第135話 聖女様は鬼教官になります
“聖女”のまさかの罵詈雑言に呆気に取られている冒険者たちに。
「おい、ゴルァ!? 二本足で突っ立ってるくせに人語も理解できんのか、毛無しのサルども! おまえらにはお犬様ほどの知能も期待しちゃいないが、叩かれないと返事くらいもできないのか? ああ!?」
今のは空耳ではないと教える、聖女様のありがたいお言葉第二弾。
あまりに現実味の無い聖女の姿に、一人の剣士が思わず笑い声を漏らした。
「おいおい、ありゃ何の冗談だ? 兵隊ごっこにしたって、いくらな……」
「女神の鉄槌!」
ドゴォンッ!
剣士は言い終わる前に青白い光球とともに吹っ飛んだ……周囲の仲間を巻き込んで。
ちょっと焦げて転がっている三、四人を唖然としてただ見ている冒険者たちに、取り出した“聖なるすりこぎ”を掌に打ち付けながら聖女様が顎をしゃくる。
「おまえらみたいなクソの役にも立たない便所コオロギどもに何度も説明してやるほど私は暇じゃないんだ。そこのタマ無しオークの搾りかすみたいにお仕置きされたくなかったら、余計な減らず口を叩かずに指示を待て!」
ココの啖呵が終わったあたりで、やっと何があったか状況の把握が追い付いた冒険者たちが騒ぎ出す。
眼を剥いた弓使いが怒鳴った。
「おい、てめえいきなり何を」
ドゴォンッ!
「勝手にしゃべるなって言ってるだろうが、腐ったイモが」
仲間が相次いでなぎ倒され、魔法使いが杖を構えた。
「この! 魔法が使えるのが自分だけだとおも」
ドゴォンッ!
「ゴートランド教一の使い手に、野良魔術師のチンケな手品が対抗できると思ってるのか? 身の程わきまえろ、モブ野郎!」
「ここまでするこた」
ドゴォンッ!
「無駄口叩くなと、何度言われてもわからないんだな花びん頭」
「教会に訴え」
ドゴォンッ!
「私に横槍入れられる神官がいるなんて期待すんな、昨日の生ゴミ」
「な」
ドゴォンッ!
「しゃべるなというのがまだわからんか」
「そこ、不満そうな空気が!」
ドッコォンッ!
「まだ何も言ってねーっ!?」
「うーん……口答えするから、つい気が済むまで体罰をしてしまった」
腹いせの解消を主目的とするあたりで“体罰”ではない。
半数以上の冒険者が転がっている惨状を眺め、聖女様はコテンと首を傾けた。
「こいつら態度が悪過ぎたから、ちょっと気合を入れ過ぎちゃったな」
たまたま巻き添えを食わず、腰を抜かしてガタガタ震えている生き残りの冒険者たちにココは目を向けた。
「どうだ、わかったか。私もつべこべ言われたら腹が立つんだぞ? 聖女だって生きた人間なんだからな?」
「俺たちだって生きた人間なんだけど!? 遠慮なしにぶっぱなしやがって!?」
ドゴォンッ!
「勝手にしゃべるなと言ってるだろうが」
◆
気絶していたヤツらも
「今日はおまえら社会のクズどもの性根を根元から叩き直すため、特別にお願いして鍛錬に国軍の協力を得ることが出来た。ありがたいだろう」
冒険者たちが聖女の示すほうを見ると……。
平らな演習場に、間を広く取って二列に杭が打ち込まれている。その二列の杭の間には、地面から五十センチほどの高さに縄がランダムに渡されていた。
そして、それを横から眺める位置に……弓兵たちが、高さを固定したクロスボウを何十丁と用意して開始を待っている。
「まず一番目の課題は隠密行動の訓練だ。冒険者たるもの隠れて移動が出来ないと、接近するまでにターゲットに察知されてしまう」
ココが手を振ると、居並ぶ弓兵たちが何もない空間に向けて斉射した。張られた縄をぎりぎり超える程度の高さで、小型の矢が風切り音を立ててかすめて行く。
「匍匐前進の練習だ。縄より上に頭を出さなければ当たることは無いから安心しろ」
つまり、それより上に頭を出せば……。
一人の戦士が後ずさった。
「じょ、冗談じゃねえぞ!? こんなので死ん」
バッゴォン!
「ふんっ」
ココは臆病者を間髪入れずに吹き飛ばし、鼻を鳴らす。
「いいか! 誰かがドジを踏めば、チーム全体が危機に陥ることになる。これはそうならない為の訓練だ」
青ざめて言葉もない冒険者たちに聖女様は申し渡した。
「私が一日ギルド長に任命された以上、責任もって貴様らを鍛え直す! この訓練はおまえたちをつまらないミスで死なせたくないが為の、私の親心である!」
十四歳の少女は年長の男女に向かい、偉そうに訓示すると……綺麗な顔に悪魔の微笑みを乗せて、ニタァ……と笑った。
「だから実戦で死なせない為に……訓練で殺す」
「おら、急げ急げ急げ急げ!」
ビュンビュン矢が飛ぶ下を、死にそうな顔の冒険者たちが必死に這って行く。
「安心しろ! これは新開発の速射性を優先した小型の矢だ、当たっても頭以外なら死ぬことは無い!」
その代わり再装填が簡単で、発射間隔がメチャクチャ短いのだが。
「焦るな! 落ち着いて、かつ急いでゴールを目指せ!」
と言ってるその本人が、遅い者の後ろにケツ叩きで光弾を打ち込んでいるのだが。
最後の一人が必死の顔でゴールすると、ココは用意した火縄時計を眺めた。
「うーん、いまいち遅い気がするが……始めてやったんだし、こんなものか」
合格のようなのでホッとした冒険者たちの前で、聖女様が手を振り上げた。
「次ー!」
合図を見て、縄を張る杭の頭に工兵が一斉に大槌を振り下ろす。
ランダムに下がった杭の高さを見て、弓兵がクロスボウを載せていた三脚の高さを低く調整し直した。
準備ができたのを確認して、ココが冒険者たちへ顔を戻した。
「これで勝手がわかっただろうから、次はもうちょっと実戦的な感じで行こうか」
◆
三回もやり直しをさせられ、精神的にも身体的にもボロボロになった冒険者たち。
そんな彼らを号令台の上から見下ろしながら、ココが上機嫌でステップアップを宣言した。
「よしよし、準備運動は済んだ感じかな? じゃあ次に行こうか!」
「……準備……運動……!?」
一方の冒険者たちはもう死にそう。
ココの合図で、二人の兵士が鎖につないだ囚人を連れてくる。その姿を見て、可哀想な訓練生たちの間に戸惑いが広がった。
連れて来られたのは、人間ではなかったのだ。
ゴブリン。
亜人種系の、人間よりいくらか矮小な体格と醜悪な見た目の非力な魔物だ。種族的にオークと同様、雌種を持たず人間の女性を襲うと言われている。
ゴブリンは弱くて女好きというイメージから、冒険者からは初心者向けの獲物とバカにされることも多い。
ただし悪賢いと言えるほど知恵が回り、人間の道具は大体彼らも使いこなすことが出来る。また人間に体格も腕力も劣るとはいえ、ほぼ山賊のような生活をするゴブリンは略奪や襲撃に慣れている。
つまり戦いを知らない一般市民よりは強い。
何より彼らは基本的には集団で活動するので、戦士と言えど少人数での戦いは不利になる。遭難者に化けて不意打ちしてくることもあるので、油断ならない魔物ではある。
しかし、なぜ
聖女の意図が読めない。
冒険者たちが不審げに見守る中、上機嫌の聖女様は彼らに紹介をしようと特別ゲストへ歩み寄った。
「おいおい……」
その無造作な様子に、ベテランの一人が呆れて呟く。
ゴブリンは知能があるとはいえ、欲望が優先する生き物だ。
ある村を襲撃したゴブリンの群れが村人の抗戦を叩き潰すより、見つけた女を襲うほうを優先してしまった……なんて話もある。
この聖女の性格が極悪なのは今、身に染みて覚えたが……そんなのはゴブリンには関係ない。見た目は最上級なのだから、警戒もしないで近寄っては……。
しかし、このゴブリンは寄ってきた聖女をあまり気にしていなかった。
興奮しているのは下半身を見れば分かるが、なぜかウキウキした様子で落ち着きなく冒険者たちを眺めまわしている。
魔物の横に呑気に立ったココは、パンパン手を叩いて冒険者たちの注目を集めた。
「次は実際の依頼に即して、魔物の捕獲をするぞ!」
どうみても何か企んでいる笑顔で、聖女様はゴブリンを指し示す。
「こちらのゴブリンは、先日王国が行った辺境域の魔物駆除で捕獲された個体だ。珍しい特性があったので、殺されずに研究の為に王都へ連れて来られた。次はこいつを無傷で捕獲してもらう」
聖女の言葉に観衆は、違う意味で騒めいた。
簡単……とは言わないが、さっきあんなえげつないトレーニングを強制した
早くもココについて学習した冒険者たち。
そんな彼らの前で、楽しそうに手をすり合わせながらココは朗らかにゴブリンに話しかけた。
「お名前は?」
「グギャ!(ゴブリン)」
キョロキョロ群衆を見回しながらも、ちゃんと返事をするゴブリン。
「お仕事は?」
「グギャギャ!(悦楽の探究者)」
「お好きな物は?」
「ギャギャギャ!(アニキの固い尻)」
「それでは、遊んでくれるみんなへご挨拶を」
「ギャッギャッギャッ!(俺はノン気だって構わず食っちまう男なんだぜ?)」
ココは自分の通訳した言葉がしっかり行き渡るのを確認し、ポンッと手を叩いた。
「はい、それでは……スタート!」
「待てえええええっ!?」
心構えができていない冒険者たちが慌てて叫ぶが……。
獲物の戸惑いなんか、欲望に忠実な
「グギャーッ、ウホッ!(やらないか!?)」
戒めを解かれたゴブリンは走り出し、大好物の群れの真ん中へ向かって勢いよくジャンプした。
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