重戦士の叫び
第1話「騒動あけて、新しい日……」
※ 新章、開幕! ※
チュンチュン……。
チチチチ…………。
朝の気配にアルガスは目を覚ます。
とは言え結構な時間らしい。
顔に当たる日光はかなりの高さだった。
「ん。むぅ……寝すぎたか」
ふわぁ~~~~あ、眠い。
ん?
なんか体が重いと思ったら……。
「ミィナ。起きろ───自分の布団で寝ろ……」
わざわざベッドが二つある部屋を借りているというのに、なぜかミィナがアルガスの腹の上で丸くなって寝ていた。
ちっこいので然程重く感じないが、これじゃあどっちも熟睡できない。
…………まぁ寝てたけど。
幼女を上に乗せて寝ていたアルガス(字面ぁぁああ!)は、首をゴキゴキ鳴らして起き上がる。
ミィナはスピースピーと鼻を鳴らしてぐっすりと寝ている。
やれやれ。
猫のように眠るミィナをアルガスは首根っこを掴んで持ち上げ、ポーンと隣のベッドに入れてやる。
「ほやぁ?」
「寝てろ」
一瞬目を覚ましたミィナだが、アルガスが手を布団の中に入れてやり顎まで布団を被せるとまたスヤスヤと眠りについた。
日光が当たって布団は実に温かそうだ。
「あー……腹減った。昨日は───つぅか今日になるのか? は、最悪だったな」
まったく……。
ボリボリと腹を掻きつつズボンを履くアルガス。
パンイチだけど、別に変なことしてないよ?
軽装で寝るのが楽なのよ。
「あーまだ眠い……」と、アルガスは首を振る。
なんせ、文字通り一晩中戦闘をする羽目になってしまった。
アホのギルドマスターに、裏ギルドの連中。おまけに悪徳代官と来たものだ。
そして、極めつけはゴーレム。
どんだけ詰め込むんだよ……ったく。
「───ありゃ、子どもにゃ酷な時間だよな」
ミィナは小さいながらも昨日は一晩中頑張っていた。
主対戦車砲弾を一生懸命運んで装填────……。
その前には物騒な連中に攫われ危ない目にもあったというのに健気にもアルガスを信頼してついてきてくれた。
普通なら、こんな目にあったら二度と関わりたくないとか思うんじゃないだろうか?
ま、子供の感性はわからん。
「ピー……スー……。う~む、むにゃむにゃ、タイガーかっこいいよー」
……なんの夢見てんだか。
しかしどうしたものか。正直、いつまでも連れ歩くわけにもいかないだろう。
事情は知らんが、もし親が存命なら見つけてやるべきかもしれない。
「ちっと、飯食ってくるからな。お前は寝てろッ」
「ヤー……ボルぅ──」
了解の返事をするミィナの柔らかいホッペを、プニプニとつつきながら着替えを終えると、
「………………まぁ、何にしても飯食ってからだな」
一晩中動き回ったから腹が減った。
あと難しい事を考えすぎたから、余計腹が減るわ。
アルガスは重戦車……。もと重戦士はパワーファイターなのだ。
こうみえて、頭を使うのは向いてないのよ。
さって、飯、飯~。
スヤスヤと眠るミィナな頭を撫でてアルガスは部屋を出た。
昨日はこの瞬間に暗殺者どもに襲われたのだが、今朝は当然そんなこともない。
なんせ連中の親玉をぶっ潰してやったのだ。
組織としてはしばらく動けないだろう。
報復とか面倒なことがありそうだけど……。
「っと! アルガスさんッ! おはようございます!!」
部屋を出た瞬間廊下を掃除していた宿のおばちゃんに、物凄く丁寧にあいさつされた。
出た瞬間に、暗殺者じゃないのはありがたいが、朝一番のハイテンションもちょっときつい。
「あ、あぁ、おはようございます。食事をお願いしたいんですが……」
「えぇ! もちろんです! 腕によりをかけて作りました!」
そう言って無茶苦茶テンション高めでおばちゃんは食堂へ駆け下りていく。
もしかして持ってくるつもり? ええで、食堂に食いに行くから。
おばちゃんを追いかけるようにズシンズシンと宿を征くアルガス。
元重戦士なだけあって威圧感がすごいらしい。
おばちゃんのハイテンションを訝しがった宿の客が、廊下に出たアルガスを見て仰け反っている。
まぁ、俺ゴツイからね……。
露骨にビビられると、ちょっと傷付くけど。
「おう! アルガスさん! いやーよかったよかった!」
はぁ?
食堂についたと途端、コック兼宿の店主の親父がおばちゃん同様ハイテンション出迎えてくれた。
だけど、意味が分からん……。
なんでこんなにテンション高いねん。
「はい! どうぞッ! 悪徳代官を誅した英雄に捧ぐ朝食です!」
ドン、デーーーーーーン! と、めっちゃ豪華な飯を用意される……。
っていうか、なんだその悪徳代官を誅した英雄ってのは?!
「お、おい……こんなに食えねぇよ。それになんだその、」
「おぉ! アンタがアルガスさんかい!? いやー、助かったよ!」
「おぉ! 豪傑だとは聞いていたが、なるほど───強そうだ!」
うん、すげー居心地悪い。
ついでに朝飯がすごい……。
パンとパンに具材を挟んだ簡単な軽食──────なのだが、『パン、肉肉肉肉肉、卵、野菜、肉肉肉肉肉、パン』って感じだ。
食えねぇよ……!
タワーになっとるがな!!
どこから齧りゃええねん!!
────って、倒れるぅぅぅう!!
「あっぶな!!」
「のーぷろぶれむ」
凄腕のおばちゃんに「はい、どうぞ」と手渡されるバーガータワー。
いや、「の―ぷろぶれむ!」ねぇよ……。
こんな量食えるか!
つーか逆に食いにくわ!!
「あ! アルガスさん!」
お、さすがに量がおかしいことに気付いてくれた?
「マスタードいります?」
「…………多めにお願いします」
ニッコニコ顔の店主たちの見守る中モリモリにかけられるマスタード。
それはそれは、混じりっけなしの100%の善意のバーガータワー……そして、褒めて沸き立つ客のせいでスゲー居心地悪い……。
あーそのー……。
「──て、」
「「「「「て?」」」」」
アルガスが何を言い出すのかスゲー期待勘丸出しの店主&おばちゃん&客にドン引きしながらも───、
「───テイクアウトで……」
うん。
……こんなとこで食えるか!!
っていうか、俺は別に英雄じゃねぇ!
身内に手ェだされたから、権力に楯突いただけの、ただの一冒険者だ。下手すりゃ王国からお尋ね者に指定される危険だってある。
もっとも、正当防衛は間違いないし、なにより職権を乱用したあげくアルガスの身内に手を出し、財産を奪おうとした連中が咎められずアルガスが咎められるなら、……俺にもそれなりの考えがある。
とはいえ……今は、この居心地の悪いのだけは勘弁願いたい。
いっそ街を出てもいいのだが、リズの情報を集めるためにも、ここの冒険者ギルドに頼らねばならない。
他の街でも同じように情報を収集できるが、その手間も時間も惜しい。
しかし、アホギルドマスターがいなくなったことで、ここの冒険者ギルドの明日がそもそもないかもしれないけど……。
串を貰って形が崩れない様にぶっさすと、ロングソードみたいになったバーガータワーとドリンクを貰ってスタコラサッサと食堂を後にするアルガス。
(……英雄だの何だのは、勘弁してくれ──)
アルガスの望みはただ一つ。
平穏だ。
だから、その胸中にあったのは、
──やっべー……なんか、面倒なことになりそうだ。
と、いうことであった。
今日の予定はギルドに顔を出したり、ドロップ品を細々と売ろうと思っていたのだが、どうもそれどころじゃなさそうだと考えを改めた。でも行くしかないわけで……。
うーむ……。参ったな。
取りあえず、飯を食ってから考えよう。
いつの間にか英雄に祭り上げられていることに一抹の不安と居心地の悪さを感じるのであった。
そして、すごすごと部屋に戻るアルガスの元に、想像通りの面倒ごとがズンズンと近づいていることにまだ彼は気付いていなかった。
※ ※
ガチャリ……。
扉を開けて中に入ると、ミィナが薄着でキョロキョロとしていた。
…………うん、ちっちゃい。
「何やってんだ?」
「あ、アルガスさん!───ミィナのお洋服破れちゃって……」
しゅーん、としたミィナ。
そう言えば昨日のボロ服のままだった。
聞けば起きた拍子に服が破れてしまい、何とかしようとしているうちにドンドン破れて、ただのボロキレの塊になってしまったらしい。
「あー……。取りあえず、これ着とけ」
アルガスの予備パンツを差し出す。
ブッカブカだけど、ミィナが切るとオーバーオールのようになった。
せっかくなので、ボロ切れを回収して、ストラップを作ってやると結構いい感じの服に見えなくもない。
「いいんじゃなぃか?」
「ありがとぅ♪」
パァ! と後光が刺さんばかりの天使スマイルにアルガスが仰け反りそうになる。
おっふ。パンツくれてやっただけでそんなキラキラした目を見せないでおくれ……!
幼女が薄着ウロウロしてる方が色々外聞悪いのよ。分かってる君ぃ?!
「ま、あとでもっとマシな服を買おう」
……金はあるしね。
「いいの?」
「気にすんな、大した額じゃない」
ミィナのお陰で回収できた
その対価として考えれば本当に微々たるものだ。
「それよりほれ、飯にしようぜ」
「はーい♪ ワッ! お肉ぅ」
ミィナはバーガータワーを見て目を輝かせている。
この見た目のインパクトも、ミィナの感性からすればなんてことはないらしい。
「好きなだけ食えよ。皿は──────ほい」
串から外してパンと肉を分けていく。
そも、バーガーにする意味があったのかどうか……。
更に山盛りになった肉を二人してモリモリ食べながらミィナに語り掛ける。
「ほうぃへば、ほのあほヒルホひひふへど、ふるか?」
(そういえば、このあとギルドに行くけど、来るか?)
「ほや? ヒルホ……。ほん、ひふ……」
(ほえ? ギルド……。うん、いく……)
ミィナが少し顔を曇らせて言う。
やはり、ギルドにいい感情がないのだろう。
無理もない。
アルガスとしても無理につれていくつもりはないのだが、昨日の今日だ───ミィナが誘拐されたのは。
さすがにもう、盗賊ギルドは手を出してこないろうが、暗殺者ギルドやその辺りはよくわからない。
どの道、それを取り締まるべき衛兵逮も壊滅しているし、そんな頼りない連中に任せるくらいならアルガスと一緒にいるほうがいい。
「んぐんぐ……ぷぅ。わかった、じゃぁ飯食ったら、行こう」
「ほーひ」
(はーい)
うん、食いながらしゃべると何言ってるか分からん。
つーか、肉どんだけあるんだよ!
さすがに喉に引っかかるわ。
貰ったドリンクは薄めの果実酒らしく、クピクピ飲みながらミィナがモリモリ食べる様を眺める。
ぶっちゃけアルガスより食べてる、食べてる。
まぁ育ちざかりなのでドンドン食うがいいさ。
それにしても……。
「───なぁ、ミィナ。その……ギルドに来るまでは何をしてた? どこに住んでたとこ覚えてるか?」
キョトンとしたミィナ。
肉をモグモグしながら、
「ごっくん……。あっちー」
なんか遠くの方を指さしてる。
窓から見えるのは遥か彼方の大山脈───。
あっち…………………………。
範囲広ッッ!!
うん、わからん!
「あっちかー……」
「うん!」
……おっふ。こりゃ、難儀しそうだ。
「んっと、お母さん───ゴメンねって言って、ご飯足りないから、ウチに置けないって……」
すん……と、軽くしゃくりあげながらミィナは言う。
「あー………………………」
そういう事情か……。
「……そっか。そりゃ……どうしたもんかな」
人攫いか盗賊の類かと思ったが、どうも口減らしの方らしい。
まぁ、貧しい村だと、ままあることだ。アルガスだって境遇は似たようなものだ。
(……いずれにせよ。こりゃ、親元に返すのは無理かもな……)
──返したところで……。
「アルガスさん、ミィナ……いたら邪魔?」
うるッ、と目を潤ませながら上目遣いで見られる……。うん、止めてくれ───そーゆーのに弱いのよ俺。
「い、いや、邪魔じゃない。邪魔じゃないけど……」
───家に帰りたくはないか?
「………………ううん」
少し長めの沈黙の跡、ミィナは小さく首を振った。
彼女なりに思うところがあるのだろう。
もう少し詳しく聞いてみてもいいが、どうやら親に売られたらしい事を思えば、彼女が帰るべきウチはもうないのだろう。
いつか彼女が望むなら、少々のお金付きで送り届けてもいいが……。ちょっと複雑そうだ。
「わかった。前にも言ったが、暫く一緒にいようじゃないか」
「え…………いいの?!」
ミィナが顔を輝かせて、アルガスを見上げる。
「おう。…………そのかわり」
少し声のトーンを落としたアルガスに、ビクリと震えるミィナ。
「……仕事は手伝ってもらうぞ? 相棒ッ」
ニカッと歯を見せて笑うアルガス。
「う、うん!! ありがとう~!!」
「うぉッ!?」
ピョンとアルガスの首に抱き着くミィナ。
食事中に飛びつくもんだから肉汁とかついてベッタベタになる。
「おいおい、ベッチャベチャだぞ……。それに、ミィナ───」
「あ、ご、ごめんなさい!」
慌ててアルガスから離れると、旋毛を見せて頭を下げる。
年の割には利発な子だ。
「いや、いいさ。それより───」
アルガスは拳を突き出すと、ミィナに翳す。
「え?」
「相棒同士の挨拶はこうすんだよ」
ミィナに拳を作らせると、拳を突き合わせさせる。
「んで、こうして、こう」
拳を、ごんごん、ぐっぐ、最後に平手でハイタッチ!───オーケィ?
「は、はい!」
ごんごん、ぐっぐ、ハイタッチ!
「いえー!」
「ぃ、ぃぇ~」
ククク、と腹で笑うアルガス。
ミィナの戸惑った笑いと仕草が、冒険者になりたてのリズを彷彿させて実に懐かしい思いだ。
「さ、相棒契約も済んだことだし飯くっちまおう……その前に、着替えかな」
「あ、はい」
沁みにならないうちにパンツ型オーバーオールを脱がせると選択桶につけておく。いや、オーバーオール型パンツだったか? まぁ、どっちでもいい。
あとは、替えの服がないので適当にシャツを貸してやり、オーバーオールが乾くのを待って先に飯を食べてしまうことにした。
モリモリと素っ裸のまま肉を食うミィナに、グビグビと朝っぱらから酒を飲むアルガス。
「マスタードは?」
「辛いからいいー」
「塩は?」
「いるぅ」
され程あった肉があっという間になくなった。
食べ盛りってすごいなー。
空になった皿を食堂に戻しつつ、アルガスは外行きの恰好に着替える。
(さーて、腹ごしらえを済ませたし、次はギルドだな)
そんなこんなを考えて次の予定を立てていたのだが、そうは上手く
「っと、その前に……」
さすがに、パンツ型オーバオールでギルドに行くわけにもいくまい。
子供服なんてものはどこで取り扱っているのか分からんが、街にでればなんかあるだろう。
「いくぞ、ミィナ」
「はーい!」
ニコニコと見送る宿の連中の視線を背中に受けながらアルガスたちは街に繰り出した。
諸々を済ませるべく、アルガスとミィナは連れ立ったわけだが……。
まー……なんというか、人、人、人!!
「おいおい、この町ってこんなに人いたか?」
「すごい賑やか~!」
昨夜の戦いの余波も冷めきれぬと言わんばかり、街中がお祭り騒ぎだ。
衛兵隊に代わり、地元出身者と青年グループで結成されている自警団が治安を受け持ち、重税により鳴りを潜めていた露天商が、所狭しと軒を並べている。
そのうえそいつらが、やたらとアルガスを英雄だ何だと持て囃してくる。
鬱陶しくてかなわないので、民衆の間をそそくさと逃げるようしてギルドに向かったものの、テンヤワンヤの大騒ぎ……。
「こりゃ。まいったな……しばらく身動きできそうにないぞ」
さすがに、荒野の端に位置する冒険者ギルド。
昨日の騒ぎもあって色々大変そうだ。
「先に服買いに行くかー」
「ん? うん~」
よくわかっていないミィナの頭を撫でながら、よっこしょと肩に担いでちょこんと乗せる。
その重さに、小さい頃のリズを思い出し少しセンチメンタルになるアルガス。
「リズ……。無事でいろよ──」
お祭り騒ぎの街を他所に、アルガスの気持ちは暗い落ち込む。
こんなところで足止めを食らっている場合ではないのだ。
一刻も早く、あの子を…………。
「リズ───」
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