第12話「異変」
※ アルガスと、シーリンが出会ったその日の夜──。 ※
ホーホーホー!
ホーホーホー!
荒野に鳴く夜行性の鳥の声だけが静かに響く、
草木も眠る深夜のこと……。
カチャ……カキンッ。
固く閉ざしていた宿の留め金が静かに跳ね上がる。
ギー…………。
そして、閉ざされていたはずのアルガスの部屋の扉が、小さくきしんで、静かに開く。
「あっぶー……。建付け悪い宿やのー」
そ~っと、アルガスの部屋に顔をのぞき込ませたのは、昼間のあの少女(?)だった。
そう。
野生のシーリンこと、『韋駄天のシーリン』だ。
シーリンはと言えば、なぜか工具と、遮音結界を張る魔道具を手にして、音もたてずにアルガスの部屋へと忍び入ってきた。
もしや、夜這い??
「あほたれめ……。安宿の割に手の込んだ鍵つけよってからにぃ!」
いや──。
夜這いなものか。
……スッポリと全身を覆う、黒いツナギに着替えた女の子が夜這いだったら、暗殺者は全員痴女である。
そして、シーリンは昼間見たのとはまったく違う空気を纏っており、そこに夜這いのような艶っぽさは微塵もない。
ちなみに胸もない。
「やかましいわ!……って、誰にツッコンでんねん、ウチは──」
一人ツッコミをしているののは、紛れもなくAランクの冒険者に相応しい空気を放つシーリン。
「──っと。それどころやないな。言われたクエストはこなさんと……え~っと、どこだったかな」
闇の中で懐をゴソゴソ漁るシーリン。
静かな室内にアルガス達の寝息だけが響く。
「……お、あったあった! これや──!! さて、堪忍してや、アルガスのオッサン。……アンタ、おもろいオッサンやけど、これも仕事やねん……。───ホンマ堪忍やで……」
そう言って、ソロリソロリとアルガスに近づくと懐から出した小瓶手にするシーリン。そーっと、薄い胸の中から小瓶をどうしようかと思案しつつ、アルガスの枕元に近づいていくシーリンであったが、
そこでハタと硬直。
「…………ひ、ひぇー?! こ、このオッサンなんでパンイチやねん! ってか、ミィナを上に乗っけとるしぃぃい!」
え、ええー。マジでこのおっさん、ロリコンなん?!
顔をひきつらせるシーリン。
貞操の危機を感じる瞬間だ。
「や、やっぱ
ビクビクとしながらも、ゆっくりとアルガスに近づくシーリン。
すると、
「んみゅ?……シーリンさん?」
ギク……!
アルガスの腹の上でムクリと起き上がるミィナ。
完全に気配を絶っていたはずだが、何かの拍子に起きてしまったらしい。
アルガスでさえ気づかないように、念入りに魔道具で偽装しているというのに、子供というのは恐ろしい……!
ダラダラと汗を流すシーリン。
さらに、ミィナがモゾモゾと動くものだから、その下のアルガスも目を覚ましそうだ。
「どうしたの~……シーリンさぁん?」
ショボショボを目を擦るミィナ。
ね、寝てる??
(こ、これならまだ誤魔化せるんちゃうか……?)
「むぅ?」
ゆ、
「───夢や、夢! 夢みてるんやで~、ミィナー」
「……夢ぇ?」
「せ、せやで……!」
ドキドキと心臓が鳴る。
ミィナだけでなくアルガスも目覚めそうだ……!
「………………夢かぁ──んみゅう♪」
ゴロゴロと喉を鳴らしそうな雰囲気でミィナが再びアルガスの上で丸くなる。
「ぐぅ……!?」
そのせいかアルガスが苦しそうに呻いている。
多分、悪夢を見ていることだろう。
「ふ~……心臓に悪いでぇ」
ミィナが寝静まったことを確認して、
こそーっと、アルガスの枕元に水差しに、取り出した水薬をポタポタと垂らす。
ポタ、ポタ。
「二、三滴ほどでええとか言うとったな?」
人殺すようなもんではないのは実証済。
悪党アルガスにお灸を据えるための、ステータスダウンの薬と聞いている。
「──おっしゃ、ミッションコンプやで!」
小瓶を全部空けると、無色透明のそれはすぐに水に馴染んでしまい、見た目からはまったくわからなくなってしまった。
「ちょっと罪悪感わくけど……。これも仕事やねん。……せやけど、勇者さんのいうことに間違いあるとは思いたないけど──普通のオッサンよな? うーん……。まぁ、堪忍してや……」
シーリンは、少しだけすまなさそうに心の中で謝ると、
す~っと、闇に溶けるようにして部屋を後にした。
カチャ──かきんっ!
……その後は念入りに周囲を確認して、再び扉に鍵をかける。
そのあとには、痕跡は何もなかった……。
※ ※ ※
「くぁ……。ん~~」
あーよく寝た。
──朝早く目覚めたアルガス。
「なんか変な夢見た気がするなー」
頭をガシガシかくアルガスは、妙な重さに気付いて視線を投げると、相変わらず腹の上で寝ているミィナに辟易とする。
「おい、上で寝んなっつってんだろー」
寝苦しいと思えばこれだ。
おかげで寝覚めが悪い。
「まったく……」ぼやきつつも、ポーンと隣のベッドへ放り投げておく。
ミィナはそれでも起きる気配がないので、放っておき、まずは朝の日課。
さて、トレーニングトレーニングっと──。
「よっ! ほっ! はっ!」
軽くトレーニング兼体操をした後、眠るミィナをそのままにして、朝飯を食堂で貰ってくるとモリモリと先に食べておく。
ミィナは寝坊助だが、無理に起こすつもりはない。
子どもが寝ることは良いことだ。
──よく食べ、よく遊び、よく寝る。
うん。子供には大事なことだと思う。
死んでしまった親友が、そうやってリズを育てていたのをアルガスも覚えている。
相変わらず食堂ではアルガスを持て囃す連中ていっぱいなので、最近はこうして部屋で食べることが多くなった。
さすがに宿の店主なんかは、アルガスの気持ちを察してか、初日ほど鬱陶しくもなくなったが───客どもはそうはいかない。
いくらかのなじみ客は、あいさつ程度になったものの、一見の客の絡み方は鬱陶しいことこの上ない。
「ふぁー……? ご飯~?」
そのうち匂いにつられたミィナが、ショボショボと目をこすりながら起きて来たのでアルガスは肉中心の飯とミルクを渡してやる。
「ほれ」
「あいあとー」
眠い目を擦りながら、モックモックと凄い勢いで食べるミィナ。
ここの所しっかり食べているおかげか、ミィナの顔色もよくなり、ガリガリの体もふっくらとしてきた。
いや、まあ───年相応になってきたのだろう。
「それ食ったら、ギルドに行くぞ───そのあとで街を出る」
「ほぇ?? どこ行くの?」
ミィナはビックリしてパンを取り落とす。
しかし、慌てて「3秒ルールぅ」とか言って拾おうとするので、チョップにて止めさせた。
「───拾い食いすんなつったろ。地面は汚いんだ、困窮してる時でもない限り止めろ」
「あぅ……ごめんなさい。───でも、どうして街を出るの? こんな急に……」
ミィナが、あのシーリンに毒されてるから───というわけではない。
確かにシーリンは教育上よろしくないクソガキだが、それよりも、なによりも───もちろんリズの所へ向かうためだ。
その前にシーリンには、ちゃんと話を聞いて裏付けを取っておこう。
「もちろん、リズを迎えにいく」
「え、でも……」
ミィナもシーリンの話を聞いていたのだろう。
この街で、「待て」というそれを。
「…………俺の方が速い。わかるだろ?」
だが、同時にミィナはティーガーⅠを知っている。
その足で向かえば、すぐにたどり着けると理解できるのだ。
「あぅ。そ、そうかー」
分かったようなわからないような顔。
「来るだろ? もし、残りたいなら───」
「行く!!」
間髪いれず答えたミィナ。
ギュッとアルガスの腕に縋りつく。
なるほど、疑問はあれど……。彼女には、アルガスから離れるという選択肢はないらしい。
「……わかった、わかった。連れていくからさっさと食っちまいな」
「うん!」
ミィナの頭をポンポンと優しくさする。
それからミィナが食べ終わるのを待って、アルガスは全ての装備を身に着けギルドに向かった。
シーリンの部屋に寄ったが!彼女の姿はなかった。
チェックアウトするときに宿の主人に伺ったところ、ギルドに向かったとのことだ。
目的地は同じだ、ちょうどいい。
街を出るのは規定事項だが、シーリンに詳しい話を聞いておいた方がいいのも事実。
出来るなら、早いうちがいいだろう。
シーリンが、ギルドでクエストでも受けて街を出ないうちに捕まえたい。
まだ宿をとっていたので、今日にもこの街を出るということはなさそうだが、無駄足はゴメンだ。
カランカラーン♪
足早にギルドに向かうと、果たしてシーリンはいた。
難しい顔をして、依頼板に張ってあるクエストと睨めっこをしていた。
どうやら、クエスト受注前に捕まえることができたようだ。
「よぉ」
「んお? おー、アルガスのオッサンか。おそようー」
アルガスが重役出勤してきたことを詰るシーリン。
「おはようさん。精が出るな?───クエストか?」
「……見たらわかるやろ。アンタに手紙届けたんで地元に帰ってもええんやけど、せっかく遠出したんやしな。ちょっと実入りの良さそうなクエストあらへんかなーって」
そう言って、既に手に持っているクエストをニヒヒといって示した。
採取系の依頼や、配達系の物らしい。
時間ばかりかかって、あまり稼ぎのいいものとは思えないが……。
こいつの場合は魔導スクーターがあるからその限りでもないってことか。
聞けば、魔石を動力にしているらしいが、燃費がいいので重宝しているらしい。
「そうか。俺は今日、街を出ることにした───そこで、」
「えええ?!」
シーリンが素っ頓狂な声をあげる。
あまりにもデカい声なのでギルド中が振り返った。
「……デッケェ声出すなよ」
「ほ、ほほほ、ほんなこと言われても、昨日と話が違うやん!?」
いや、別に確約してないし……。
そもシーリンには関係ない話だ。
「───別に、街を出たらいかんというわけではないだろうが……。ともかく、俺はリズの所に向かう。無駄足なら引き返すまでさ」
そうとも、昨日の結論として、アルガスはリリムダに向かうことにした。
向こうについて、リズがいなければ入れ違いになったということ。
それならばそれで、無駄足には違いないが、またベームスに引き返せばいい。
正直、いつ来るかもわからないのを待つよりは、ずっといいと思う。
「いやいやいや。そら困るで! アンタがここに残ってくれんと、アタシが困るねん!」
「なんでだよ──────昨日から考えてたけど、お前……んん?」
──ガクン!!
「アルガスさん?」
「おっさん……?」
二人に前で唐突に膝をつくアルガス。
……な、なんだ?
「ち、力が──」
「ちょ、ちょぉぉ?」「アルガスさん!! アルガスさん!!」
シーリンを問い詰めようとしたアルガスであったが、ついには、ドスンと装備が床を擦り、そのまま重々しい音を立てて、タワーシールドごと床を転がった。
あとはもう……。
ドッスーーーーーーーーーーン!!
「きゃあ!!?」
「オオオオオオオオ、オッサンどないしてーん?!」
ミィナとシーリンが慌てて駆け寄る。
何事かと、ギルド職員や副ギルドマスターのリーグも駆け寄ってきた。
「いや、なんだ……ぐ───」
カハッ!
倒れたまま吐血するアルガス。
さらには、喉の奥からこみ上げる嘔吐感。
遂にそれに耐え切れず、アルガスは吐き戻してしまう。
「うげぇぇぇえ……!」
おええええええ!
「ひゃあああ!」
大げさにひっくり返るシーリンの目の前で、アルガスの血交じりの吐しゃ物が床にまき散らされた。
……それが汚いと思う間もなく、アルガスが自分のゲロに溺れそうになる。
こ、こ・れ・は────。
「アルガスさん! アルガスさーん!!」
ゆさゆさ。
シーリンが大袈裟なくらいすっ飛んで逃げるが、ミィナは心配そうに寄り添い、アルガスの身体を支える。
ミィナは、吐しゃ物に塗れることも厭わず、アルガスの背を装備越しに擦ってくれた。それでも一向に楽にはならず、徐々に意識を保つことすら辛くなり始めた。
「うわーん!! アルガスさん? アルガスさぁん!」
「だい、じょう、ぶ──だ」
泣くな。
泣きそうな顔の
「ど、どいてください! 今、治療士を───」
ドタバタドタ!!
ギルドの奥から、治癒魔法の使い手と鑑定士が駆けよってくる。
彼らの手当てが始まる前に、アルガスの意識は遠のき始めた。
くそ……。
何だ、これ──────……俺、死んじまうのか?
グルグルと意識が混濁していき、死んだ親友の顔と、リズのそれが次々に浮かんでは消えていった。
「くそ………………。俺は、ま、だ──」
まだ、リズを────────。
ドサリ!!
そうしてアルガスの意識がプツンと途切れたのだった。
……周囲の騒がしさだけがずっと耳に残っていた気がするものの、
それもフッと消え……あとは真っ暗になった────。
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