第136話 聖女様はやるだけやりました

 無事に取り押さえられたゴブリンが鎖をかけられて連行されていく。

「どうだ? たとえ相手がゴブリンと言えど、自分がていると思うと恐怖で身がすくむだろう? 強敵と戦う時に活きて来るから、よく覚えとけ」

 聖女様が教訓めいた事を言うが、心身共に疲れ果てた冒険者たちは返事をするどころではない。

 替わりに監視をしていた兵士が報告をあげた。

「取り押さえるのに一時間強、火縄時計で目盛り四つ半かかりました」

「ふむ……ちょっと時間がかかり過ぎだな。これは普段、武器に頼り過ぎのせいじゃないか? その辺り改善が必要だな」

「半数以上が何らかの怪我をしていますが、重傷者はいません」

「なら私が治癒をする必要もないな。かすり傷なら舐めとけば治る」

「但し、心に傷を負った者が三名出ました」

「それぐらいなら許容できる損害こらてらる・だめーじだ」

 ココちゃんは非情で外道。




 一戦終わって集合したはいいものの、もう立っていられる人間もいない。


「なんだなんだ、元気がないな。走り回っただけで疲れたか?」

「……」

 声をかけても、相変わらず返事が無い。

 魂が抜けたような顔で座り込む参加者たちを見まわして、ココもちょっと考えた。

「うーん、さすがにいいかげん……腹が減って動けないと言ったところか」

「ちげーよ!?」


 一斉に猛抗議を始めた冒険者たちを無視して、ココは門の前に待機する兵士たちに合図した。兵たちは頷いて準備に走っていく。

 ココは腹減りで気が立っている(ココ視点)冒険者たちに笑いかけた。

「ちょっと遅くなっちゃったけど、昼食にしようか。できる上司の私はちゃんと、特別行事だから御馳走を用意しておいたぞ!」

「……」

 言われた方は、誰一人として信用していない。


(コイツの事だ……絶対何かある!)


 そんな疑心に満ちた周囲の視線を笑顔で受け流し、ココは道具を運んできた兵士たちに大はしゃぎで設置場所を指示していた。




「待たせたな!」

 意外にも、聖女の用意させた炭火焼きの準備は真っ当なものだった。

 ……準備だけは。


「せっかくの屋外だしな! 今日の昼食は楽しく露天で焼肉バーベキューといこうじゃないか。王子セシルにたかった高級お肉、食べ放題だぞ?」

「……」

 ワクワクしながらココが言うが、青ざめた冒険者たちはまたもや返事もしない。


 但し今度の理由は、先ほどまでの“息を切らしている”や“疲れている”とはちょっと違う。

 なにしろココの後ろには……檻の中で暴れているオークが三頭いるのだ。

「どうした? おまえら、身体を使う仕事のクセに肉嫌いか?」

「じゃなくて!? 後ろのなんだよ!? まさか……!」

 ココも後ろを振り返った。

「活きのいい高級肉じゃないか。新鮮だぞ?」

「確かに活きはいいけど!? 良すぎるけど!?」


 オークは豚に似た見た目で大柄なので鈍重に見られがちだが、筋肉が発達しているので意外に俊敏。その上に固い皮膚と分厚い脂肪の層を蓄えているので、打撃・斬撃に強くもある。性格も非常に荒く、その恵まれた体格と膂力は大変危険だ。

 その代わり肉は非常に美味しい。


 畜養ができない高級食材として高値が付くので狙う者は多いが、危険度中級のオークは簡単な獲物ではない。

 熟練の騎士でもチームを組まねば難しい。通常は盾役と攻撃役が連携しながら、魔術師や弓使いの支援を受けながら攻めるのだが……。

「おまえらもベテランの冒険者なんだし、オークもたった三頭しかいないから簡単すぎるだろ? 全く勝負にならないのも訓練にならないから……ここは一つ、短剣だけでとどめを刺してみようか」

「冗談じゃねえぞ!?」

 冒険者たちの抗議に、ココは不思議そうな顔をする。

「課題が簡単すぎたか?」

「逆だっ!」




「無理に決まってるだろ!」

「相手オークだぞ!?」

 冒険者たちの悲痛な叫び!

 ……を聞いてない聖女様は、檻の横に立つ兵士に合図してさっさと扉を開けさせた。

 兵士が鍵を開けるなり全速で逃げる辺り、オークと言う魔物がどれほど危険かわかるというもの。

 気が付けば……会場整備の為に多数いたはずの兵士も、傍観していたお偉いさんウォーレスとセシルも、みんな遠くへ避難している。


 従って、この場にいるのは。


 聖女と。


 オークと。


 冒険者。


 つまり魔物聖女魔物オークと、か弱い冒険者自分たちしかいない。

「檻を開けやがった……!?」 

 もう中止させることはできない。


 絶望的な状況に挑戦者たちが卒倒しそうなのに……この状況を全然気にしていない聖女様は、さっそく檻の扉を破壊して出てくるオークを後ろにニコニコしている。

「ま、アレだ。食前の軽い運動だな」

「どこが軽い運動だ!」

「軽いだろ? おまえら五十人ぐらいいるじゃないか。たかがオークの三頭くらい」

 その五十人、まともな攻撃手段を持っていないのだが。

「そう言うんならテメエが自分でやって見せろ!?」

「えー……?」

 なんだか訓練メニューが不評な様子に、考案した聖女様は唇を尖らせた。

 

 オークが三頭ぐらいなら、サクッと一発なのに。

 こいつら、何が不満なんだろう。

 ココはそう思う。




「これは率先垂範で手本を見せてやるしかないかぁ……私がここまでしてやるなんて、大サービスだぞ?」

 監督だけのつもりだったけど、仕方ないなあとココは軽くストレッチをする。

 そしていつものように聖心力を放出し……“聖なる門球の木槌ゲートボールスティック”を取り出した。


 聖女様の“武器”がおかしい。

「え? あれなんだ?」

「どう見ても刃物じゃないよな……」


 どうするつもりだ?

 

 冒険者たちが後ずさりながらも注目していると……。




 ココは木槌を振り上げると、無造作に一頭のオークに走り寄った。

 その動きを見つけたオークが素早く剛腕を振りかざすが、ココは回転しながら倒れ込んで殴られるのを回避する。

 そしてその一連の動作の中で、回転によって生まれた遠心力で威力を増した木槌を……オークの股間に勢いそのままに叩きつけた!


 人間には無表情にしか見えないオークが、激痛に苦悶した表情をたしかに浮かべて絶叫する。


 仲間の戦う様子を見ていた他二頭のオークが、人間には以下略~なのに驚愕に引きつった顔で己の股間を押さえる。


 そして訓練生のほとんどを占める男の冒険者たちも、見学のオークたちと同じ顔と動作で硬直し……遥か彼方で表情は見えないながらも、王子と司祭と多数の兵士たちも同じ動作をするのが見えた。


 ココは全く受け身を取らずに倒れたオークにスタスタ近寄ると、悶絶しているオークのこめかみへ振りかぶった木槌を……。

「な? 簡単だろ」

「そんな動きがおれらにできるかぁぁぁぁっ!」



   ◆

 


 二頭のオークが倒された頃には、すでに日は傾いていた。


「やれやれ、やっと終わったか」

 待ちくたびれて昼寝をしていたココは、芝生の上に起き上がると唸りながら伸びをした。

「オークの二頭ぐらい、パパッと片付けろよなあ……焼肉がいつまで経っても始まらないから、待ちくたびれて出前取っちゃったじゃないか」

 セシルの指示で王宮の厨房から軽食を届けてもらったのを、出前というココ。


 胃の辺りに手を当ててみて、聖女は腹具合を測ってみた。

「食後に一眠りしたけど、あんまりお腹はこなれてないなぁ」

 おいしい物も、無理してたべたら美味さが半減だ。

「……しかたない、焼肉はやめとくか。おい、私の分も食べて良いぞ?」

 一日ギルド長は冒険者たちに太っ腹なところを見せたが、一日限定の部下たちから返事は無い。

「おい、返事はどうした」

「聖女様」

「なんだ、ウォーレス」

「返事は無理じゃないかと」

 二人の見る先。

 冒険者たちはオーク二頭を何とか倒したものの……演習場は、死屍累々の有様だった。

 

 倒れて死体のように動かない者。


 ヒイヒイ泣いて痙攣している者。


 虚ろな目で呆けたまま何事か呟いている者もあれば、イッちゃった目で「生きてる? 俺、生きてる?」と自問自答している者も。


 そして意識不明の冒険者のズボンを嬉々として脱がしているゴブリン……。

「おーい、ゴブさんが逃げてっぞー!」



   ◆



 約束の夕方になって恐る恐る冒険者たちを引き取りに来たギルド長に、ココは申し訳なさそうに詫びを入れた。

「いやあ、私も精いっぱい頑張ったんですが……一日だと全然時間が足りなくて、訓練しきれませんでした。申し訳ない」

「あ、いえ……お気遣いなく」

 謝られているギルド長の方は上の空だ。

 彼の視線の先には……廃人にしか見えない冒険者たち。


 あれだけ向こうっ気が強かった冒険者たちうちの連中に、何があったんだ……。


 信じられない思いでいっぱいのギルド長に、ココがにこやかに提案した。

「どうですギルド長。私にあと二週間預けてもらえれば、こいつらを完璧に調教……失礼、完璧に訓練を仕上げてみせますが」

 そこで聖女が、ヤバい目つきでニタリと笑う。

「サイクロプスの群れにだって『やっと死ねるぜええ!』とか叫んで、喜んで突っ込んで行くぐらいにまで、じっくりと育ててみせますよ」

「いえ、結構です!」

「そんな、遠慮なさらず」

「いえいえ、本当に大丈夫ですんで!?」

 茜色の空に、オッサンの裏返った叫びが響いた……。



   ◆



「ココ様。このあいだココ様が慰問に行った王都の冒険者ギルドなんですけどね。先日から機能停止してて、依頼が全然こなせてないんですって」

「ふーん」

 お付きナタリアの振った世間話に、聖典の筆写ないしょくに気を取られているココは生返事を返した。

「……ま、あいつらひ弱だったからな。もっと研鑽してからじゃないと、実戦で使えなかったって事だろうな……身も心も」 

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