第57話コックス視点

 二匹の魔犴は、生来の暗殺者かと思うくらい見事に城に忍び込みます。

 敵の城には警備の獣がいないようです。

 貴族の中には、城の警備のための犬を飼っている方もいます。

 ですがそれほど一般的ではありません。

 犬を飼う者は畜産に携わる農民が多いので、身分差に拘る貴族は城内に入れたがらないのです。


 次々と城壁や濠を突破した魔犴と監視役は、ついに本城の城壁前に辿り着きましたが、ここまで来ると、もう城門を破るか高い所にある鎧戸を破るしか、侵入する方法がありません。

 魔犴の眼で全てを見ていた私は、大きな安堵と少しの失望を感じました。

 ですが、監視役は諦めませんでした。


 手に鉄爪を装備すると、城壁の石と石の間に爪先を喰い込ませ、見る見るうちに切り立った城壁をよじ登っていくのです。

 更に音も立てずに鎧戸を開け、スルリと城内に進入してしまいました。

 そして直ぐに魔犴に合図を送ってきました。

 私は慌てて魔犴に跳んで入るように命じました。


 後はトントン拍子に事は進みました。

 城内の廊下や階段は真っ暗でしたが、魔犴の眼と鼻は全てを見通してくれます。

 警備の騎士や兵がいる所は、遥か手前で存在が分かるので、十分な準備をして奇襲する事ができました。


 立って居眠りしている不心得者が多くて、物音をたてずに暗殺する事ができました。

 殺された相手は、自分が殺された事も理解できていないでしょう。

 これでは天に向かう事も地に落ちる事もできないでしょう。

 絶対にアンデットになってしまいます。


 全く騒がれることなく、伯爵とその情婦を殺す事ができました。

 シーモア公爵家の関与を疑われないように、盗賊や冒険者の仕業と思わせるように、部屋の金品を奪いました。

 反吐が出るほど嫌な行為でした。

 でもこれで終わりだと気が抜けた時に、監視役がとんでもないことを言い出したのです。


「いい機会です。

 一族もできるだけ殺しておきましょう。

 発見されるまで、殺せるだけ殺します。

 聞こえていますか?」


 耳にした言葉が信じられませんでした。

 もう十分殺しました。

 城内を警備していた騎士と兵だけで、もう二十二人も殺しました。

 実際に私が手掛けたのは十二人だけですが、それでもその感触は今も生々しく残っていて、一生悪夢にうなされるでしょう。

 

 魔犴の牙が人間の喉に喰い込む何とも言えない柔らかな感触と、喉を喰い千切る時の軽い抵抗感を、思い出しただけでも吐き気がします。

 人間の喉を襲った魔犴の爪が、わずかに抵抗する喉を切り裂く感触にも怖気がして、全身が震え出しそうになります。

 もう嫌なのです!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る