第147話 聖女様はご挨拶します

 対魔王の大陸同盟軍は呼びかけ(という名の押し付け)に応え、続々とビネージュ王国へ参集し始めた。その数、十数か国で七万に及ぶ。


 当然受け入れ側ホストであるビネージュも、彼ら以下の戦力というわけにいかない。動員されたのは一か国だけで三万人。


 合計で十万もの軍勢が王都近郊へ集結し、その受け入れと野営準備だけでも大変な騒ぎになっていた。



   ◆



「すっごい数だな」

 王宮の廊下を歩きながらココは今見てきた光景を思い浮かべた。

 一般的な国同士の戦争は、大きな会戦をやっても両軍で一万行くかどうかだ。片側で十万がどれほど桁違いな兵力か……。


 ゴートランド教団は今回の同盟軍の発起人にして後方支援の責任を負う。その象徴たる聖女様も到着した各国の部隊へ、士気を鼓舞する為に精力的に慰問ファンサービスを行っていた。

 付き添いのウォーレスも膨大な数に思いを馳せ、遠い目をして首を振る。

「あれでも、受け入れ側のビネージュは全軍じゃないですからね」

 対魔王戦の現場になるビネージュ王国は、全ての兵力を攻め込むだけには使えない。

 主力軍三万の他にも、各地には治安維持や警戒に当たる守備隊が残る。総数で見れば王国軍は五万にもなり、早々に魔王を退治しないと軍の維持費だけで国が潰れてしまう。


 ウォーレスの説明を聞いて、ココも考えてみた。

 今王都の外に各国の派遣軍が駐屯しているだけで、この大騒ぎだ。

 それだけの人間に食料その他を配り、踏み荒らされる野営地の地主に補償を支払い……。

「なあ、ウォーレス。魔王軍は五年ばかりフェイントやるやる詐欺をかけ続けていれば、もうそれだけで人間に勝てるんじゃないか? この軍勢を維持し続けていればビネージュどころか世界中が破産するぞ」」

「……恐ろしいことにそれ、笑い話じゃないんですよ」


 リアクションを起こしてしまった以上、人間の方も早いところ戦争を始めないとならなくなってしまった。戦費が持たない。

 また各国それぞれに、負担をかける民衆へのメンツもある。ここまでやっておいて「何もしないで帰って来ました」というわけにはいかない。至急終わらせ、なおかつ勝って帰らないと……。


「嫌な方向でチキンレースになりそうだな」

「魔王軍は、その辺りどうなってるんですかねえ……」

「こういう時、組織が原始的なほうが強いんだよな。下の負担も可能かどうかも考えず、『やらなきゃ殺すぞ』で一言命令すれば実行責任は部下持ちだもんな」

「うわっ、悪魔だ……」



   ◆



 会議前に顔を合わせたセシルは、このあいだよりは顔色が良かった。

 腹を括ったのもあるだろうし、ココに慰められたのもあるかもしれない。ただ、ココが見るに……。

(たぶん今、頭脳労働の段階だからだろうな……)

 目先の机仕事に忙殺されているのだろう。

「物を考えないって、大事だな」

「会うなりなんだ、いきなり」




 表敬訪問(という形の雑談)に来た聖女とお付きウォーレスに椅子をすすめ、王子様もお茶にする。

 自然、話題は集まった多国籍軍と今からの作戦会議に。


「数は集まったんだがな……」

 さすがに大陸全土に影響力を持つゴートランド教団と大国ビネージュに半強制されては、各国も不参加とは言えない。

 ただ、戦意があるかどうかは別だ。


 実情を知るウォーレスも半分諦めた顔で同意する。

「やる気、ないでしょうねえ」

 皆、他人に押し付けるのに汲々としているはずだ。今から始まる会議でなんのかんのとごねてマウンティングし合い、楽なポジションを確保しようと考えているのは間違いない。

 

 横で話を聞いていたココがセシルの顔を見た。

「でも、おまえは腹案があるんだろ?」

 皆が自分の都合を持ち出すのはわかるけど、主催者セシルには個人の事情を取っ払った理想のプランがある筈だ。

「一応ある。但し、会議で俺が何処まで主張しきれるかは……何とも言えん」


 セシルが切れ者なのは、国内での見方だ。

 外国政府にしてみれば、所詮病弱な国王の代わりに代理で出てきている未成年。場数を踏んでいない“天才”なんて、囲んで袋叩きにすれば泣いて帰るだろうと思っている。

 セシルが理詰めで論破しようと、各国代表が示し合わせて「いやいや、理想と現実は違います」と口を揃えれば若輩の意見なんか潰される。




「どれ」

 ココがセシルの持っていた作戦案を見た。


 全軍をセシルが率いる主攻部隊と包囲網の翼を形成する助攻部隊四つに分け、魔の森を緩く包囲する形で段々締め上げていく。

「包囲線の漏れが無いように、連携を取ってじわじわ攻めていく必要はあるが……“勇者”に頼らずに常識的な集団戦法で戦うなら、こうなると思う。それで、魔王や魔王四将が現れたら俺がそこに急行すると」

「そうですねえ……とにかく魔王軍に後ろに回られないように、と考えますとね」

 ウォーレスも横から覗いて、王子様に同意した。

 人間同士の総力戦で考えれば、自然とこういう考え方になるらしい。


「ふーん」

 二人の会話を聞いて、ココも地図に書き込まれている概要をだいたい把握した。


 そのうえで思った。


「おまえら、私の知る限り上からワンツーの腹黒なのに……なんで本業で出番になるとポンコツになるんだろうな」




「……ココ、何か腹案があるのか?」

 王子に言われ、ココはペンを持って地図に入っている注意書きにグシグシ横線を入れて潰した。


 まず、ビネージュ王国軍で構成された主力部隊の中身を消して、王国軍一万に他の大国の部隊を二万足す。

「軍隊に何の為に将軍がいるんだ。国王の名代だろ? ビネージュ軍だから全軍セシルが指揮する必要はあるまい」

 そもそもおまえ、素人だし。

 ココはきっちりセシルの胸に釘をさすと、助攻部隊も見直す。


 助攻の軍団を五つにし、中規模の国の軍を主力にサブで王国軍を三千から四千付け、小国の部隊と大国の分割した第二部隊で穴を埋める。

「こうやって……セシル直卒の部隊は戦線を気にせずに、魔の森へ直行します、と」

「気にせず……」

「その代わり、少し規模を小さくしたサポートの連中を五個にして、じわじわ締め上げながら後ろからついてきてもらう」


 全軍で一斉に包囲戦をするのではなくて、主力が急戦を仕掛けて補助だけで魔王軍のゲリラ部隊を討ち漏らさないように防衛的に包囲していく。

 これはこれで、戦い方としてはアリだ。

 結局、魔王は勇者セシルにしか倒せない。かつては勇者パーティだけでやった主攻を三万の主力部隊でやろうということだ。


 ただ、セシルが引っかかるのは。

「ココ」

「なんだ?」

「おまえが純粋に軍事的な必要で作戦を練ると思えん」

「当たり前だ。私だって素人だぞ?」

 ニイッと嫌な笑い方をするココの顔は、ヒドイ表情なのに不思議とサマになっている。

(一番本人の本質に近いからだろうな……)

 と、セシルとウォーレスは思った。




「実際に始まってからつべこべ言い出すのは、たぶんビネージュに取って代わりたいデカい国の王たちだ」

「だろうな」

 ココのかわいい指が主力を指し示す。

「だから、そういう連中は総司令官のセシルがいる主力に配置する。あくまで中間管理職。小部隊の頭にはしてやらない。自分で一軍を率いちゃうと、絶対自分だけ得するように動くからな」

「ああ……戦線から遅れだしたり、指揮下の小国に負担を押し付けたりな」

「そうそう」


 今度は助攻を指す。

「助攻軍団の司令官は中規模な国の王。周りを固めるのは地縁がある小国の連中。戦後の付き合いと力関係を考えると、独裁もしにくい」

「それは確かに……」

 魔王討伐後も、彼らには暮らしがあるのだ。

「もちろん小さくまとまって消極的な戦いをされても困るので、補助で王国の将軍が副将でサポートする」

「……サポート?」

 確かに大国の将軍と言えど、国王格よりは下だけど……構成を見ると、どの軍団も部隊の半数近くが王国軍になっている。

 下手をすれば部隊主力の自軍より規模が大きい王国軍を率いる副将が言うことを、無視できる多国籍軍の司令官がいるだろうか……?

「そして、それらに加えて各大国の戦力を分割した第二部隊を“人質”で混ぜておく」

 もう取り繕うこともしない。

 ココはペンを置くと、二人の顔を見回した。


 ココの案だと王国軍が戦線全面で矢面に立ちつつ、各部隊の戦力が均衡するようになっている。

 大国は司令官を任されないうえに軍を分割されて見せ場が作りにくいが、中小国は脅威度が低い戦場で華は持たせてもらえる。多数決で決を取れば、すんなり通りそうだ。

 ……ただこれ、実質で言えば。

 全軍、ビネージュ王国が指揮をするのと同じことになる。

「あとな。補給の管理と魔物を聖心力で攻撃するために、ゴートランド教の神官部隊もそれぞれに付けるから」

 後ろから首輪も付けると。


 セシルとウォーレスが感嘆した。

「さすがココだな! 性格の悪さが滲み出ている!」

「いやあ」

「大義名分ができている分だけ、正面切って反論しにくいですね……さすが聖女様、やり口があくどい!」

「照れるにゃー」


 コイツらの判断基準、おかしくないかなー……。

 後ろでひっそり見守っていた護衛騎士のナバロはそう思った。



   ◆



 そして、作戦会議。


 大国は言うに及ばず、中小国の国王とて規模は違えど統治のベテランである。

 ビネージュの年若いセシル王太子が作った“机上の空論”を見せられて、当然さっそく“意見”を言おうと皆腰を浮かしかけたが……。

 「まずは、会議の前にご挨拶を」

 機先を制して聖女が立った。


 一礼した聖女は各国の王を前に。

「この度は呼びかけに応じてご参集いただき、誠にありがとうございます。教皇ケイオス七世に変わりまして私、聖女ココ・スパイスより厚くお礼申し上げます」


 儀礼的に一応頭を下げる諸侯たちにココも一度頷き、その先をにこやかに続ける。

馳せ参じて下さった皆様に、私大変感動しております。魔王が復活してしまえば、戦火は大陸全土に広がるでしょう。被害を広げないため、今は魔王の配下が討伐する必要があります。事ここに至って、皆様や騎士の方々がことは無いと思いますが……麾下からな者を出さない為にも、自軍の将兵の方々に、今からお話しすることをお伝えいただければと思います」


 そして邪気の無い笑顔で、聖女は“教会の決議事項”を申し渡した。

「もしもこの度の戦で“卑怯”“怠惰”な振る舞いがあったと判断すれば……教会としてはに関係なく、以後の領主権の正当性、家督相続の承認を。代わりに、その程度に依りまして……」


 “仲間を見捨てて自分だけ逃げたヤツ”


 “女のスカートに隠れてガタガタ震えているヤツ”


 “魔王の靴を舐めてヘコヘコ命乞いしているヤツ”


「のどれかを、称号をとして進呈するつもりです」


 ココは押し黙った列席者を笑顔のまま、ぐるっと見回した。

「長々失礼致しました。それでは皆様、ご意見をどうぞ」


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