第11話王太子ウィリアム視点

 苦しかった。

 グレイスの事を想うと、胸が張り裂けんばかりに痛む。

 心臓が鼓動を打つたびに、ドクドクと血が噴き出ているように胸が痛む。

 時にその痛みは胸全体に広がり、耐え難い苦しみを与える。

 私はこれほどグレイスの事を愛していたのだと、取り返しのつかない今となって、初めて気がついた。


「王家から婚約を破談にすれば、グレイスに大きな傷がつく。

 シーモア公爵家の面目も丸潰れになる。

 ここはシーモア公爵の願いを聞き届けて、病気による婚約辞退という事にする。

 いいな、ウィリアム」


 私の話を聞いた父王陛下が決断を下された。

 内々にシーモア公爵からも聞いていらっしゃったのだろう。

 だが待ってもらわなければいけない。


「今しばらく御待ち頂けませんか、陛下。

 王家が所有する秘薬なら、グレイスを治してやれるかもしれません。

 それには、グレイスが私の婚約者である必要があります。

 どうか、御願い致します。

 グレイスに王家の秘薬をお下げ渡しください」


「可哀想だが、今となってはできない相談だ」


「何故でございますか、陛下⁉」


「多くの重臣がグレイスの話を聞いて、万が一にも秘薬を使わないように、諫言してきているのだ。

 まあ、待て。

 その方の言いたいことは分かる。

 だがな、王家に伝わる秘薬は、数に限りがあるのだ。

 若い国王か一人っ子の王太子が死病に取り憑かれた時にしか、使う事が許されないほど少ししかないモノなのだ」


「しかし陛下。

 そこまでの秘薬ではない、一段劣る秘薬もあるのではありませんか?

 陛下や私が重病の時に使う秘薬があるのではありませんか?」


「確かに王家に伝わる秘薬には、その効能と数によって等級が付けられている。

 最高級の秘薬ではなくても、大きな効能を発揮する薬もある。

 だが、貴族達はそれぞれ自家の利益が大切なのだ。

 王太子の婚約者の座が空くのなら、少々の荒事や強訴も辞さぬのだ。

 病弱な婚約者に大切な秘薬を使うくらいなら、健康な令嬢から婚約者を選ぶべきというのが、多くの貴族達の意見なのだ」


「何と身勝手な!」


「それにな、シーモア公爵家ならば、王家が直ぐに下げ渡せる秘薬程度なら、手に入れることは不可能ではない。

 いや、直ぐに手に入れられなくても、時間をかければ必ず入手するだろう。

 それまでは、王宮の侍医を送り、治療の手助けをしてやればいい」


「でしたら、何も婚約辞退を受けなくてもいいではありませんか!」


「辞退を受け入れなければ、グレイスが狙われるぞ。

 そなたの婚約者の座、いや、未来の王妃の座を手に入れようと、多くの貴族が暗躍するぞ。

 そなたはグレイスを危険な目に遭わせたいのか!」

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