第89話

 私やリリアンが馬車から出ていく必要もありませんでした。

 村長程度なら騎士資格を持つドリスで十分話がつきます。

 いえ、相手がグラフトン男爵でも同様です。

 シーモア公爵家に仕え、元王太子婚約者で現王太子婚約者候補である私の戦闘侍女でも班長を務めるドリスは、男爵程度では逆らえないのです。


 グラフトン男爵にも所属する派閥があり、保護してくれる領袖がいます。

 ですがどれほど力を持つ領袖でも、王国法を犯した証拠と証人を私に確保されている場合は、言い訳も誤魔化しもできません。

 まして領袖を務めるほどの貴族ならば、私が刺客だけでなく、刺客を送った黒幕まで報復で殺している情報を手に入れているはずです。

 正規の罰をグラフトン男爵と村長に与えることでしょう。


 でもそのようなことは後でどうにでもなります。

 問題は子供達をどうするかです。

 私としては馬車の中に入れてあげたいのですが、絶対にリリアンが認めません。

 戦闘侍女の馬に相乗りさせるのは、いざという時に不利になります。

 馬車の後部にある護衛台に乗せるのが一番無難でしょうか?


「仕方ありません。

 戦闘侍女の一人を護衛台に乗せて世話させましょう」


 リリアンが認めてくれました。

 認めてくれただけではなく、二人の子供を世話するために、戦闘侍女一人を護衛台に同乗させてくれました。

 彼女が乗っていた馬は、いざという時に直ぐに乗り移れるように、馬車の後部に繋がれて移動することになりました。


 彼女が聞き出してくれた話では、二人は姉弟なのですが、元々は村でも裕福な農民だったのが、強欲な村長に陥れられて家財も畑も奪われ、両親も殺されてしまい、二人も奴隷にされたそうです。

 風精霊が後部護衛台に話を聞いて私に伝えてくれましたが、許しがたい極悪非道な村長でした。

 あの場で殺しておくべきだったかもしれません。

 そうしておかないと、これからも多くの犠牲者が出る可能性があります。

 それとも、姉弟が復讐できるように生かしておくべきでしょうか?


「ドリス、グラフトン男爵との交渉は任せます。

 ですがその場で戦いに持ち込んではいけません。

 私を陥れたいと考えている者は多いのです。

 私の名誉は、私自身の手で守ります」


「承りました」


 私は直接村長と交渉したドリスにグラフ、グラフトン男爵との交渉を任せました。

 ですが、男爵が姑息な手段で罪から逃れようとしても、断罪するなと命じました。

 何も事を表で争わなくても、精霊に頼めば密かに片づけられるのです。

 今までのようにムク達に任せると、どうしてもある程度の証拠が残ってしまい、私がやったと推測されてしまいます。

 権力がある時はいいですが、落ち目になると総叩きにされてしまうでしょう。

 これからの暗殺は証拠の残らない精霊たちに任せるべきでしょう。

 それにしても、私は自分が好戦的な性格に変わってしまった気がします。

 タマの影響でしょうか?

 それとも精霊達が意外と好戦的なのでしょうか?

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