第169話 王子様は捕虜から情報を取ります
はるかに強大に思われた魔王軍本隊を、わずか一日の籠城戦で撃破。
もちろん損害も皆無ではない。
魔王軍の総攻撃で受けた投石で守備兵に被害が出ているし、ザイオン周辺は洪水と魔王軍の放置死体でせっかくの農地が全滅だが……それを勘定に入れても、ある程度は出ると想定していた損害予想をはるかに下回る。
これは望外の戦果と言ってもいい。
それを受けてザイオンでは、攻防戦の後片付けが始まると同時に“勝ち戦”に沸き立つ将兵へ多少の酒が許されていた。
近くの戦友と干し肉や煎り豆で、たった一杯の酒を舐めるだけのささやかな宴会だが……確かに勝ち残ったのだと軍の雰囲気は上向き、討伐軍の兵士たちは勝利の宴に酔いしれていた。
◆
一方、まだそんな油断を許されない者たちもいる。祝勝に沸く城内でも、指揮官たちは別だ。安穏と一時の勝利を楽しんでいる余裕は無い。
魔王軍の主力は壊滅しても、まだ魔王を倒したわけではないのだ。
楽し気な喧騒が漏れ聞こえてくる“勇者”セシル王太子の本陣では、既に先を見据えてこの後の計画を練る作業が行われていた。
あと残っている敵幹部は、
すでに残りの三人を一撃で片づけてきた魔王討伐軍にとって、あと一戦で勝利するのは簡単な事のように思える。
ただしこの“魔王城の守護者”は、最終関門を守る者だけあって一筋縄ではいかないとの情報だった。
闇に染まりしドラゴン・ライドン。
たまに見かけるような亜竜ではない。正真正銘伝説にも出てくる種類の、“小山のような”と言われる特大の魔物だ。
ブラパの話ではライドンが戦うとあまりの巨躯で縦横に暴れまわるため、周囲には味方の部隊さえ置いておけないとか。
セシルは頭を掻きむしった。
「参ったな。作戦どころか、正直相手の大きささえ実感できない」
ドラゴンなんて、正の存在だろうが負の存在だろうが見たことが無い。
「そもそも、本当にいるのか? ドラゴン」
「現物を確認しない事には、なんとも……?」
サイクロプスやギガントも本当にいたのだから、やはりイメージ通りのものがいると考えたほうが良いのだけど……小山のような、というのがもう想像つかない。
「これはもう、どうやって倒すかはモノを見てから考えるしかないか……で、問題はだ」
セシルが机上に広げた地図を見た。
「魔王城が、どこにあるのか……」
魔王城の場所がわからない。
以前わざと逃がしたダーマを追跡した時の情報では、ここまで近くなってしまうともう細かい場所は分からない。
念のためにもう一度ココが同調できるか探索したけど、さすがに二か月以上も時間が経ってしまうと聖水の放つ聖心力も減衰して探知できなくなっていた。
「となると……」
「やはり、誰かに案内してもらう必要がありますね」
すでに倒したタイタンは論外。寝返ると思えないし、そもそもあんな巨体とメチャクチャな腕力の持ち主を、拘束して使役すること自体が不可能。
「だが、場所を知ってそうな魔王軍はほとんど潰してしまったし……」
魔王軍の一部、例えばグリフォンやガーゴイルなどの空を飛んでいた連中は生き残っている。
ただ、あんなのを捕まえることもできないし、すでに撃ち落としていない分は飛び去ってしまった。
他に、魔王城へ案内できそうなのは……。
どうしたものか悩んであちこち見回していたセシルの目が、大理石の裸身像にセクハラしているゴブリンに停まった。
「そうか……いたな」
見つめられたのに気が付いたゴブリンが、神話の英雄の尻を撫でながら先に答えた。
「ギャ? ギャッ! (俺は知らんぞ? “招集”を受ける前に捕まってるからな)」
言葉が分からなくてもゴブリンの言うことは分かったので、セシルがいやいやと手を振った。
「おまえじゃなくてな。ほら、いたじゃないか。魔王軍の総攻撃の直前に、凧を追いかけて走り去った連中が」
「ギャッ! (ああ……メスのケツを追いかけて行った変態どもか)」
セシルは他の列席者たちを見回した。
「すぐに捜索隊を何組か出して、まだ近くにいないか探し出せ!」
「はっ!」
指示を出した後、セシルが改めてゴブリンを見た。
「で、おまえは何をやっているんだ?」
「ギャッ! (イメージトレーニング)」
◆
セシル達が取り囲む輪の中で、縛られたゴブリンが椅子に座らされている。
コイツは捜索隊が掃討戦で捕まえた、凧を追いかけて戦線離脱しちゃったうちの一匹だ。
観念したらしく……というか本能なのか、怖がった様子も無くヘラヘラ周囲を見回している。で、ナタリアを見つけて椅子を揺らすほど喜んだ。
「ギャッ! (おっ! マブいスケじゃねえか!)」
怯えてウォーレスの背後に隠れるナタリアを、一生懸命拘束を解いて襲おうとしているが……この人数差でどうするつもりなのだろうか。
セシルが一歩前に出て、よそ見をしているゴブリンを睨んだ。
「聞きたいことはただ一つだ。魔王城の場所……わかるな?」
「ギャッ! ギャッ! (はっ、バカが! 誰がおまえなんかに話すか! ……ネエチャン、いいケツしてるな!)」
「正直にしゃべれば、おまえには褒美をやって逃がしてやってもいいぞ?」
「ギャギャッ! ギャッ! (おいおい、俺が仲間を売ると思ってか? 甘いな! ……俺とイイことしようぜ? 一発ヤラセろよ!?)」
「言わねばおまえは、このまま処刑されるぞ?」
「ギャッ! ギャギャッ! (ハハハ、脅しになんか屈しないぞ! オッパイもたまんねえなあ!)」
「……そろそろ、尋問に腕力を加えてもいいんだぞ?」
「ギャッ! ギャッギャ! (イイだろネエチャン、一緒に天国を拝もうぜ! バカめ、やれるもんならやって見ろ!)」
「本気じゃないと思っているのか? じゃあ二、三発殴ってやろうか?」
「ギャッ! ギャッ! (ネエチャン! ネエチャン!)」
「……コイツの気が散りまくってしょうがないから、ナッツを外に出しておけ!」
「ギャッ!? (そんなあ!?)」
ナタリアが外に出て、縛られたゴブリンは明らかにやる気をなくした。
「いや、捕虜の方が尋問のやる気をなくしたってなんだよ」
セシルのツッコミも気にならない様子で、消沈したゴブリンはしょんぼりしてボヤいている。
「ギャッ、 ギャッ…… (ひどいや……あんなに美味しそうなメスを見せといて、ヤラセないだなんて……)」
「なんでそんなことで、コイツに俺たちが非難されないとならないんだ……おい、ゴブリン」
セシルがナバロに合図して、ポスターを広げさせた。
“何の”……は、今さら言うまでもない。
鼻息を荒くしているゴブリンに、セシルが囁く。
「魔王城の場所は知っているか?」
「ギャッ! (知ってる! そこから出てきた!)」
「龍は本当にいるのか? ライドンとかいうヤツ」
「ギャッ! ギャッ! (いる! ライドン様はタイタン様よりデカい!)」
正直に話しているらしい。
答えるたびにナバロがポスターを近づけてやると、それだけで飛び跳ねるほど喜んでいる。
「どうだ……魔王城まで俺たちを案内したら、この
「ギャッ! ギャギャギャ! (そいつはちょっと……でも、さっきのネエチャンのパンツも一枚付けてくれるなら)」
「よし、商談成立だな」
セシルはゴブリンを牢へ連行するよう指示を出すと手を叩き、一同に命じた。
「兵を一晩休ませ、明日出発するぞ! ライドンとか言うドラゴンは間違いなくデカいらしい。対巨人用の兵器もできるだけ運べ。突入する部隊は順番を付けて、迅速に行動できるように」
「はっ!」
魔の森が広大でも、魔王城までここからせいぜい二、三日だろう。
ついに、“勇者”セシルは魔王と対面することになる。
「いよいよ最終決戦か。まだ、本当に魔王が復活していないといいんだけどな……ココ、まともなベッドで寝られるのも今日が最後だ。おまえも今晩は良く寝ておけよ?」
「うむ? ああ、まあ、それはいいのだが……」
意気込むセシルと反対に、通訳を務めていたココが歯切れの悪い言い方で唸る。
「……どうした?」
「あのゴブリン……最後まで私に反応しなかったな、と思ってな……」
ココちゃん、ずっと横に立ってたのに。
ナタリアなんかより、ずっと近くにいたのに。
ココだって、今から盛りの女の子なのに。
ココの割り切れない気持ちを聞かされ、ちょっとセシルは考え……。
「まあ……仕方ないんじゃないか?」
余計な合いの手を入れた王子様の顔面に、ココのパンチがめり込んだ。
◆
そして二日後。
セシルたち魔王討伐軍は、ついに魔王城と呼ばれる洞窟の入口に立っていた。
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