第109話 聖女様は実戦の手ほどきをします

 ぐったりしているお付きをココが揺さぶる。

「ナッツ、しっかりしろ! 男の下着を見たぐらいでいちいち死ぬな!」

 まあ、深窓の令嬢には相当に衝撃だったろう事は下町育ちのココでも分かる。

 でも正直ココだって、さっさと帰って寝ちゃいたいぐらい精神にダメージを受けているのだ。一人だけ楽をしないで欲しい。


 そんな思いでナタリアを介抱するココに、空気の読めない僧兵団が訂正を入れた。

「いやいや聖女殿、これは下着ではない。僧兵団の神聖なる法衣であるぞ」

「パンツ一丁の法衣なんかあるかぁ!?」

「魔獣も恐れる我が肉体美を披露するには、どうしてもこの特別あつらえの法衣が必要なのだ」

「魔獣もドン引きするほどなのかよ、おまえら……」

 ココもドン引きだ。

「法衣だって言うんなら、使う前に教皇庁から公認取って来い!」

「はっはっは! それは問題ないぞ、聖女殿!」

 噛みつくココに対し、ダマラム団長は豪快に笑って胸を張った。

「スカーレット大司教からは『好きにしろ』と言われておる!」

「それは許可が取れたって言わん! 匙を投げられたんだ!」

 まるで響いていないのを承知で、ココはバカどもに怒鳴り返した。


 この教団で一番マシなのは自分なんじゃないかって……ココは最近、そう思えて仕方ない。




 とりあえず、ココはさっさと済ませて修道院に帰ることにした。


 ナタリアをいつまでもその辺りに寝かせておくわけにもいかない。ひなたに置いておいたら、玉のお肌が日焼けしてしまう。

 ココだって今日はもう寝たい。なぜかは……説明の必要は無いだろう。


 僧兵団このバカどもをとっとと追い払おう。

 やる気満々のダマラムと向かい合うと、ココは聖心力で“聖なる武器”を出した。

「実戦形式をお望みとのことだから、私は道具を使わせてもらうぞ」

「うむ、構わぬ! その程度の突きや打撃、わが筋肉が防いで見せよう!」

「大した自信だなあ……」

 コイツは自信があるようだが、ココだって修羅場を何度も潜ってきている。

 ダマラムとやら、鍛錬は人一倍かもしれないが……実戦勘がどの程度の物なのか。

 実力をお手並み拝見といこう。

「いざ!」

 ココが気合を入れる。

「おう!」

 ダマラムが応じた。




 ココは腰だめに構え、すり足でじりじり間合いを計る。

 ダマラムは薙ぎにも突きにも対応できるように、やや腰を落として両腕を前に構えた。

 二人が対峙する緊迫の時間はどれほど続いたのか……永遠のように長く感じたけど、実際には瞬き数回の僅かな時間だったらしい。


 ココが動いた。


 ダマラムが反応しかけた。


 だが、次の瞬間には……勝負はついていた。




「ふん、口ほどにもないな」

 ココが石畳の上にうずくまるダマラムを見ながら“聖なる物干し竿”をグルっと回して手元に戻した。

「お、おおおぉぉぉぉぉぉ……」

 ダマラムは意味のある言葉を発することもできず、のたうち回っている。

「せ、聖女様……」

「なんだ、ウォーレス」

 一瞬の勝負を立会人として目撃した司祭は、当たったわけでもないのになぜか股の間を押さえていた。

「ちょ、ちょっと禁じ手過ぎるのでは……」

「ふむ?」

 見れば、僧兵団もその他の観客も、全員ウォーレスと同じ格好でガタガタ震えている。それほどにダマラム団長の負けた痛みが共感できるらしい。


 ココちゃん、早く終わりたかったので……王国のなんだか公爵の部下を叩きのめした時みたいに、伸縮自在な“聖なる物干し竿”でダマラムのを一発狙撃したのだ。


 あの時と違って相手が腹の筋肉を鍛えているみたいだったので、を狙ったが……まあ、同じことだろう。

「そ、そこはいかんですぞ……そこばかりは鍛えようが……」

 僧兵団のヤツが青い顔でなにやら言ってくるが、そいつは聞けない相談だ。

「何を言っている。私は先にちゃんと『実戦形式で』と言っておいたぞ? 実戦で『急所だから当てないでください』なんて敵に頼めるか? 筋肉を鍛えられないのが分かっているんだから、そこだけは防具を用意しないといけなかったのはそっちだろう」

「そ、それはそうであるが……」

 弱点がわかっていて対策を怠ったのは僧兵団のほうだ。ココちゃん悪くない。


 なんだかウォーレスや通りがかりの奴らも向こうに同情的だけど、今のココは機嫌が悪いので知ったこっちゃない。さっさと寝たいのだ。

「さて」

 ココは僧兵団の連中を睨みながら、“聖なる物干し竿”を構えなおした。

「一気に行くぞぉ!」



   ◆



 僧兵団にをつけてやって、ココはだいぶ疲れた。

「あー……寝たいけど、シスター・ベロニカが休ませてくれるかな……」

「私も、もう今日は十分です……でも、今寝たらまた悪夢を見そう……」

 ナタリアもヘロヘロだ。


 ちょっと教皇のところで打ち合わせをしてくるだけのはずだったのに、なんであんなのの相手をしなくちゃならなかったのか……。

「なんか、大聖堂にいるとロクなことが無い気がする。さっさと帰ろう」

「それがいいですね」

 大陸会議が終わるまではがいっぱいで、たとえ一般信徒立ち入り禁止の教皇庁でも油断できない。修道院長シスター・ベロニカが居るのが分かっていても、今は修道院が恋しかった。


 ……が、こんな時に限って事件は立て続けに起こるものなのだ……。



   ◆



 ココとナタリアがエントランスを歩いていたら。

「やあ、奇遇だね!」

 何やら若い男の声がした。


 けど、特に関係ないのでそのまま二人で話しながら行きすぎた。

「……あれ? おーい、ちょっとー?」

 男は誰かに呼びかけている。

「待って! ちょっと待ってよ君ィ!」

 無視されているみたいだ。慌てる呼び声がやかましい。

(なんだかうるさいなぁ……声かけられてるほうも早く気づけよ)

 ココちゃんおねむなので、他人が騒いでいるのも気に障る。

 やかましい男も頭にくるが……呼ばれているほうもいつまでも気がつかないとか、どんくさいだろう。

 と思っていたら、目の前に腕が突き出されて壁ドンされた。


「……はい?」

 訳が分からぬ。


 横を見たら、メチャクチャ近いところに若い男の顔があった。

「……どちら様?」

「やだなあココちゃん、僕を知らないのかい?」


 男の顔を見る。


 知らないヤツ。


 馴れ馴れしく名前で呼んでくる。


 誰だか知らないヤツが。


 そしてさっきからうるさかったのはコイツらしい。


 ……。


「グハァッ!?」

 ココは男の腹に膝を入れると、崩れ落ちた男をそのままに通り過ぎた。

「どこの誰だか知らないが、全く知らないヤツに馴れ馴れしく話しかけられる筋合いはない」

 後ろを慌てて付いてくるナタリアが振り返る。

「あの人、どこかの幹部ですか? うちの大聖堂では見ない人ですけど」

「さあな。会議のおかげで教皇庁の辺りをほっつき歩いている人数が、普段の三倍ぐらいいるからなあ……中にはああいう頭に虫が湧いたようなのも出て来ておかしくはないな」

 ナタリアの疑問にココは辛辣な口調で答える。

 聖女様、行儀にはうるさいのだ。




 そんなことを話していたら、チャラい男が追いかけて来た。

「ちょっと待ってよココちゃん!」

 また回り込んで道を塞いでくる男を、眉間に皺を寄せたココは睨みつけた。

「誰だ、おまえ」

「おいおいおいおい、この僕を知らな……待って!? 膝は待って!? いきなり暴力に訴えかけてくるのはどうかと思うな!?」

「そう思うなら、聞かれたことにきちんと答えろ」

 まるで尋問官みたいな受け答えをしてくる聖女様に、軽そうな男は慌てて答えた。

「僕はブレマートン大聖堂のアルジャ・ヘロイストス……モンターノ大司教の秘書をしている男さ」

 ヘロイストス氏は自己紹介しながら、聖職者と思えないエアリーな長髪をファサッと掻き上げて微笑んだ。

 ちょっと斜めから上目づかいに見てくるあたり、わざわざココに見せる顔の角度もきちんと計算しているらしい。

「ふーん」

 だからなんだという話だが。

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