第168話 聖女様が最後を締めます

 ココたちがいる山の上からも、ザイオン攻防戦の様子はなんとなく見えた。

「殿下、ご無事でしょうか……」

 ココの護衛に付けられたナバロが心配そうにつぶやくが、悪いけれどココはそれどころじゃない。秘密兵器の準備中だ。


 作成に必要な準備までは、到着直後に前もってやっていた。

 けれど肝心の“秘密兵器”は漏れ出る聖心力に魔王軍が気づく可能性があったので、実際に攻め寄せて来るまで用意できなかった。


 おかげでココたち別動隊は、いらいらしながら何日も魔王軍の襲来を待つ。来て欲しくないけど、来てくれないと何もできない。


 そして今朝。

 敵が出現して攻撃を始める兆候が見えた早朝から、ココは一心不乱に準備を進めていた。

「ナバロ、絶対に合図を見逃すなよ!?」

「わかっております!」

 騎士にきつく命じて、ココは街の様子も見ずに作業に精を出す。


 いつ合図が出るか分からない。

 こちらが準備万端になるのも、いつになるのか分からない。

 初めてやってみる以上、どれぐらいの時間をかければ十分なレベルになるのかデータもない。

 じりじりと時間が流れ、内心の焦燥感も高まっていく。




(なんとか、間に合うかなあ)


 はっきりと聖心力で光り始めたのを見て、ココもやっと焦りが落ち着いてきた。

 セシル達本隊は頑張っているようで、昼を廻りそうな今までギブアップと言って来ない。独力で撃退し続けている。


 ココがそろそろ完成かなあ……なんて思い始めた時。

「聖女様! 魔王軍が全軍一斉に動き始めました!」

「総攻撃か!?」

「はいっ!」

 ナバロの叫びに呼応するように、街から一筋の煙が……。

「合図来ました!」

「よおし! 工兵、今だっ!」



   ◆



 総力での決戦は魔王軍のみならず、討伐軍の方でも望んでいた事とはいえ……なかなか厳しいものがあった。




 魔王軍は大小の魔物が入り混じり、城壁を崩す勢いで攻撃を仕掛けて来ていた。

 大型の魔物が攻城塔の代わりに城壁に手をかけ、その身体を伝って小型の連中が内部に侵入する。そこまでは読めるが、じゃあ阻止は簡単かと言うと……相当にキツイ。


 あちらもあらゆる手を使うことにしたらしく、巨人部隊は前回は温存していた投石を行ってきた。

 サイクロプスたちが直径五十センチから一メートルの岩を投げてくる。


 単純に投石と言っても使うものが大きければ、人間の行うそれとは威力が違う。

「うおっ!?」

 操作していた兵が慌てて退避した超弩弓砲の上へ巨岩が落ち、叩き潰されて木製の部材がバラバラになって吹き飛んだ。

 その際に砕けた岩が周囲に飛び散り、散弾となって被害を大きくする。


 魔物たちは魔王軍に最も大きな損害を出しているのが、人間たちの用意した対巨人用特殊兵器だと気が付いている。

 なので無差別に岩を投げるのではなく、明らかに設置されている場所を狙って来ていた。

 どちらもが攻撃側で、どちらも標的ターゲット

 先に射程に収めるのは巨人か人間か……対巨人兵器は敵の対抗手段を生み出し、ギリギリでの度胸比べの様相を呈している。


 迫るサイクロプスやギガントを倒したとしても、安心はできない。近寄らせすぎた巨人は最後の力で城壁に縋り付き、体格が小さい魔物が攻め込む為の足場となるのだ。

 巨体をよじ登り、邪鬼イヴルなどの小型で敏捷な魔物が城壁上へと躍り込んでくる。外側の城壁上では、陽動ではなく本気の白兵戦がすでにあちこちで行われていた。




 そんな戦況の中。


 遥か彼方から響いてくる轟音に、さっきから表情を取り繕うこともできなくなっていたセシルがやっと微笑みを見せた。

「ココたちが間に合ったようだな……」

「これで助かる……と、いいですねえ」

 横のウォーレスも、一旦攻撃の手を止めて額の汗を拭う。


 聖女様の策がうまく効果を出すかどうか。

 そいつは今から、ぶっつけ本番で試されるのだ。



   ◆



 音は当然ながら、人間よりはるかに感覚が鋭敏な魔王軍にも聞こえている。

「なんだ?」

 タイタンは周辺の生物の中で最も高い身長を活かして、音のする方を眺めた。


 そちらには山しかないが……聞こえるのはどちらかと言うと、水の音。

「?」

 首を傾げて見ていると、なにやらおかしなものがこっちに来る。見覚えはあるのだけど、畑の広がる平原のど真ん中にある物ではなかった気がする。

「あれは……」


 まるで、川の流れのような。


 それが大河に匹敵する膨大な水の奔流だと気が付いたのは、魔王軍の外周部が水に飲まれてからだった。



   ◆



 別動隊が山上にある巨大な貯水池の堰を切って流した水の勢いは、ザイオンの城壁を崩しそうなほどに激しいものだった。

「ご先祖様もなかなかやるな」

 ホッと一息つきながら、王子は呟いた。




 セシルの目の前で城壁に取りついていた魔物たちが、足場にしていたサイクロプスの死体ごと一瞬で消え失せた。濁流にのまれて押し流されたのだ。


 このザイオンは、さりげなく盆地のもっとも低い場所に作られている。

 当然水害に弱い。雨季のたびにザイオンの街は海中の小島のようになるのだが……それがこの作戦の為の敢えての場所選びだと、セシルも魔王討伐戦の下準備中に古文書を読んで初めて知った。

 このことあるを予想して用意された溜め池は、農業用水にも使っていたけど本来の用途はこの水攻め用。

 ザイオンに敵が攻め寄せた時に城攻めをする敵を一掃する手段として、ただ一回しか使えない必殺の策が、数百年の時を経て初めて発動された。



   ◆



「なるほど」

 タイタンは自軍の惨状を見て、人間どもが何を企図していたのかを理解した。


 確かにミノタウルス一匹を片付けるのに百人も集めねばならない人間が、万に届く魔王軍を相手にするならば……こういう大規模な仕掛けが必要なのかもしれない。

 実際に押し寄せる水の勢いはすさまじく、中型魔物のオークでも一瞬で飲み込まれてどこかへ消え去った。サイクロプスでさえ足を取られて転倒したりしている。


 だが。

 タイタンは呆れて呟いた。


「だから、なんだ?」


 水に流された。

 ただそれだけだ。

 脆弱な人間が押し流されるのとは話が違う。確かに小物は今ので溺れ死んだ者も多いかも知れないが、そもそも魔物は打たれ強い。

 中型以上の者にはちょっと波にさらわれて軽く溺れた程度の話でしかない。水が引けば足もつく。この手の洪水はあっという間に水位が下がる。


 実際タイタンが見ていると、押し寄せる水の勢いが弱まると同時に……腹まで届いていた濁流の表面は、みるみる下へ下へと低くなっていく。

 窪地なので周辺はしばらく冠水したままだろうが……人間は足が付かないかもしれないが、転んだサイクロプスやギガントたちは既に立ち上がり始めていた。


「つまらん小細工だ」

 挽回しようとして、この程度か。

 

 タイタンは攻撃の再開を命じ……ようとして、

「……どういうことだ!?」

 異変に気が付いた。



   ◆



 すっかり変わった景色の中で、慌てて周囲を見回している巨人族ギガントを見つけたセシルとウォーレスは思わず失笑を漏らした。

「アイツがどうもタイタンのようだな」

「異常に気が付きましたね。焦ってますねえ」

 性格の悪さでビネージュ王国の一、二位を分け合う(ココ調べ)王子と神官は、生き残っている超弩弓砲に巨人たちの掃射を命じながら場外へ出る準備を始めた。他の巨人はともかく、タイタンだけはセシルが止めを刺さなければならない。

「ヤツはおそらく、『たかが洪水』と思っていただろうな」

「部下が全然復活してこないのは想定外でしょうね」


 城外の魔王軍は、大型の巨人たちと空を飛ぶ者を除き……ほとんどが溺死体となっていた。



   ◆



 洪水に襲われたと言っても、窒息するほど長時間ではない。


 ところが水が引いても、巨人たち以外は倒れ伏したままだった。

「なぜ!?」

 見れば生き残りのサイクロプスやギガントも、何らかの痛みを訴えて動きが悪いところを次々討ち取られていく。

 ハッとして自分も身体に手を当てれば、水に浸かったところがピリピリする。

 魔王四将の加護で不死身だからこの程度で済んでいるが、ただのサイクロプス辺りでは痛みがひどいかも知れない。

 ……タイタンは自分の感覚が鈍いかもなどとは考えない。




 愕然としている魔王軍司令官の前に、すっかり勢いの弱くなった水の流れに乗っかって小舟がやってきた。

 上に乗っているのは、人間にしても小さな銀色の髪のメス。

「おっ? おまえがブラパの言っていたタイタンか?」

「き、貴様は……?」

 巨人を前にあまりに平然としているので、思わず何者かと問うてしまったが。

 この人間のメスが誰なのか、タイタンも頭では理解していた。


 若いメスは船を降りると、グチャグチャの足元に顔をしかめながら手を振るって蒼白く光る棒を出した。

「名乗るほどのもんじゃないや。おまえもなんだから、聞いたって仕方ないだろ?」

 城から討って出てくる人間軍を背景に、聖心力で作った武器を構えるメス……聖女に、それでもタイタンは聞かずにいられない。

「これは、何をやった!?」

「何をってほどでもないが」

 片手で棒を構えた聖女は周囲を見回しながら頭を掻いた。

「昔から用意されていた洪水作戦にひと手間加えてみたんだよ」

「ひと手間……?」

「湖に、私が朝から聖心力を最大に放出しながら浸かってた」


 ココがセシルに提案した秘策。


 それはかつてバケツに一杯作った高濃度聖水ひかるみずを、溜め池一杯作ってしまおうという奇策だった。

 

 ティーパック・ココちゃんを前に、タイタンが衝撃でぐらりと揺れる。

「き、貴様……」

「昼間だと分かりにくいけど、よく見ると水面が光ってるだろ?」

「なんて危険な汚染物質せいすいを無差別にばらまいたのだ、貴様は!?」

「とりあえず勝たなくちゃならないからな。それが戦争だ」


 耐久力がある筈の魔物たちが、洪水ごときで軒並みやられるはずだ。

 水害に巻き込まれたのが主因ではなく、聖女謹製のとんでもなく強力な毒薬聖水を目いっぱい浴びたのが原因だった。


 想定できる斜め上に、ロクでもないことを考える聖女……。

 

 今ここに至って、タイタンもブラパの主張を実感した。

「やっぱり先に片付けるべきは、勇者より聖女であったか……」

「なんだか褒められてる気がしないが……まあ、いいや」

 よろめく巨人に向かって、ココは“聖なる物干し竿”を振り上げた。


「タイタン。永遠におやすみ」

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