第9話「『タンク』は料理を作る」
「人参の皮をむいてくれるか?」
「はーい」
随分と素直になってきたミィナの様子にホッコリとしながらも、アルガスは黙々と食事の準備をしていく。
鍋がなかったので、ボコボコに凹んだ兜を逆さにして、スープ鍋の代用とする。
大雑把に洗った兜に水を張り、簡易
プツプツと気泡がたち沸騰してきたのを横目に、火が通りにくい野菜を大きめにカットしながら次々に放り込んでいく。
塩ッ気は、肉についたそれで充分だろう。
丁寧にアクを取りながら、スープに濁りが着いていくのを眺めつつ、
スープはこのくらいでいいだろう。
あとは待つだけ。
さて、その間にもう何品か作ろう。
精の着くものが食べたいアルガスは、取って置きをつくることにした。
まず、オーガナイトが使っていた盾を軽く洗って、フライパンの代わりにすると、
ジュウウウウウッ!! と、いい音を立てるのを聞きながら並行作業。
ミィナが一生懸命に皮をむいてくれた土人参を細く切り、平葱のざく切りと一緒に炒めて猪の肉と絡めていく。
獣脂がたっぷりで油をひく必要もない。
さて、ここに隠し味を少し───。
タレの代わりに猪の血をビネガーと混ぜて、溶かしたチーズに絡めると、豪快に肉と人参と葱に回しかける。
そのまま火を万遍なく通すため、ミィナにゆっくりとフライパンを揺すらせる。
「あまり傾けると、肉汁も落ちるからゆっくりとね」
「はーい♪」
肉の焼ける良い匂いに、鼻をフンガフンガさせながらミィナがウキウキとフライパンを回している。
結構な重労働だけど、楽しそうだ。
さて、ミィナが頑張っている隙に、更にもう一品。
軽く水洗いした
これは薬味代わりに取っておく。
実は、
そして、赤蕪本体は───。
これは、果実のように皮をむいて使う。
慣れた手つきで、シャリシャリと皮をむいていくとツルンとした皮なしの蕪ができる。
それを二つ。
あとは、1mm程度の幅で切り分け、食べやすい形に整えると塩で揉む。
そのまましばらく放置。
水が抜けていく間に、ニンジンの葉っぱを塩と、削って散らしたチーズで揉んで馴染ませ、青い葉っぱ特有の臭みを抜く。
最後にこれを、塩を吸った赤蕪と絡めてオリーブ油を回しかければ「蕪と人参のサラダ」の完成だ!
あとは簡単。
料理を
最後にスープの蓋をどけて、香りを確認すれば──────。
「塩漬け肉と野菜のごった煮スープ」の出来上がり!
「───はい。簡単なモノしかないけど、召し上がれ」
「わぁぁ……♪」
ミィナは目をキラキラとさせながら料理をうけとる。
ま、料理というほどの物じゃないけどね。
あとは、硬くなったパンと、気の抜けたエールがあれば、そこそこに腹にはたまるだろう。
はい、じゃぁ───。
「「いただきます!」」
そうして、軍団の死体の散らばる戦場跡で二人の勝利者はささやかな食事にありついた。
※ ※
さて、実食。
「猪肉と人参と葱炒め」
「塩漬け肉と野菜のごった煮スープ」
「蕪と人参のサラダ」
固くなった黒パン、気の抜けたエール。
荒野のただ中にしては中々の出来じゃないか?
ホカホカと湯気をたてる出来立ての料理。
キラキラと輝く野菜とエール。
激戦と死の縁を彷徨った二人の腹模様は、もはや空腹全開だ。
とくにミィナは成長期らしく、食べ盛りだろう。
今もキラキラと目を輝かせてアルガスの手料理をみつめている。
いただきますをしたのに、手をつけずにアルガスの顔色をチラチラと窺っている。
内心は、涎を垂らさんばかりだろうに……。
「ふぅ……」
アルガスにはわかっていた。
ミィナは奴隷というものを小さいながらわかっているのだろう。
主人より先に手をつけるな。
同じ食卓につくな───。
或いは、
「あのな、ミィナ」
「は、はい!」
視線は料理に釘付け、だがアルガスの声にハッとしたように顔をあげる。
その顔には少し怯えが……。
ふぅ───。
「……子供が遠慮するな。好きなだけ食え」
「い、いいの?」
上目遣いでチラチラと。
「いいぞ! 当たり前だろう」
「わーい♪ ありがとう、アルガスさん!」
喜び勇んで、さっそく肉炒めに手を伸ばすミィナ───。
「ただし!!」
「ひぃ!?」
アルガスが態度を豹変させたので、ミィナが顔を真っ青にする。
しかし、それも一瞬のこと───。
「…………お残しは厳禁です! 残さず食べろよ」
「は、はーーーい♪」
アルガスなりの心遣いに気付いたミィナは満面の笑み。
手掴みで肉炒めを掴むと、アング───と食べる。
もっちゅ、もっちゅ、もっちゅ───。
「?!─────────ッッッ」
量が全てと言わんばかりに口に詰め込んだミィナ。
頬っぺたをプックリ膨らませながら暫く口に含んでいたが、突如目を見開く。
「お、」
「お?」
「おいひーーーーーーーー!!!」
おいひーおいひーおいひーよー!!
戦車の対空機銃のように、空に向かって歓喜の叫びを発射。
高空をクルクルと舞う、死体の匂いを嗅ぎ付けた猛禽類の類いがビックリして姿勢を崩していた。
「お? 口に合ったか? ちょっと味が濃いかもと思ったけど───」
どれ……?
ぱく、モグモグ──────。
「あ、うんま! これ、我ながら旨いわ」
何が旨いかっていうと、肉の甘味。
つまり、
魔物の肉は、当たりハズレが多いが、これは当たりの部類だろう。
それどころか、大当たり!!
荒野の奥地に生息する凶暴種なだけあって、市場には早々出回ることがないだけに、その味はひとしおだ。
複雑極まりない甘味と旨味。
濃縮された脂肪と赤身肉が、渾然一体となって口の中で踊る。
それらの肉が血と酢のソースが優しく纏めている。
さらに野菜のシャキシャキした歯ごたえと、ややある苦味が舌を楽しませる。
「おいひーよー。おいひーよー!」
壊れた
「ほら、パンにのせてみな」
固くなった大きな黒パンを、モリッと割ると、その小さな手に乗せてやる。
見れば表面こそ固くなっているが、中はまだシットリとフワフワだ。
そこにミィナが山盛りの肉炒めをのせて好きなだけかぶり付く。
もっきゅ、もっきゅ、もっきゅ!!
「むぅ!! パンに合うーーー!」
「当然だろ。肉の合わないパンはない!」
ニィとアルガスが笑うと、ミィナもニコリと返す。
笑った顔は年相応に可愛らしかった。
「パンと肉ばっかじゃ喉に引っ掛かるぞ」
そういって器にスープを盛ってやる。
「塩漬け肉と野菜のごった煮スープ」だ。
肉の旨味と野菜の旨味をたっぷり吸った濁り汁。
まさに、ザ・旅飯の代表格だろう。
もちろん、アルガスなりに色々工夫はしている。
「んく、んく、んく」
ミィナが小さな
「ぷはっ! おいしい!!」
「おお、良かった。苦手なものはないか?」
「んーと…………ない!」
そりゃ結構。
さて、俺も───。
と、思ったところで、ミィナが器を取り上げニコニコ顔でアルガスに注いでくれる。
お返しといったところだろうか。
「おう、ありがとう」
「はーい!」
ニッコニコのミィナに見守られながら、アルガスもパンを浸してスープごとパクリ。
───うむ。
塩分が染み渡るわー……。
そういや、戦闘で汗だくだったわ。
どうりで旨いわけだ。
固い塩漬け肉もじっくりコトコト煮込んだおかげてトロットロ!
ちょっと味はボソボソしてるが、野菜の旨味を吸って食える食える。
乾燥豆もスープを吸って柔らかくなり、タンパク質の風味が、腹にドシッと貯まって旨い!
そして何よりもスープ!
この複雑な味よ───。
芋、人参、葱、肉、豆!!
それらの旨味が、ギュッと詰まってこりゃ堪らんです! はい。
そして、ミィナと一緒になってガツガツと食べ進める二人。
肉、スープ。
肉、スープ、時々黒パン!!
「おいひーよー! おいひーよー!!」
「旨ッ。旨っ!……っと、ほら、頬っぺについてるぞ」
食いカスがついていたので、取ってやりヒョイっと、口へ。
あ、やば───。
よく、リズにやっていたので、クセになってるな。
ミィナは血の繋がりも、家族とも違うのでこういうのは嫌がるかもしれない。
だけど、
「は、はぅ…………。ありがと、です」
顔を赤らめるので、凄くいけないことをした気分だ。
「お、おう。ほらほら、まだまだあるぞ」
照れを誤魔化すために、残った肉をパンに挟んでどっさりと食わせてやる。
「あぅ。ありがとうー!」
食べ盛り。育ち盛りのミィナの食欲に終わりは見えない。
あっという間に食べてしまうと、お腹をポンポンとさする。
アルガスも、一度にドカッと食べる主義なので、量でいえばミィナ以上に食べている。
お陰で口の中が脂でギットギト。
肉の脂が旨くて、これまた濃いのだ。
「ほれ、野菜も食えよ」
「はーい♪」
好き嫌いはないというミィナ。
満面の笑みでサラダを受けとると、やはり手掴みでシャクシャクと健康的な音をたてて食べていく。
じゃぁ、俺もと。
アルガスも豪快にモッサリと食い、口の中をリセットする。
蕪の甘苦い味と人参の葉の爽やかな風味が、肉でコッテリした口に優しい。
塩とオリーブ油だけで、百点満点の味がするのだから侮れない。
「うんま!」
「おいひ♪」
アルガスとミィナも、互いに顔を見つめてニッと笑う。
そして、同時に「ゲップ」と満足気なオクビを漏らした。
うむ。
───勝利のあとの飯は美味極まりない!
……まわり、死体だらけだけどね。
周囲の様子など全く気にしないで、二人は荒野の空のもと、満足いく食事を終えた。
最後に気の抜けたエールで乾杯───。
「かわいい相棒に!」
「アルガスさんに!」
「「
安物のドリンクホーンを突き合わせる乾いた音が、
このあとは、戦闘後のお楽しみ────!
───ドロップ祭じゃぁぁぁああ!!!
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