第3話「使い捨ての奴隷少女」

「ったく、滅茶苦茶時間かかったぜ」

「どっかの誰かがノロマなせいでね!」

「ホント、どれだけパーティの足を引っ張れば気が済むのやら」


 街に帰還し、ギルドにクエスト完了の報告と納品を済ませた後、ジェイスの誘いで併設の酒場に繰り出した時のことだった。


 ボリュームだけの粗末な料理と、安さだけが取り柄のクソまずいエールがテーブルに並んでいる間も、パーティのもっぱらの話題はアルガスに対する愚痴だ。


 いや、愚痴どころか、安酒をカッ食らいながら出てくるのはアルガスに対する罵詈雑言のみ。


 ───ちなみに、アルガスだけおごってもらっていない。


「ちょ、ちょっと言い過ぎよ! アルガスがいないと危なかったんだから!」


 唯一反抗してくれるのはリズのみ。

 実際、アルガスが前衛として魔物の群れを押しとどめていなければ、パーティが壊滅してもおかしくない場面がたくさんあったのだ。


 ハイオークの群れは元より、その後で遭遇したアイスリザードマンの群れは特に危険だった。


 奴らのブレス───「凍える息」による範囲攻撃は、軽装主体のジェイスパーティにとっての鬼門なのだ。

 肌の露出の多いメイベルやリズはもとより、軽鎧のジェイスも、ローブ程度の薄い装甲しか持たないザラディンも危うい。


 それを一手に引きつけ、全ての攻撃を求引していたアルガスは「タンク」としての役割を完全にまっとうしていた。

 少なくともノロマと馬鹿にされるいわれはない。


 だが、リズ目当てのジェイスは事あるごとにアルガスを排除しようとし、こうして仲間をけしかけてくるのだ。

 そして、リーダーがそんな調子ならメンバーもその空気に染まるというもの。


「ち……また、だんまりか」

「ほんっと、ノロマで意気地なしねぇ」

「魔王討伐の際に、ノロマな足手まといがいては倒せるものも倒せなくなりますよ」


 いくら何を言われたところで我慢我慢。


 アルガスはフルプレートアーマーであることを幸いと、フェイスガードを降ろしたままムッツリと黙っていた。


 本音では、手にしたジョッキをジェイスの頭に叩きつけてやればどれほど気分がいいか、と思ってはいる。


 ついでに、やっすガベージ内臓パイを熱々のまま、メイベルの顔面に叩きつけ、不純物だらけのスパイスの小瓶をザラディンのケツにブッ刺してやりたいところだ。


「───まぁいい。ホラ報酬だ」


 ドンと、デッカイ袋に詰まった金貨、銀貨を無造作に放り出すジェイス。

 その金額の音に、周囲の冒険者がゴクリと喉を鳴らしている。


「メイベル」

「はいはーい! わ、やった!」


 雑に分けた金貨と銀貨をメイベルにズイっと寄越すジェイス。

 喜色満面に受け取るメイベルは目を「$」マークに変えて歓声を上げていた。


「ザラディン」

「おお! これは助かります───欲しい魔法書があったのですよ」


 大量の金貨を受け取りホクホク顔の大賢者様。

 俗物丸出しの顔で金貨をかじり、真贋を確かめている。


「リズ」

「あ……。その、ありがとう」


 先の二人と同等の金額を受け取り、律義に礼を言ってからそっと懐に仕舞う。

 彼女は周囲の冒険者の目を気にしているようだ。


「全員受け取ったな? じゃあ、大事に使えよ」

「─────────え……?」


 4等分されていた金貨と銀貨の山を3人に分配したあと・・・・・・・・・、残り一山をアルガスに──────なぁ~んてことはなく、ズイっと自分のほうに引き寄せて雑に皮の財布に仕舞うジェイス。


「お、おい……俺の分は?!」

 いつもは仲間にくらべて少ないとは言え、10分の1の額程度は嫌々ながらもくれるというのに、今回はそれもない。



 ま、まさか……。



「あ? 何言ってんだテメェ。お前のせいでどんだけ時間がかかったと思ってるんだ、クソ鈍足のろまタンクが」

「ふざけるなよ───!」


 反射的に言い返したアルガスに、ジェイスが目を剥いて怒り狂う。

 ガタン! とテーブルを叩きつけると、


 ───あ゛?!


「なんだぁ?! てめぇ、ごら! 文句あるのかッ。時は金なりタイムイズマネーだ。損失分はテメェの報酬から引いた、当然だろうが!! それとも、言い訳でもあんのか?」


 な、なんて奴だ!

 装備の修理だってタダじゃないんだぞ!


「───せ、せめて、経費分くらいは貰わないと!」

「ふざけろ!…………文句あるなら別のパーティにでもいけばいい。こっちの前衛は間に合ってるからな」


 トントンと、自らの大剣をことさら強調して見せるジェイス。


 たしかに、大衆から「勇者」と言われるだけあり、ジェイスの強さはグンを抜いている。


 それもそのはず。

 ジェイスの家は、勇者を輩出した由緒正しい血統の家柄だった。


 彼の天職こそ「勇者」ではないものの、希少職ユニークジョブの「聖騎士ホーリーナイト」であり、その強さからも王国からの信頼は厚く、暫定的に「勇者」の称号が授けられていた。


 まぁ、それが故に増長して、このクソみたいな性格にひねくれてしまったようだが……。


「く……」

「アルガス───」


 ソッと手を重ねてくるリズ。

 彼女の言い分───ここで言い争いはしないでおこうと、目で語っていた・・・・・・・


(そ、そうだった……!)

 ギルドで争うと、ギルド職員の目に留まるのだ。


 もし、こんな公の場所で争っていると思われると、明確なパーティ追放の大義名分を与えてしまう。ギルドからも正式に脱退勧告が出されることだろう。


 いや、むしろそれを狙っているのだろうが……!


 実際、態度の悪いギルドマスターがアルガスを睨んでいる。

 こりゃまずい。あの俗物はジェイスに取り入る気満々だからな。


 その先を想像したアルガスは、仕方なく頭を下げた。


「わか……った」

「ふん──────あ、そうだそうだ」


 ジェイスが懐から銀貨を一枚取り出すと、ピィン♪ と弾いてアルガスにブチ当てた。


「いだ!……お前ッ!」

「それで、そいつ・・・を洗ってこい───湯代だ」


 そいつ……?

 アルガスが疑問に思う間もなく、ドカッ! とテーブルの下で足を置いていた・・・・・・・それを蹴りだした。


「きゃあ!」


 悲鳴をあげるそれは、決して足置きなどではなく、…………まだ幼さの残る少女だった。


「ジェイス!!」


 思わず駆け寄り、抱き起すと随分痩せこけているのが分かった。

 その身体は悲しいくらい軽い……。


「───新しい荷物持ちポーターだ。値段の安い奴で『ポーター』持ちは、その小汚いガキしかいなかったんでな」


「うううう……」


 ボロボロの衣服の少女が、怯えて縮こまっている。

 酷い体臭で、ドロドロに汚れているが、やけに綺麗な目をした幼子だ。


 だが、その肩にはしっかりと奴隷の焼き印が刻まれている。

 恐らく、奴隷狩りに掴まったか、あるいは口減らしに売られたのだろう。


 よくある話だ……。


 天職『ポーター』は非常に重宝される職業の割りに、比較的その数も多くありふれている。


 しかも、天職としては成長性が少ない職業のため死亡率は高く、その扱いは非常に雑なものが多かった。


 主な用途は───。

 荷運び人、密売人、盗品の保管場所やら、長距離運搬奴隷などなど……。


 しかし、冒険者になるものも多い。


 なぜなら、天職『ポーター』持ちは異次元収納袋アイテムボックスという能力があり、荷物を多く運べる。

 そのため、ドロップ品を持ち帰る必要のある冒険者のパーティには、必ずと言って言い程加入している。


 とはいえ、所詮はポーターだ。

 戦力としては期待できず、荷物を多く運べる程度の役目しかないため、基本は使い捨てられる。


 そして、使い捨てがために奴隷としての需要が高い……。


 この少女も恐らく、最初から使い捨て用の『ポーター』として、安値で売られていたのだろう。


 今足元で震えている少女とは、似ても似つかないものの、以前にジェイスによって使い潰されて死んだ『ポーター』の少女が、今の彼女の姿と重なり、アルガスの胸がズキリと痛んだ。


「わかった───……ジェイス。今度は死なせるなよ」

「は! 使い捨てさ。次のクエスト完了までもてばいい。……さすがにガキ過ぎる」


 こいつ!


 多少でも肉付きが良ければ、なにをするつもりだったのやら。

 ジェイスの野郎はマジに腐ってやがる!


 くそッ!


「……………………行こう。名前は?」


 怒気を吐き出すように重々しく息をつくと、装備と荷物をまとめと、アルガスは少女を抱きかかえて酒場を出た。

 ブルブルと震える少女を見て優しく話しかけるも、口を開いてくれない。


 そりゃそうか……。

 とくに咎めるでもなく、アルガスは少女の手を繋いでギルドをでた。


 そこに、


「───待ってよ、アルガス!」


 酒場からリズが後を追ってくれた。

 ジェイス達は、まだまだ管をまく気らしいも、リズがそれに付き合う道理はないのだから当然だろう。


「リズ───悪いけど、部屋を貸してくれるか?」

「え? うん───いいけど……?」


 色々金銭面で困窮しているアルガスは、街の安い宿屋───木賃宿に仮宿している。


 ちなみにリズはジェイス達と同じ、お値段そこそこの、イイところに泊まっている。


 もちろん、恐縮したリズはアルガスと同じ宿に泊まろうとしたり、あるいはアルガスの分の代金を建て替えようとするが、さすがに娘のような子に集るなんてカッコ悪い真似はできない。


 だから、訓練に都合がいいと適当に嘘をついて木賃宿に泊っているのだ。


「この子を洗ってやりたい───あと、なにか食べさせないとな」

「あ……うん。そうだよね。わかった!」


 うん、リズはイイ子だ。


 というか、道義的に俺がこの子を洗うのはヨロシクない。


 ここはリズちゃんに任せよう。


 小さく縮こまる少女を抱え、二人はリズの宿に向かった。


 宿屋の主は宿泊客でないアルガスの存在と、小汚い少女を見ていい顔をしなかったが、リズがチップを弾むとホクホク顔で湯と軽食を用意してくれた。


 そして、湯あみ用の小さな個室にリズが入り、湯桶で少女を洗ってやるとようやく落ち着いたのか、清潔な服を着せられた少女は安心したようにリズにピッタリとくっ付くように懐いていた。


「アナタのお名前は?」

「……み、ミィナ」


 小さな声で囁くようにつぶやいたミィナは、リズが間に合わせで着せた彼女のシャツをブカブカと纏っていた。


「服まで悪いな」

「ん? いいよ。それよりも、アルガスだけが負担するなんておかしいよ!」


 プンプンと怒りをあらわにするリズ。


 その姿に、ミィナがビックリして、今度はカサササとアルガスの背に隠れた。

 まるで拾いたての猫だな。

 そんな風に思いつつ、優しく頭を撫でてやる。


「大丈夫だ。何もしないから───ほら、食べな」


 リズに礼を言いつつ、宿が用意した軽食をミィナに差し出すと、彼女は物凄い勢いでガッツキ始めた。


 硬いパンに、ベーコンと野菜が浮いただけの薄いスープだが、それでも彼女にとってはご馳走に思えたらしく、涙ぐみながら食べ進める。


「ゆっくりと食べろ。胃がビックリしてひっくり返るぞ」

「えぐ……ひっく。ふ、ふぁい」


 ポンポンと頭を優しく撫でつつ、水差しから冷えた真水を差し出してやる。


 コップを両手で掴みながらクピクピと飲むと、ミィナは「ケプッ」と小さなオクビをたてた。


 その様子をリズと一緒にホッコリと見ていると、ミィナが恥ずかし気に俯きつつ、

「あ、ありがと、ござ、います───」


 と、舌ったらずながらも律義に礼を言った。

 まだまだ幼いが、しっかりと挨拶のできる利発な少女らしい。


 だが、それ以上に……これから彼女に待ち受ける過酷な運命を思うと、それだけでアルガスは暗澹として気持ちになった。


 ジェイスがポーターとして彼女を買った以上、次の冒険に同行させることだろう。

 ポーターなしで探索に行くのは効率がヤバい悪すぎる。


 つまり、彼女を死地につれていかざるを得ないのだ。

 魔物蠢く荒野へと───。

 だが、それがこの世界の普通であるし、ジェイス達といえど、物資無しでは生きていけない。


 つまり、ポーターの存在は絶対に必要でもある。


 それでも───……。


 ムッツリと黙り込んだアルガスに、ミィナが不思議そうな顔をしている。

 その顔が、先日死んだポーターの少女を彷彿させ、アルガスの胸がまたズキズキと痛む。


 救えなかった少女───……。

 見殺しにするしかなかった自分の不徳さ。


 そして、弱さに───。


 でも、きっとこの子は理解していない。

 高Lv冒険者に雇われたポーターの仕事というものを……。





 苛酷で、辛く、そして死の危険が常に隣り合わせにあるという───冒険者パーティのポーター。

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