第4話「いきなり大ピンチ」

 ボロボロの装備を手直ししつつ、リズから資金を借りてでも最低限の修理を終えたアルガスは、なんとか次の冒険に間に合った。


 そして今、魔物蠢く荒野のただ中にて、ミィナの手を引いてジェイス達の後を追っているところだった───。


「はぁ、はぁ、はぁ」

「ふぅ、ふぅ、ふぅ」


 重装備に大荷物のアルガスは息も絶え絶え。

 ミィナも慣れない行軍と、大荷物で今にも倒れてしまいそうだ。


(ジェイスのやつ……。行動速度を考えやがれ!)


 軽装のジェイス達についていくのは至難技だ。

 結果、無駄に体力を磨り減らすしかない。


 しかも準備不足。

 いかにも慌てて準備したと言わんばかりの編成だ。


 だが、それもこれも理由がある。


 あの町で、ある程度の休養をすませたSランクの勇者パーティ「光の戦士たちシャイニングガード」だったが、突如としてギルドから発せられた緊急クエストに駆り出されたのだ。


 まだ完全に傷の癒えないアルガスではあったが、パーティがクエストに行くというのに、一人休むわけにはいかない。


 それを口実にジェイスに脱退を勧告されるかもしれないし、それに、なにより───リズとミィナのことが心配だったのだ。


「ち……。今回の街はハズレ・・・だな。人をこき使いやがる」


 ジェイスが苦々しく吐き捨てる。


(よく言うぜ……自分から勧んで引き受けたくせに───)


 ジェイス達のパーティの目的は、魔王討伐と銘を打っていても、やっていることは通常の冒険者と何ら変わらない。

 

 それもそのはず。

 魔王とは一定周期で出現する災害のようなものだ。


 数年前に出現した魔王は、軍団レギオン級の魔物の群れを率いて辺境の国々を襲った。


 あわや世界の危機かという時に、ジェイスの先代である本物・・の勇者が老骨に鞭を売って出陣し、あっさり討伐してしまった。


 その代わりにジェイスの先代───当時の勇者もポックリと逝ってしまったのだが……。


 それに驚いたのは王国首脳部だ。


 まさか勇者が死ぬとは思わなかったらしく、最強の戦力不在に慌てた王国が、次代の勇者を無理矢理選定し、鍛え上げることを決定したのだ。


 ───そいつがジェイスだ。


 血筋は申し分なし。

 腕もそこそこ強い。

 天職も「聖騎士ホーリナイト」と希少職ユニークジョブ


 当然、王国首脳部はジェイスを後任に据えた。


 だがそれが故に、このいびつで傲慢な勇者ジェイスが誕生してしまったというわけだ。


 対して人生経験もない若造が、突然に最強の地位と権威を得る。

 そりゃあ、増長するってものだ。


 だが、人格が伴わないことは、王国とて百も承知であった。

 しかし、ジェイス以上の強者がいないこともあり、暫定的な処置として留め置いているらしい。


 それは、軽率も軽率な判断だ。


 人々の間から本物の「勇者」が現れたらジェイスをどうするつもりなんだか……。


 そもそも天職「勇者」が現れれば、魔王への備えは完璧なのだ。

 ただ人から鍛え上げてどうにかなるものではないはず───。

 だが、いないものはしょうがない……。


 対魔王のカウンターとして強者を育て上げるのが喫緊なのだが、いかんせん───そのためには、とにもかくにもLvをあげなければならない。


 そして、王国に留まっているだけではLvは上がらない。


 だから、こうして「光の戦士たちシャイニングガード」を編成し、冒険者の真似事をして諸国行脚をさせているというわけだ。

 次の魔王の出現に備えて……。


 とはいえ、ジェイスの素行の悪さは折り紙付きなので、王国は表立って援助できないとの噂がある。


 つまり───あまりやらかしすぎると、国は本気でジェイスを切る気なんだろう……。


 汗だくになりながら、アルガスはジェイスの背中を苦々しく眺めていた。


「あー! 面倒くせぇ、やってられるかっての!」


「まーねー。もう次の街いこーよー!」

「まったくです。こんな割の悪いクエスト。私達の仕事ではありませんよ」


 似た者同士でブーブー不平を言いまくるメイベルとザラディン。

 不平を周囲に零しても空気が悪くなるだけなので、リーダーなら普通はしないものだが……。

 

 ま、ジェイスだしな。


「ち───! おらぉ! とっとと歩け! ノロマにクソガキぃぃ!」


 罵倒されるアルガスたち。


 だが、人間には限界ってものがある。

 小さな女の子ならいわんや。


 ぜいぜいと肩で息をするミィナは本当に辛そうだ。


 彼女の異次元収納袋アイテムボックスは、低Lvゆえ収納量が少なすぎた。

 そのため、溢れたものは彼女自身が担がねばならなかったのだ。


 もちろん、アルガスも手を貸している。

 だがそれでも、だ。


 どうみても、女の子にこの荷物の量は酷だろう。


「───ジェイス、無茶だ! この子の体力が持たないぞ?!」


 アルガスも汗だくになりつつ、懸命に歩くミィナの手を引いてやるくらいしかできない。


「ふっざけろ! ポーターの仕事は黙って荷物を運ぶことだ! とっと歩け!」


「あー……ホントのろま」

「日が暮れますね」


 がなり立てるジェイスと、ゲラゲラと笑うメイベル達。

 リズは──────……先行して偵察に行っている。


「ち……。グズグズしてると他のパーティに手柄を奪われるぜ」


 今回のクエストは、多数のパーティが投入されるほどヤバイものらしい。

 というのも、将軍ジェネラル級の魔物が現れて、近隣の魔物の群れホードを吸収して軍団レギオンを編成しかけているというのだ。


 いわば、プチ魔王の出現。

 ギルドからのクエストは、緊急の───『将軍級の討伐ジェネラルキル』だ。


 そして、文句を言っていた割に、ジェイスはヤル気満々らしい。

 魔王より格下の将軍級とは言っても、それはつまり魔王に次ぐほどのヤバイ魔物だということ。


 だからだろうか?

 ジェイスなりに、そいつを倒せばはくがつくと思っているんだろう。


「ぜぇ、ぜぇ……ミィナ。大丈夫か?」

「はぁはぁ……う、うん。だ、大丈夫───。でも、の、喉が渇いて」


 どう見ても大丈夫じゃない。

 水を欲しがっているが、あまり飲ませるのは危険だ。


 汗になって流れ落ちるだけ。

 むしろ水を飲めば、発汗作用で余計に疲労が激しくなるだけだろう。

 こういったとき、口の中を湿らせる程度で済ませるほうがいい。


 酷だとは思いつつも、アルガスにも余裕がない。

 しかたなく、水筒を取り出すと、手に受けて少しだけミィナに飲ませた。


「んく、んく……ぷぁ」


 もっと飲みたいと目で訴えられるも、アルガスは鉄の意志でそれを振り払う。

 でも、ウルウルの目で見られると心臓に悪い……。

 なんか意地悪してるみたいだもん。


 その時、不意に周囲の荒れ地の土がパラパラと音を立てて踊り始めた。


「なんだ……地震か?」


 ジェイスは怪訝な表情で周囲を窺ったときのこと───。


「───ジェイス! リズが戻ってきた……。あれ? リズだけじゃないよ?」


 突然の地震と、遠目に見るリズの様子に気付いて、さっきまでゲラゲラ笑っていたメイベル達は不意に表情を引き締めて警告する。


 そのうち、ザラディンは遠見の魔法を使ったらしく、正確に情報を伝えていくが……。


「所属不明1……。敵影はなし。あれは、他のパーティでしょうか? それだけにしては、随分と焦っているようですね。リズがその一人に肩を貸していますが───」


 細目のザラディンが、さらに目を細くして前方を窺っていると、


 どどどどどどど……。


「なんだ? 群れホードか───……。いや、違う。な、なななな! な、んだあの数は!?」


 パラパラと踊る土が、徐々に音を激しくたて、周囲の地形ごと振動させ始める。


 一体これは──────。


 そして、視認距離にリズが到達すると、彼女はあらん限りの声で警告したッ!!




「───皆逃げてぇぇえええ!!」




 物凄い速度で駆けてきたリズが、大きく手を振りながら警告を発している。

 だが、事態が掴めない「光の戦士たちシャイニングガード」の面々は顔を見合わせるのみ。


 それよりも、まずは彼女を収容したいところだが、まだ距離があり過ぎる───……。


「どうしたリズ! 何があった?!」


 大声で聞き返すジェイスにリズは一言──────!





軍団レギオンよ!」




※ ※




 ドドドドドドドドドドドドドドドドドド!!!


 荒野の果てに土埃が起こっていた……。


 軍団レギオン───。

 単一種からなる群れホードとは異なり、統率者に率いられた様々な魔物の群れの集合体のことである。


 それは時に、千から万単位の魔物の集合体になることもあり、

 そして、時に小国であれば瞬時に滅ぼすこともあるという。


 それを規模が大きくなる前に殲滅するのが、今回の緊急クエストだったのだが……。


 既に───時、遅し。


 将軍級は思ったよりも優秀な個体だったのか、ギルドが想定するよりも早い速度で群れを吸収していたらしい。


 この規模になると、本来であれば、本物の勇者かあるいは軍隊をぶつけなければならないのだが……。


 ここには、そのどちらもない


 なぜなら、この依頼クエストが国に持ち込まれるより先に、ジェイスが他のパーティと共同で解決できると豪語してしまったからだ。

 ようするに、ジェイスが自分の箔を付けるために、無理やり冒険者だけの案件にしてしまったのだ。


 だが、事はそれだけでは済まない。


 なんせ、ジェイスの想定をはるかに上回る規模で群れホードから軍団レギオン化してしまったのだから……。


 これは、明らかに彼の誤算だろう。


「───なんてこった!!」

 頭を抱えるジェイス。


 それだけに、「光の戦士たちシャイニングガード」の能力を超過していることは火を見るより明らかだ。


 そして、あっという間に大地を埋め尽くさんばかりの規模で膨れ上がる魔物の群れ! 群れ! 群れ!!───いや、軍団だッ!!


「ジェイス! 撤退するぞッ」


 勝ち目はないと悟り、アルガスが早期後退を意見具申するも、


「ば、馬鹿め! あ、あああ、ありゃ、俺の獲物だ!」


 ジェイスは顔を引きつらせているが、それでも立ち向かおうというらしい……。


 冗談じゃないぞ!?


 お前が勝手にくたばるのは好きにすればいいけど、リズとミィナまで巻き添えにするなよ!


「よ、よし! メイベル、支援魔法をかけろ! ザラディンはデカい範囲魔法を準備だ!」


「りょ、了解!」

「わ、わわわ、わかりました!」


 二人は一瞬顔を見合わせて、「ホントにやるの?!」と言いたげだ。


 だが、

「───はっ! やるぞぉぉお!! リズを収容したら、フォーメーション、パンツァーフロントだ!」



 ば!

「馬鹿言うなジェイス! あの数だ───俺一人で支え切れるわけがないだろう!!」


 しかも、荒野!


 ここが隘路あいろならまだしも、遮るものがない場所でどうやって「タンク肉壁」をやれというのか!?


 肉壁タンクなんか、あっと言う間に飲みこまれて後方に浸透されるのが目に見えている。


「そのために、こいつがあるんだろうが!」


 ジェイスがミィナを引き寄せると、彼女の背嚢をひったくり、中から『魔物寄せ』の「匂い袋」を取り出した。


 動物の生肉やら、血などの臭気の強い部位と、フェロモン物資を混ぜて作った魔物を引き寄せるアイテムだ。



 ───って、それで何をする気だ?!



「おらよ!!」

「うぐ!!」


 ベチャっと、酷い匂いにするそれをアルガスにぶつけると、前面に向かわせる。

 更にいくつもいくつも、「匂い袋」を地面にぶちまけると、そこにアルガスを立たせて言った。


「これなら十分に敵もよってたかってくれるぜぃ! はは、人気者はつらいよなー?」


「む、無茶だ!」

「黙って壁役タンクやってろ! のろま野郎が!」


 く……!


「支援魔法おわったよ!」

「大魔法、準備よし!!」


 ジェイスの自信に満ちた顔と、アルガスの鉄壁に気を良くしたのか、メイベルとザラディンも先ほどまでの悲壮な様子はない。


 それどころか、笑いながらアルガスに向かって更に匂い袋を投げつけてくる。

 

 はっきりいって「死ね」と言われているようなものだ。


「く……!! ミィナ! 隠れていろ」


 オロオロと匂い袋が取り出されていく様を見ているしかできないミィナだったが、アルガスの声を聴いて、ぎこちなく頷くと、地形の起伏に身を潜めた。


 小柄な彼女なら簡単には見つからないだろう。


 そこに……。

「───ジェイス、何やってるの?! 早く逃げなきゃ!!」


 脱兎のごとく駆けてきたリズが、全身汗だくになりつつもジェイスに警告を発する。


「はっ。馬鹿を言うな! こんなチャンス滅多にないんだぜ」


「そうよ! ジェイスがビッグになる瞬間をこの目で見なきゃ!」

「私の魔法も、この瞬間を待ちわびていましたよ!」


 ギラギラと目を光らせる三人を見て、表情を引きつらせるリズ。

 そして、匂い袋まみれになっているアルガスを見てさらに顔を青く染めていく。


「な……。何やってるのよ! これじゃアルガスが!」


 ジェイスに取り付き、ガクガクと揺さぶるも、涼しい顔をしているクソ野郎。


「あ、アンタ───雷光のジェイスか?」

 そして、一人だけ場違いな奴が……。


 リズに肩を貸されていた冒険者だ。

 傷だらけで息も絶え絶え、他の仲間は軍団に飲み込まれたらしい。


「ほう。知ってるいるのか? いかにも───俺が雷」

「今すぐ逃げろ!! 敵はオー」



 ブシュ!!



 何かを告げようとしていた冒険者の顔が歪に変形する。

 見れば顔から何かを生やしているじゃないか……。


「ぎゃあああああ!!」


 メイベルが物凄い悲鳴をあげて後退ると、そこに覆いかぶさるようにして冒険者の死体が斃れた。

 

「な、投槍───?! あの距離から投げたのか!」


 驚愕に目を見開くジェイスだが、リズはそこに畳みかける。


「み、見たでしょ!! 無理! 5人だけで倒せる規模じゃない───それに、」



 て、

 

 敵は──────。






「オーガキングなのよ!!」

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