方となると、創造主のアテリア様しか……」

「……そうぞうしん? あのめがみが?」

「ええ。あの、という事は正解なのですね!」

「あ、ああ……」


 喜ぶジュリーとは違い、ヨシュアの眉間にシワが寄っていく。


 彼が知るのは、知識の神としてのアテリアだ。だが、先程ジュリーが言っていたのは創造主としてのアテリア。たまたま名前が一緒なだけなのか、それとも女神が嘘をついたのか。


 それは今の段階では分からない。ただ、調べる必要が出てきたのは確かだった。


「ヨシュアさん? どうされました?」

「イヤ、なんでもない」


 アルヴァーノに乗りながら考え込むヨシュアを心配そうに見つめる。何故嘘を言う必要があったのか。その謎を抱えながらも、次の目標を決めた。


「よていがきまった」

「どうなさるのです?」


 決心したのか、胸を逸らし、鼻息を荒くする。


「あの女神にあうほうほうをさがす」

「当てはあるのですか?」

「ない」


 自信満々にヨシュアは言う。

 実際、女神アテリアに会ったのはこの世界に来る前だけだ。その後は、1度もなかった。


 会えるかどうかも分からない女神を探しに行く。そんな旅は、宛もなく手掛かりもない長い道になるだろう。


 だが、それでいい。そうやって海賊として生きてきたのだ。今更少しだけ旅の時間が伸びようが関係ない。同じようにヨシュアの気のままに行くだけだ。


「食料などはどうされるのです?」

「最初のうちは、助けてもらわなきゃならないが、街についたら、自分でちょうたつする。それに、私はものすごくワガママでね。たすけた相手からのほどこしを、必要いじょうに、ウケたくないのだ。旅というのは1人でじゅんびし、考えながらこうどうするからこそ旅といえるのだ」


 口角を上げ、喉を鳴らしながら不敵な笑みを浮かべる。その声と様子に抗議するかのようにアルヴァーノが鳴いた。


「すまんすまん。おまえさんもいっしょに、だったな、アルヴァーノ」


 笑いながらもアルヴァーノの首を撫で、機嫌を治める。


「ですが……」

「おじょーちゃんが心配するように、これからいろいろなことが私にふりかかるだろう。だがな。私をそこらの者といっしょにされてはこまるぞ」


 心配そうに食い下がってくる。

 それに答えるように振り向いたそこには、歴戦の男の顔があった。喉元に刃を突きつけられたかのように鋭く光るヨシュアの眼を見たジュリーは、一瞬だけ体が硬直させた後、深呼吸をする。


 鋭い目で見たからといって怒ったわけではない。ただ、心配されるほど自分は衰えていないということを無意識に伝えていた。


「……わかりました。ですが、最低限のことはさせてください」

「さいていげん?」


 ヨシュアの様子を見て、これ以上言っても無駄だと感じたジュリーは出会う前に行った約束だけは守ろうとした。


「ええ。住む場所とお金を提供します、と」

「そうだったな」


 ヨシュアが思い出したように言うと、ニコニコとほほ笑んだ。


「そろそろ街に到着します」


 話し続けていると、御者がジュリーに向かって言う。

 

 二人が正面を向くと、石でできた城壁が見えてくる。見張り台や歩廊には武装した兵士が、槍や弓を持って辺りを警戒しているが、至って普通の光景だった。


 その光景を見たヨシュアは小さい声で「壊してぇなぁ」とボヤいていたが、その声はアルヴァーノ以外に届くことはなく、空気に消えていくのだった。


 もう少しで検問所に着くというところで、ヨシュアがジュリーが乗る馬車に近づいた。


「おじょーちゃん、すこしだけいいか?」

「はい、何でしょう?」


 誰に聞かれない様に馬車に近づき、話し始める。


「これから街に入るが、私は必ずと言っていいほど、門番に止められるだろう。だから、すこしだけいたずらをしてみねぇか?」

「いたずら、ですか?」


 口角を上げ、楽しそうに笑うヨシュアにどんなものなのか気になったジュリーが首を傾げる。


「ああ。私が誰にもきがいをくわえることが出来ないというしょーめいができて、かつ、おじょーちゃんの安全もしょーめいできるってすんぽうだ」

「大丈夫なんですか?」

「だいじょーぶとは言い切れん。これをかくじつに成功させるには、おじょーちゃんがどれほど上手くえんぎができるか、だ。やってみるか?」

「不安ですが、やります」

「よく言った」


 眉を下げ、不安そうな雰囲気を出しながらも、どこか楽しそうな顔をするジュリーに内容を説明していく。


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