第110話 聖女様は強引なナンパはお断りです
ココに声をかけてきた男は、当てが外れたような顔をしている。
「あれ? なんか反応薄くない?」
「そんなことを私に言われたって、おまえの基準を知らないから答えようがない」
コイツが今まで誰にどんな反応をされていたんだか、ココに分かるわけがない。
だけど、この軽薄な男は別な意味に受け取ったようだった。
「おやおや? ココちゃんウブに見えて、わりと男に慣れているのかなぁ?」
「……おまえは神官じゃないのか?」
なんか、イラっと来るしゃべり方をする男だ。
……そしてココちゃん、気が長い方ではないのだ。
たぶん、コイツは自分がモテてる前提で話をしている気がするけど……世の中、この男の物差しだけで測れるものじゃない。
ナンパみたいなことをするだけあって外見は良いつもりかもしれないが……ビネージュ王国で“地位も顔も一番の男(自称)”をさんざん見てきているので、ココは今更この程度のツラでは何とも思わなかった。
(セシルも押せ押せで来るけど、アイツはまだ“
コイツのはどうも見ても“数打てば当たる”式だ。こんなことをあちこちで散々繰り返しているのが見て取れる。
聖職者のくせに慎みもなく接して来るブレマートン派の神官に、元から機嫌が悪いココは余計にイラつきを覚えた。
そんなココの内心に気付かず、自分語りに熱心な大司教秘書はグイグイ来る。
「いやいやごめん、会議ではいつも君を見ているから、つい親しい気がしてさあ。どうだい、お互いの理解を深めるためにも、二人でこれからお茶にでも……」
ヘロなんとかは文字通りグイグイ接近してくる。
が、色男? にそんなことをされても、ココのほうは迷惑なだけだ。
「別に個人的に親睦を深めるつもりはない。実際のところ、何の用だ?」
「ええー? 君に興味がある、じゃダメなのかい?」
「裏に目的が別にあるのが透けて見えるぞ。何しろ……」
ココは強引なナンパにドン引きのナタリアを指し示した。
「普通に女を漁ってる色事師はな、まずナッツに声をかけるんだ」
単純なナンパ目的で声をかけて来るのなら、まずは美味しそうなナタリアが狙われる。ココだって可愛いつもりだけど、総合力ではナタリアに負ける。
だから
「クソッ、言ってて腹が立ってきた!」
「グハッ!? だから、腹は止めて!?」
壁ドンのお礼の腹パンに、ブレマートンの色魔が悲鳴を上げた。
「ふ、ふふ……ここまでガードが堅い娘は久しぶりだな……ますます興味が出て来たよ、ココちゃん!」
よろよろしているヘロイストス君、膝が笑っているのにまだナンパを諦めていないようだ。
ココもこのバイタリティは買わないでもないが、なんで脈が無いのに諦めないのかが分からない。
不機嫌な顔を隠す気も無いココが一歩引く。
「おまえさ……どう考えてもこの状況から口説こうなんて無理筋だろ? はなっから胡散臭いと思ってて、女が引っかかると思うか?」
荒い鼻息を隠す気も無いヘロイストスが二歩寄ってくる。
「むしろここからが本番じゃないか! キミが警戒するのも無理はない。だからこういう行き違いを解消するには、僕たちにはじっくり話し合う時間が必要なんだよ!」
「ああ言えばこう言うなあ……」
呆れるココを抱きしめんばかりに寄って来た大司教秘書は、襟元をくつろげると哀愁を帯びた表情で耳元に囁こうとする。男の色気で勝負するつもり……だったようだ。
時間切れだが。
まるっきり白けているココにヘロイストスが顔を近づけようとした……目の前を、いきなり何かが通り過ぎた。
「ん?」
近すぎて良く見えないので、ヘロイストスは一回身を引いた。
サーベルが壁に刺さっている。
「んん!?」
なにか、おかしくないか?
聖女を壁に追い込んだ段階までは、こんな物は刺さっていなかったはずだ。
いや、そもそもサーベルが刺さっているような場所で口説こうとは思わない……じゃなくて……!?
「サーベル!?」
何でそんな物が突然現れた!?
驚いて二、三歩下がったら、いつのまにかそこにいた青年がサーベルのグリップを握っていた。
というか、青年がヘロイストスの顔すれすれに壁にサーベルをぶっ刺したらしい。
……もしかして今、命の危機だった?
腰が抜けたヘロイストスはサーベル男に向かって涙声で叫んだ。
「……な、ななななな何をするんだキミ!? 危ないじゃないか!」
動転しているヘロイストスを、額に青筋を立てた青年が思いきりヤバい目つきで睨んでくる。
「当たり前だ!」
キレている。
滅茶苦茶キレている。
誰だか知らないが、何故か彼はヘロイストスにキレている。
「いや、なんだキミは……」
おまえは誰だと言いかけたヘロイストスに、青年はマグマが沸き立つような声音で言い放った。
「……おい、コラ!? 貴様ひとの嫁をナニ口説いてやがるんだ……あ?」
刃物を振り回す青年は、ヘロイストスが理解できない事をのたまわった。
「嫁?」
聖女を嫁!?
聖女が結婚していたなんて聞いたことがない。
いや、立場上結婚している筈がない。訳が分からない。
人妻にはさんざん手を出したヘロイストスだが、聖女と人妻のコラボは初めて聞いた。
「え? なに!? どういうこと!?」
何が何だか分からないヘロイストスがパニックになるのと反対に、こんな現場を見ても平常心のココが親し気に青年に声をかけた。
「おっ、セシル。今日来るなんて連絡あったっけ?」
「連絡どころじゃない! ココをしつこくナンパするヤツがいると聞いて急いで駆け付けたんだ!」
「おまえ……王太子のくせにフットワーク軽いなあ」
「王太子!?」
驚きっぱなしのヘロイストスの襟首を捕まえ……地元ビネージュ王国の摂政王太子セシルは、悪魔が失禁しかねないほど凄みのある笑顔で彼に笑いかけた。
「王子の許嫁に手を出すとか……覚悟はできているんだろうなぁ、おい?」
「誰が許嫁だ」
「四年後には結婚するんだから、許婚と言っても過言じゃない」
「断っているだろうが」
「ココが首を縦に振ってくれるまで、俺は何年だって待つさ。預かっている貯金に誓って、絶対にうんと言わせてみせる!」
「それは脅迫だ」
「ぼ、僕を殴りながら呑気に会話しないで!?」
「わかったわかった。殴る方に専念するわ」
「そうじゃない!」
騒ぎを聞いて上層部も駆けつけて来たが……。
「これ、何があったんじゃ?」
さすがの教皇も、現場を見ても事態がさっぱり呑み込めない。
同じく駆け付けたウォーレスがナタリアから事情を聴いて、話をまとめた。
「聖女様をそこのブレマートンの大司教秘書がナンパして、王太子殿下の怒りを招いて折檻中……だそうです」
「……うむ、わからん」
「じ、事情はともかく」
スカーレット大司教ヴァルケンが進み出た。
「ビネージュの王太子殿下! ゴートランド大聖堂は王国の介入を許さぬ不入の権を持つはずですぞ! そこへ乗り込んで来るのは、たとえ王太子でも協定違反で……」
原則論を言い出すうるさい爺さんに、冷たい顔でセシルがピシャリと言った。
「スジを言うなら……そもそも教団の高官が聖女に無理やり手を出そうとするとは、どういう事だ? ナンパの強要に免責特権を持ち出すのか? お笑いだな」
「うっ……」
法的にまずいのは王子の協定無視だけど、教団的にどちらが重いかと言われると……。
セシルがさらに付け加えた。
「それに不介入の原則を持ち出すなら、仕方がなかったとはいえ先日ビネージュ王宮に聖堂騎士団が踏み込んできた方が先だからな?」
「トニオッ!? 貴公は何をやっているのだ!?」
「いやあ、仕方なかったんじゃなあ。うん」
飽きるまでヘロイストスを殴ったセシルが少し機嫌を直した。
「しかし参集した神官の中に、こんな奴が混じっているとは……ココの身が心配だ! ナバロ!」
「はっ!」
王子は進み出た部下に指示を出した。
「おまえ二、三日ココに張り付け! 色目を使ってくるヤツを全て排除せよ!」
「お任せ下さい!」
「待て待て、大聖堂に王国の騎士が常駐するだと!? 王国の公権力の介入だ
!」
力強く頷くナバロを押しのけてヴァルケンが叫ぶが……。
「教団内でこのバカを止められなかったんだから、規範意識に不信感を持たれても文句は言えないだろう」
セシルに言われ、またもや言い返せなくなる。
「言っておくが俺は不当な介入だなどと思っていないぞ? 歴代の聖女の大多数は、我がビネージュの姫や貴族の御令嬢だった。それが教団幹部に代々このような仕打ちをされていた可能性が……などとなったら、ゴートランド教団の存続にかかわるのはご理解いただけるな?」
ヴァルケン師もソレを言われると二の句も継げない。あたふたしているだけのブレマートン派を歯ぎしりしながら睨みつけるだけだ。
そんな彼らを見ながら、
「なあセシル……二、三日って? 会議はまだ十日以上あるぞ?」
「ああ」
王子様はこともなげに答えた。
「俺がつきっきりになるのに、政務をおし……片付けて来るのにどうしてもそれぐらい時間がかかるんだ。ナバロはその間の代理だな」
「おまえ、ずっとここにいる気かよ!?」
「当たり前だ。ココがいつあんな目に遭うか分からないからな」
「……おまえがいると、余計に身の危険を感じるんだが」
ココのボヤキをセシルは丁重に無視した。
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