第148話 勇者は出発します

 諸侯集まっての作戦会議はセシルの基本案がほぼそのまま受け入れられ、日付など細かいことも定められた。


 その間にもブレマートン大聖堂指揮下の交易網が次々と物資の集積を進めており、何万にもなる参加部隊の行動を可能にしていく。史上初の大陸同盟軍は事前準備も粛々と進め、包囲網を構成する軍団から先に王都を出発していった。




「大軍の行動って言うのはやたらと遅いんだな……会議から十日も経って、やっと主力部隊の出発か」

 ココがぶちぶち言うのを聞いて、聖堂騎士団長が思わずという感じで笑っている。団長ぐらいになれば過去の経験もあるらしい。

「仕方ありませんな。図体がデカくなればそれだけ動きはスローモーになるものですわい。この度は十万に及ぶ兵力に加えて、出身国がバラバラですからな。動き出すまでに余計に時間がかかります」

 ウエー……という感じで、窓から外を眺めていたココが振り返った。

「号令がかかってからも、ずっと待機してる奴らもいたぞ。時間がかかり過ぎて、朝命令が出たのに昼の弁当をその場で食べてた」

「出発一つにしても、もう単純に前が詰まって渋滞を引き起こしているんですわ。軍団の規模に比べて、道が細いんですな」

「道なあ……将来的に交易が盛んになるようにしようと考えたら、主要幹線だけでも拡幅と舗装が必要だよなあ」

 考え込んでいたココが顔を上げると、団長がまだ笑っている。

「……どうした?」

「いや。戦後の国家運営を考えている辺り、もう王妃の貫禄十分ですな」


「聖女様!? 今から出発って時に騎士団長を叩きのめしちゃうって……何やってるんですか!?」

「すまん。ろくでもないセクハラをかますから、ついつい殴り倒しちまった」



   ◆



 王都の城門を抜けると、既に主力部隊を構成する三万の兵が出発の準備を済ませて順次動き始めていた。

 参加国首脳が戦勝祈願をするイベントは既に一週間前に大聖堂で済ませている。本隊の出立にあたっては、特にパフォーマンスは行わなかった。




 城壁の上には守備隊の兵が鈴なりになって見送っているが、前線へ出ていく部隊と比べるとわずかしかいないように見える。


「我らが負けるわけにいかないな……魔王軍が王都の包囲を始める事態になったら、とても持ち堪えられると思えない」

 セシルが手を振って歓呼する将兵に応えながら呟くと、見送りに来ていたウォーレスも唇を引き結んで頷いた。

「今回の先手を打った侵攻作戦にほとんどの国が参加していますからね。逆襲されたら、もう援軍に来れる国がありません。負けるわけにいきませんよ」

「そうだな。勝たねばならんな」

 しみじみと言う王子に、ウォーレスが頭を下げる。

「殿下、聖女様をよろしくお願いします」

「任せておけ……と、言いたいところだが」

 セシルは後ろをついてくるココを肩越しにチラリと見やった。

「むしろ俺の方がよろしくお願いされる感じだがな」

 個人の戦闘力で言ったら、セシルが十人いてもココなら一撃だろう。ハッキリ言って、守ってもらうのは“勇者”でもある王子の方だ。

「それはそうなんですが」

 ウォーレスが複雑な顔をしている。

「聖女様も十四歳の女の子ですから」

 言われた王子はもう一度ココを見やる。

「それを含めても……実戦慣れはココの方がしていると思うが」

 まさかココが乙女に戻ってしまうような過酷な戦いの現場で、セシルの方が動けるなんてこともあるまい。

 オークをいつもサクッと退治しているような聖女様。メンタル面でも箱入り息子の王太子の方が強いと思えない。


「あー……なんと言いますか」

「うん?」

「聖女様、ですので……前線暮らしで女日照りが続いて見境が無くなった兵士から見て、年頃の女に見えるしれません。そういう場合は殿下が守っていただけますようお願いします」

「おうっ、任せておけ! 夜はしっかり俺のテントにしまって出さないぞ!」

「御大層な言い草じゃないか、ウォーレス。セシルもこれ幸いと盛ってんじゃない!」

 聖女様に後ろから“聖なる物干し竿”で横殴りに叩かれ、王子様は落馬して司祭の上に落っこちた。




 ウォーレスについてきたナタリアも、ココの手を握ってしつこく言い聞かせてくる。

「いいですか、ココ様。前線なんて何があるか分かりません。絶対に迂闊な行動をとらないで下さいね?」

「分かってるって。ちゃんと気を付ける」

「本当にですよ!? 油断しちゃいけませんよ!」

 自分が付いていけないせいか、お付きナタリアはくどいぐらいに念押ししてくる。聞いているココの方が苦笑いしちゃうほどだ。


「美味しそうだからって、良く知らない木の実をもいで食べちゃいけませんよ?」

「はいはい」

「お腹が空いていても、他人の畑の物を勝手に盗って来ちゃいけませんからね?」

「分かってるよ」

「落ちてる物をなんでも拾っちゃいけませんよ? 呪いのアイテムとかあるかもしれませんからね?」

「おまえは幼児をお使いに送り出すお母さんか!?」

 一回馬から降りてナタリアをはたいたココは、「まったくもー」とブツブツ言いながら落ちていた銅貨を拾ってポケットに入れ、馬に乗り直した。



   ◆



 三分の一ほどが動いたところで、いよいよセシル達も旅路へ乗り出す。

「いよいよだな、ココ」

「うむ。セシルこそ、気を引き締めて行けよ」

「おう……ところで」

 セシルはポニーに乗って横に並ぶココを見た。

「おまえ、その小さい馬で行くのか?」

「別に騎馬戦じゃないから馬の体格は関係ないだろ。大きな馬は相性が悪くてな……止まってくれないんだ」

 先日王宮でテロをかましたココ。

「それにコイツ、見た目はこれでも結構体力あるんだぞ」

 ココが小さくて負担が少ないからでは……と王子様は思ったが、口には出さなかった。


 代わりに。

「それと、もう一つ気になったんだが」

「なんだ?」

「そいつも行くのか?」

 セシルはココの向こう側にロバに乗って並ぶゴブリンを見た。

「ギャ? (なんか言った?)」

 捕まっているゴブリンのくせに、どこかから持ってきた安っぽい兜をかぶって警棒を剣の代わりにぶら下げている。

「なんか、ゴブさんも魔王に挨拶かましたいんだって」

「“挨拶”って、“かます”ものだったか? ……そいつ、装備品はどこから持ってきたんだよ?」

「ギャギャギャ! (牢番に『兜か尻か、好きな方を出せ!』って言ったら兜をくれた)」

 ゴブリンがポンポンと軽くロバの首筋を叩く。

「ギャギャ、ギャ! (ついでに厩舎番に『そこの小さな馬か尻か、好きな方を出せ!』って言ったら馬をくれた)」

 ゴブリンがてへっと笑う。

「ギャ! ギャ! (謙虚な二人はお礼に、心行くまでかわいがってやった)」

 セシルはゴブリンからココへ視線を戻した。

「ココ、コイツなんて言ってるんだ?」

「親切なみんなから餞別にもらったんだってさ」




 空は見事な快晴。雲一つなく、青空は山の稜線の向こうまで続いている。


 セシルは兵の列が続いている道の、遥か先を見据える。

「この天気、前途を祝したものなのか……そうであってほしいな」

 そう願いたい。

(女神よ……)

 王子が万感の思いを胸に、大きく息を吸い込み号令を発し……ようとした、その横で。


 ゴブリンがロバの背にすくっと立ち上がると、警棒を振りかざして前方をビシッと指し示した。

「ギャッ! グギャッ! (全軍、進め! 狙うは魔王の尻、ただ一つ!)」


「ココ……俺の見せ場を潰して、コイツは何を叫んだんだ?」

「聞かないほうが良いぞ?」



   ◆



 魔力の灯火が揺らめく洞窟の中。

 魔王城と呼ばれるその最深部で、魔王の復活を待たずして戦端を開くことを決めた魔王軍の幹部たち……人間から魔王四将と呼ばれる者たちが会合を開いていた。


 ゴートランド教団ではネブガルドと呼ばれていた悪魔神官が、かしこまるグレムリンを見やる。

「どうだ? 人間どもの様子では既に我らへの防戦体制は整えたと見える。勇者パーティは出発したか?」

「ハハッ! 昨日ついに王都を出発したようでございます!」

 姿形の異なる幹部たちの影も思い思いに蠢く。

「出てくるか」

「準備も経験も足りぬのは向こうも同じ」

「心積もりは我らの方がよほどできている」

「そうだな。主導権を握るのは我らが方よ」

 口々に語るその声は、困惑より優越感がまさっている。

 個の力量も、準備してきた兵力も、魔王軍の動きを察知してから慌てて動員をしている人間側を軽く凌駕している自信があるのだ。


 ネブガルドはグレムリンに顎をしゃくった。

「して、どのようなメンバーだ」

「ハハッ、ブラパ様!」

 グレムリンが見てきた様子を幹部たちへ伝えた。

「勇者は召喚ができず、ビネージュ王国の王子が務めるようでございます」

「ああ、あいつか」

 ネブガルドは最後の最後で良く観察する機会を得た王子を思い出した。

「文官肌の、知恵は廻るが戦いはまるでダメだという男だな。これは、人間どもに同情してしまう……他は?」

「ハハッ! ゴートランド教の聖女がサポートに」

 ネブガルドは最後の最後で良く観察する機会を得た聖女を思い出した。

「ヤツの方が問題だな。他は?」

「ハハッ! 後は五か国の兵が三万」

「……俺は勇者パーティのメンバーを聞いたのだが?」

「ハハッ! 勇者パーティのメンバーは、あとは五か国の兵が三万でございます」


 幹部たちは報告の内容をよくよく噛み締めた。


「……どこが勇者パーティだっ!?」

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