第121話 女神様はどうでもいいです
ココに言われ、教皇も考えた。
「そうか? あれぐらいのものと思うがな……」
ベテランの神官から見ても、あれで違和感はないらしい。
「てことは、歴代の聖女が出せる聖心力はだいたいあのぐらい?」
「儂も立ち会ったのはおぬしで三人目じゃからな、はっきりしたことは言えぬが……まあ今までの聖女も高位の神官と同等か、ちょっと落ちるくらいかの」
「ふうん……でもさ、スカーレット派の連中が口々に『滅多にない』とか言ってたほどじゃないよな?」
「うむ?」
昨日“真の聖女”フローラ嬢の聖心力を計った時に、スカーレット派の幹部たちは立ち昇る蒼焔を見て大喜びだった。
言われて記憶を手繰った教皇も、ココの言いたいことが分からないながらも首を縦に振った。
「……確かに『滅多に』は言い過ぎかも知れぬな。まあ、身内びいきで騒いだのもあるのではないか?」
「それはそうなんだけど……」
ココが気になったのは、そこに“わざとらしさ”が無かったことだ。
不思議そうに見守る教皇とナタリアを横目に、ココは自分がいったい何に引っかかっているのかを考え続けた。
「スカーレット派のヤツらから見ると、フローラの聖心力が本当に凄かった? ……凄いと思うってことは、逆に言ったら……」
ココの頭の中で、錯綜していた疑問と違和感が同じ線上につながった。
「……あいつら、聖心力が大したことが無い?」
そう考えると合点がいく。
だが、スカーレット派は三大派閥の中で最も信心にうるさい派閥。
「そこの聖心力が薄いって……ありえるのか?」
◆
ふとココが目を覚ますと、部屋はまだ真っ暗で深夜の時刻と思われた。
……なのに、妙に周りの様子がくっきり見える。
ココは自分の手を布団から出してみた。
腕は燐光に包まれている。
「あー……」
寝るのを諦めて、ふーっと息を吐く。
いつもなら嫌々だけど今日はぱっちり目が覚めた。
「ちょうどいいか。こっちも色々聞きたいところだったし」
ココは呼び出しに応じるため、身体を残して起き上がった。
いつもの池のほとりへ出向くと、女神ライラは珍しく手酌で何かを飲んでいる所だった。
『どうしたのココちゃん。いまいちご機嫌良くないわね?』
「私が呼出し喰って、一度でも機嫌が良いことあったか?」
『はて? 気にしてないから気が付かなかったわ』
なぜだろう? ココは女神に会うたびに、一発顔面に喰らわせてやりたくなって仕方がない。
こんなヤツをひれ伏して拝んでいる連中の気が知れない……そいつらが仕事仲間なんだけど。
女神の前にあぐらをかいて腰を下ろすと、ライラが杯を薦めてきた。
『ま、ま、駆けつけ三杯って言うじゃない。ココちゃんもやる?』
「ほう?」
甘い酒ならココも嫌いじゃない。飲むとなんだかフワフワして踊りたくなる。
「これ、なに?」
エールは苦いから勘弁だけど、フルーツワインとかなら飲んでもいい。
『
ココは慌てて受け取りかけた手を引っ込めた。
「それ、神界の住人になっちゃうヤツじゃないか!? なんて物を進めるんだ、バカッ!」
神話上の逸品の現物を目にするというのはとんでもない奇蹟かもしれないが、副作用込みで賞味するとなると……また別問題。
『あら、勉強嫌いなココちゃんでも知識があったのね』
「しれっと何を飲ませようとしてるんだよ!?」
『別に毒じゃないわよ。ほら、私が自分で飲んでるんだし』
「おまえはな⁉ そりゃ、そういう存在だからな⁉」
まったくもうと口の中で呟いて、ココは先日のアレを思い出した。
「そういえば、私もそう言うのを持ってたんだっけ。飲むか? 持ってくるけど」
『なあに?』
「試しに作ってみた本気の聖水」
いつもココをからかって遊んでいる女神が、珍しくしかめっ面になった。
『一か月以上前のバケツの水を薦める? 普通』
「不思議と腐らないんだよなあ……処分に困ってるんだよ。蓋をかぶせてクローゼットに押し込んでいても、暗くなるとピカピカ光っちゃってさ……」
タンスの隙間から毎晩光が洩れているので、最近寝るのに時間がかかる。
「『何が起きるかわからない』って、下水にも流させてもらえないんだよ。おまえ、
『ゴミの捨て場に困って神に汲み置きのバケツの水を飲ませようっての、人類始まって以来で考えてもココちゃんくらいね……』
「さて」
女神と言いあっていたココが真顔になった。
「今日の呼び出しはもう一人の聖女の件か?」
女神も真顔で居住まいを正した。
『ううん? 神酒が入ったからココちゃんにも飲ませてあげようかと』
「冗談じゃないっての! ……聖女が二人なんて、こんな事は今までにもあったのか?」
真剣なココに見つめられるも、女神はいつも通りの態度で呑気に杯をあおっている。
『んー、別に一度に一人と決まっているわけじゃないから、同時に十人、二十人いたっておかしくないんだけど……でも』
「でも?」
覗き込むココを見返し、女神は笑みを深めた。
『私は一人しか指名していないわよ。そもそも適材を適所に置くのが目的なのだもの。いればいいってわけじゃないの。前にも言ったでしょう?』
以前呼び出された時。
ココが聖女でないのならこうしてライラに呼ばれることもないし、次代に継ぐ為だけのお飾り聖女ならライラは一々ちょっかいを出したりしない。
つまり、やはり女神の求める聖女はココで……フローラは女神が神託を下した聖女ではないということになる。
女神ライラに断言されて、ココも体中の力を抜いて深々と息を吐いた。
別にどうでも構わないと思っていたつもりだったけど……やはりココも“自分が聖女ではないかもしれない”という疑いを突きつけられて、内心色々と気負っていたらしい。
「……今、ゴートランド教団はなんだか二つに割れそうな勢いだ。私も
ゴートランド教団が崩壊してしまっては、女神ライラの地上での受け皿が無くなってしまう。
だからどうしてほしいというのがあれば、聞いておきたいとココは思った。
……のだが。
わりと重いことを聞いたと思ったのに、女神の態度は変わらなかった。
『べつにココちゃんが好きにしていいわよ』
ココは首を傾けて聞き直す。
「……それだけ?」
『それだけ』
反対側に首を傾けてもう一度聞く。
「おまえの教団だろ?」
『あなたたちの教団よ』
女神はクイッと杯を空けると、もう一杯注ぎ始める。
『私にできるのはその時その時に声を下ろし、まずい方向に行きそうな世界の流れを警告する事だけよ。私の忠告を聞いてくれるか、聞いても立て直すことが出来るか、それはあなたたち人間次第。その事は最初に話したはずよ?』
「私に?」
『人類に』
「そんな大昔の事なんか知るか!? 勉強嫌いだっつってんだろ!」
『威張って言うことじゃないんじゃない?』
神酒が切れたらしく、ライラがデカンターを逆さに振った。
『あらあ、無くなっちゃった……ココちゃん、買ってきて?』
「どこで!?」
ココがお使いに行かないので、これ以上飲むのは諦めたらしい。
女神がクルッと手首を回すと、杯も酒器もスッと掻き消えた。
『ゴートランド教団は私から下ろした神言を聞いた人々が、自分たちの考えで作ったのよ。だから私がどうするかを決めることではないの』
幾分マジメな顔になり、ライラはココを慈愛に満ちた目で見た。
『私は私の言葉を聞くことが出来るココちゃんに言葉と力を預けるの。“地上における女神の代理人”、聖女のココちゃんの語る神の警告を真に受けて共に戦うか、信じないで苦難に合うか……それは人間が自分で決めることよ。だから教団はココちゃんが好きにしていいのよ』
「どう処置するかは、私が決めろってか。簡単に言ってくれるなあ……」
波風立てずに丸く収める。
陰険ジジイの鼻息だと、無理だろうなあ……それぐらいココでも予想が付く。
『あら、ココちゃんならいつも通りにすれば話が早いんじゃない?』
「いつも通り?」
『腕力でズバッと解決』
「これほど酷い神のアドバイスって、今まであったのかな……」
◆
「ココ様、朝ですよぅ」
揺すり起こすナタリアの声で、ココは朝陽が差しているのに気が付いた。
「あー……最悪な目覚めだ」
「また夜更かしですか?」
ナタリアにうっとおしいお小言を言われても、ココも仕事だからどうしようもない。
ココはたらいの水で顔を洗いながら、水面に映る自分の顔を見つめた。
うん、眠そうでしまりがない。
「……そのうちにナッツが『私と
「ココ様? 何か言いました?」
「うーんん、こっちの話」
「それにしても……」
ココは昨晩、女神に言われた言葉を思い出した。
ココは女神に聞いてみたのだ。
そんなに飛び抜けたほどでもないフローラの聖心力を、スカーレット派が手放しで褒め称えたことを。
「スカーレット大聖堂の連中、あれだけ『女神様が』って言ってるのに……みんなして聖心力が弱いなんてことがあるのか?」
自分の推測を伝え、そう聞いたココに対し。
『人間はね。皆、自分の心の中の神に祈るのよ』
そう言ってライラは直接的な答えをくれなかった。そして、
『ココちゃんの聖心力は敢えて私が渡したものだけど、神官が修練して得た聖心力はちょっと違う。あれはね、自分の弱さを認めて神の加護を願う心なの』
とも。
ココはタオルで顔を拭きながらライラの言葉を考え……。
「……もったい付けてないで分かる言葉で言え、あのアホウ」
よく分からないので、それ以上考えるのを止めた。
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