冒険記録3 実力試し

 それからリアとヨシュアは昼近くまで話していたが、ずっと納屋にいるわけにもいかず、一旦彼女の家に行くことになる。


「とりあえずはここに住んでもらうことになるんだけど、もし暇だったら村を歩いていてもいいよ。でも、お昼になったらここに戻って来てね」

「アア」


 そういうと、女の子は麦わら帽子を被って畑に向かって行く。その様子を彼は暫く見た後、家の中を探索していく。

 それほど広くないが、床はオークで敷かれ、リビングには少し古い木の机と椅子がある。

 ドアの向かい側には廊下が続き、挟むように部屋が二つずつあった。


「ヒサシブリ、ニ、ユレテ、イナイ、ユカ」


 常に海の上にいて、いつ落ちるかもわからない不安定な状況が続く中で生きてきたヨシュアにとって、安定した地面は久しぶりに感じるものだった。

 両方の足で踏ん張らなくても立っていられる。

 そんな感覚をしばらく堪能した後、外へ出た。


「イイ、ハレ、ダ」


 お昼が近くなってきたのか、太陽は真上に近づいている。

 世界は違えど、自身を照らすものはいつまでも変わらないのだと肌で感じ、しばらく見上げていた。


「メガ、イタイ、ナテキタ」


 つい太陽を見続けたせいか眩暈がし、ヨシュアは目頭を押さえる。

 海の上にいた頃は毎日のように見上げ、確認していた。

 常に自分たちの頭上にあったそれは、地上で生活していた者達もだが、海で生きる海賊達にとっても大事なものだった。


 羅針盤を使い、太陽と地平線によって、今自分たちがどこにいるかを知る為の大切なツールだ。

 そうしなければ、海で迷い、陸にたどり着くことさえ出来ず、餓えて死んでいた事だろう。


 もちろん、海には魚が多くいる。それを取って食料にすれば飢え死にすることはない。

 だが、人というのは毎日同じものを食べれば飽きが来るものだ。

 それを無くす為に陸を求め、酒や塩漬けされていない肉を求める。

 

 時には女も。


「ヘイワ、ダナ、ココハ」


 突然の雷雨や時化、自分たちの命を狙う敵。

 あの鬱陶しい女。

 それらが今全てないこの村は、本当に平和な場所だった。


「スグ、アキタナ」


 のんびりとした時間を過ごすのもまたいいと思っていたが、いつも刺激を求めている彼にとって、一時の時間は物足りなさを感じさせるには十分だった。

 そんな空虚感を感じながら村を歩いていると、ある石像を見つけた。

 それは、村の中央にあった男性の像を備えた噴水だ。


「ヒサシブリニ、ミタナ……」


 長らく見ることが無かった噴水だったが、ヨシュアにとっては碌な思い出しかない物だ。

 長くその場にいると不快な気分になるだけだと判断したのか、いち早くその場から去ることにした。


 しばらく周りを見ながら村を歩いていると、一つのパーティーを見つける。

 遠くからでは分からないが、村人たちと話していた。

 何かをしに来たのは確かだろう。

 

 その内容が気になったヨシュアは近づくことにした。


「ソコニ、イルノハ、ダレ?」

「ああ。この人たちは冒険者の方達です」


 隣に来たヨシュアを見ながら説明を始める。

 村人が聞いた話では、村の先にある森に魔物が住み着き、被害が出る前に討伐をしに来たとの事だった。


「ボウケンシャ、カ……。ドコカ、ニテルナ、ワタシト、キミタチ」


 目を細め、懐かしい気分に浸りながら冒険者達を見る。

 この世界に来る前に行っていた事をヨシュアは思い出していた。

 似ていることは、敵と戦い、報酬を得るという事だけだが。


「一緒にするな! 山賊が」


 目くじらを立て、怒る冒険者達。

 相手が言う山賊と海賊は似て非なる存在だ。

 だが、この冒険者達は海賊を見たことがないのか、勘違いしたままだ。

 

 そのことに気付いたヨシュアは間違いを正そうとはせず、うっすらと笑みを浮かべて楽しんでいた。


「アノサルタチト、オナジ、カ。タショウハ、ニテルカモナ、ワタシハ」


 リーダーらしき男が怒鳴り声を上げ、背負っている長剣を構えると、周りにいた者達も武器を構えてヨシュアに敵意を向ける。

 敵対した目を向けられているのにも関わらず、自分の服を見下ろして笑っていられるのは、経験の差か、それとも今の状況を楽しんでいるかだ。


「……サテ、タノシメルカナ?」


 ヨシュアの場合は後者だったようだ。

 不敵な笑みを浮かべると、右腰に下げてあるカットラスを抜き、相手に向けて上下にゆっくり振りながら挑発する。

 その動きはまるで、指揮者がオーケストラに向けて指揮棒をゆっくり縦に動かし、今から演奏を始めるぞと言わんばかりの動きだった。


「戦闘をなめているのか? 山賊」

「イヤ、タノシ、デル」

「それはなめているのと同じだ!」


 若干、自分の言葉に違和感を持ちながらも問い掛けられた事に答えていく。

 ヨシュアの言い方が気に食わなかったのか、冒険者達は激昂し始めた。


「覚悟しろよ、山賊!」

「ワタシハ、イズデモ」


 今から始まる戦闘に、ヨシュアは口角を上げずにはいられなかった。

 不敵に笑う目の前の男に突っ込み、斬ろうとしていたリーダーを抑えたのは、いかにも俺は最強だと言わんばかりの筋肉を見せびらかしている男だった。


「オマエサンガ、アイテ、カ。ヨロシク、ナ」


 好戦的な視線を武術家に向ける。

 その顔を見つつ、拳を慣らしながら少しずつ距離を縮めていく男に、ヨシュアは少しも恐れていない。

 

 5メートル、3メートル、1メートルと少しずつ距離をお互い縮める。

 後一歩。

 その距離を踏み込めばお互いが殴れる距離まで近づいていく。


「トクイ、ナ、ブキ、ハ?」

「素手で相手を殴り殺すことだ」


 筋骨隆々の身体つきに、致命傷を避けるために着けた鎧。

 手には指無しグローブをはめている。


「ナラバ、コチラモ、スデ、デ、オアイテ、シヨウ」


 素手相手に剣は無礼だと言いつつ、カットラスを元の位置に戻す。

 この二人の身長差は9センチ。

 筋肉で身長がより大きく見える武術家を相手にしても、ヨシュアの目に恐怖はなかった。

 むしろ高ぶる興奮を曝け出していた。

 

 その行動を目の前で見た武術家の目は、今に相手をぶちのめしたいと体現するように鋭かった。


「行くぞ!」


 先に動いたのは武術家だ。

 その剛腕な腕を、ヨシュアの顎にめがけて振り上げる。

 轟と空気が振動する。

 当たれば意識が飛ぶだろう動きを見ても慌てず、冷静に見続けている。


 対処法はとっくの昔に知っていた。

 海賊時代に何度も遭遇し、経験してきたことがあるからだ。

 そして、理解もしていた。

 

 頭に血が上っている男ほど、最初に顎を狙う。

 早めに終わらせようというのが丸見えなのだ、と。


「フッ……」


 余裕そうな顔で上半身を少し後ろに傾け、避ける。

 傾いた体の反動を利用し、武術家の耳を右足で狙った。

 耳の後ろは人の急所。

 どれほど体を鍛えようと、弱点になる場所だ。


「この野郎……!」

「ソウデ、ナク、テハ」


 耳を抑えながら、フラフラと後ろに下がる武術家。

 抑えていても、手と耳の間から血を流しているのが見える。

 そんな状態になっているにも関わらず膝を付かないのは、プライドのせいだろう。

 

 鋭い目つきで睨む目の前の男に、そうでなくては楽しめないという顔を向けるヨシュア。


「ツヅキシヨウゼ?」


 男に人差し指を向けてクイクイっと曲げながら、こちらに来いと挑発する。

 それを見た男が獣のような唸り声を上げた。

 両手を肩幅まで広げ、腰を落としている。


「〝まるで熊だな。もしくは牛It's like a bear or cow〟」


 顎を狙ってきた時よりも数段も早い動きと、態勢を見て例える。

 あと少しで腰を掴める距離まで近づいていても、ヨシュアは動こうとしない。

 何かまだ策があるというのだろうか。


「なっ!」


 自分の腰に抱き着かれる前に武術家の手首を下から掴み上げ、遮る。

 何としてでも、ヨシュアの細い腰に掴みかかろうと腕と足に力を入れている武術家だが、簡単に掴ませる気はないのか、ヨシュアも同様に足に力を入れて抵抗していた。


 力みながら少しずつ腕を外側に広げると、自分の腕を勢いよく後ろに引き、突然引っ張られた武術家は抵抗できず、前に倒れていく。

 武術家の腕はヨシュアに捕まえられたままだ。

 

 引っ張った反動を利用して容赦なく男の顔に膝蹴りをし、蹴られた勢いで鼻から血を流しながら後ろに傾いていく。

 ゆっくりと後ろに倒れていく暇を与えるほどヨシュアは優しくない。

 追い打ちをかけるように武術家のみぞうちに蹴りを入れ、意識を失って倒れたことで決着はついた。

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