第106話 聖女様は徹底してやります
「現在大陸では数々の邪教がはびこり! 百家争鳴の様相を呈する乱世となっております! 我々『神の国を乞い願う血盟団』は! この現状を大変憂いておるのであります! 地上に確かな秩序と平穏をもたらすには! ゴートランド教による世界の平定をおいて他に手段はありません!」
唾を飛ばしながら演説するご老人。
自分のアジテーションに自分で当てられてしまい、恍惚の表情でどんどん調子が上がっていく。
後ろに並ぶ過激派団体の皆さんもしきりに賛同の声を上げ、中には感涙に目尻を押さえる者もいる。
一方の神官たちは、できるだけ顔には出さないようにしているけど……それでも、困惑が隠せない。
中央のエリートは現実を見ている。たとえ原理主義なスカーレット派でも、杓子定規で世の中渡っていけないのは分かっている。
組織を運営すれば、嫌でも数字を見なくてはやっていけないし。
国家や領主との付き合いもあるし、原理原則だけのきれいごとでは済まないことも多い。
波及する影響を考えれば、他宗教とぶつかり合うデメリットも見えている。
だからこういう過激で狂信的な主張というのは教会からでなく、この団体みたいに在家信徒から起こる場合が多い。
彼らにとって、考えるべきは理屈ではない。
むしろできない理由を探すような現実論は唾棄すべきものだ。
信仰心さえあればあらゆる問題は些細な事なのだから。
「今こそ立ち上がる時です! 魔王討伐に端緒を持つこのビネージュ王都でさえ、怪しい邪教集団が蔓延っております! それらの全てを粉砕し! 女神様の絶対的な御意志をもって! 大陸全土に神の国を創造し! すべての人々に魂の救済を!」
(ライラのヤツが聞いたら、笑い転げるかなあ。それとも渋い顔をするかなあ)
感動の演説に自分で泣いている論者の爺さんを見ながら、陳情団体を入れ替えた張本人は呑気に茶をすすった。
たとえ原則主義なスカーレット派のなんとか大司教でも、この手の連中に乗っからないのは分かっていた。
今のご時世、体制を維持する側で一派を率いる長が極端な主義主張に染まれるものじゃない。現実の教団経営に頭を悩ませていればなおさら夢ばかり見てはいられないのだ。
かといって、純粋な信徒を過激派だからと言って気軽には追い返せない。
そんなことをすれば「親しく信徒の話を聞く」イベントの効果が逆になってしまう。ゴートランド教首脳陣が「熱心な信徒」を冷たく追い返したなんて街で言われるわけにはいかない。
どこの派閥だって、そんな凡ミスの責任をかぶりたくない。
結局は決裂しないようにうまく丸め込んで、彼らに大人しくお帰り願うしかないのだ。
どこの派閥か知らないが、司教の一人が刺激しないように反論を試みる。
「諸君の主張もわかる。しかし今の国際情勢では難しく……」
「できるできないではありません! やらねばならんのです!」
司教の説得は一刀両断にされた。
「女神様から下された栄誉ある使命を! 我らは今こそ! ああ、朝な夕なに女神様が語り掛けて来るではありませんか! 異教徒どもを皆殺しにせよと!」
反論を撥ね退けたおじいちゃん、目が逝っちゃってる。
会話が成り立たない狂信者を相手に、どうやって説得したものか……。
斬り込み口が見つからずに、幹部たちがざわざわしている。この様子では追い返すにも、相当に時間がかかるだろう。
(ま、この連中の相手が済んだ頃には夕方だろうなあ……)
ココは高みの見物だ。
後ろの世話係に茶碗を振って呑気にお替りを要求しながら、聖女様は茶菓子を口に放り込んだ。
◆
陽がすっかり傾いた時間になり、司会が疲れ切った声で会議室を見回した。
「えー、本日の会議ですが……陳情がすっかり長引きましたので……今日は休止ということに……」
ぐったりしている参加者たちからは、反対意見は出なかった。
重い体を引きずり教皇の介助に動いたウォーレスは、ふと視界に入ったココが小さく笑みを浮かべていることに気がついた。
……晩餐会の時に、三首脳を引き据えた直前に見せていたあの笑みを。
聖女様、まだ何か用意しているのか……!?
ウォーレスの脊髄を悪寒が駆け降りた。
明日からも絶対、何かある。
◆
五日目。
昨日の疲れが残って憂鬱そうな出席者たちが集まってくると。
「おはようございます!」
「よろしくお願いします!」
元気のいい少年神官たちが出迎えた。昨日までは普通に下級神官たちがしていた会議室の準備をし、茶菓を配ったりしている。
「ん? ウォーレス、これは?」
教皇に聞かれたウォーレスも知らない。設営の責任者を呼ぶと、聖女様の指示だと明かされた。
「彼らは初等神学校の生徒達です。せっかく教団首脳部が大事な会議をしているので、後学のために今日一日見学兼奉仕活動で世話係をしたいと申し出て来たのだそうです」
「ああ、なるほど」
聖女の仲介というのが嫌な感じがするけど……特に不審なところも見られないし、昨日みたいなことが起こるとも思えない。
なんとなく嫌な空気を感じながらも、ウォーレスはそのままお偉方に説明をした。
この日は純真な少年たちが付いていることもあり、なんとなく衝突の少ない軽い案件を選んで審議が行われた。
理想に燃えて教団へ奉職し始めたばかりの見習いたちにキラキラした目で見られていると、生臭い話をしにくいのだ。
おかげでこの日は大した波風も立たず、逆に言えば衝突必至の重要案件は一切議題に出ずに一日が終わった。
◆
六日目。
そろそろ日程的に苦しい。各派に焦りが見えて来始めた中、出席者たちが会議室に集まってみると。
「おはようございまーす!」
「ござます!」
本当に“子供な年齢の”子供たちが会議室の準備をしていた。
「ウォーレス、これは!?」
当然ウォーレスも聞いてない。
設営責任者の司祭を呼ぶと。
「なんでも、勤労奉仕団少年部の子供たちに徳を積ませてあげたいと聖女様が……」
ウォーレスも教皇も、なんとなくココの思惑が見えてきた。
ココは素知らぬ顔で子供たちに愛想を振りまいている。そこだけ見れば、見事に外ヅラ仕様の聖女様だ。
穢れを知らぬ子供たちが尊敬の目で見守る中、嫌みの応酬のような会話はできない。各派じりじりした気持ちを押し隠し、今日も大事なことは何も討議できず一日が終わった。
◆
七日目。
完全に時間切れだ。
ヴァルケンやモンターノから見ても、あまりに策定会議の議事進行が遅れ過ぎてしまっている。正直、すでに遅滞戦術を演出している時間の余裕は無い。
ここまで遅れていることを、教皇はどう責任を感じているのか。その辺りに不快感とそこはかとない不安を感じながら一同が議場入りをすると……。
「おはようございまーす!」
「本日はよろしくお願い致しますね!」
花が咲いたように華麗な、貴族令嬢の一団が会議室の準備をしていた。
もうウォーレスに聞かれるまでもなく、設営係の司祭が浮かない顔で説明を始める。
「ゴートランド教団の上層部が大事な会議をしているということで、敬虔なビネージュ貴族のお嬢様有志が今日一日奉仕活動で世話係をかって出て下さいまして……」
ゴートランド派のみならず、もうブレマートン派もスカーレット派も言葉もない。
こんなイイところのお嬢様方がかしずいてくれる中で、聖職者たちがあからさまな派閥抗争を出来るわけがない。というか、ビネージュ王国にダイレクトに話が漏れそうな状況で大事な話なんかできるわけがない。
今日も内容の伴わない審議になる……。
ヴァルケンやモンターノでさえ、破滅的な状況に顔色を無くした。
◆
もはや“無垢なる者”の前でしゃべっていい案件がほとんどない。
使える案件を必死に探して、見た目だけ取り繕った審議の一日が終わった。
今日の分の会議が終わって解散が宣言されたところで、スカーレット派のヴァルケン大司教が金切り声を上げた。
「おい、トニオ! もはや完全に計画案は間に合わんぞ!? 貴公、四週目の全体会議はどうするつもりだ!」
ブレマートン派のモンターノ大司教も同じ意見らしく、コクコク頷いている。
「どうするも何も」
教皇は脇のウォーレスと顔を見合わせた。
「聖女が会議の進め方に神経を逆撫でされて、実力行使に出て来ておるんじゃ」
教皇と秘書……ついでに後ろのゴートランド派の面々は、一様に諦めと不思議な晴れ晴れしさに満ちた表情をしていた。
このおかしな笑顔を別の宗教では、“悟りを開いた顔”と呼称する。
「つまり……もはや、どうにもならん」
「こいつら
ゴートランド派が思考を放棄しているので代わりにヴァルケンが、呑気に他人の皿に残った菓子を食べている
「聖女! 貴公、このありさまをどうするつもりだ!」
指を舐めているココがキョトンと
「おかしなことを言うな? それをどうにかするのがおまえたちの仕事じゃないのか?」
「なっ……!?」
トンデモ聖女にとんちんかんなことを言われ、スカーレット大司教は激発した。
「二週間しかないのに、貴公のせいで四日も無駄にしたのだぞ!?」
陰険大司教に言われ、聖女は平然と答えた。
「その前の三日を無駄にしていたのはお前たちだろ」
近くの席の茶菓子を食いつくしたのを確認して、ココは言葉が出ないジジイどもにニンマリ笑いかけた。
「大事なことから片付けろって言うのは、こういうハプニングが起きるからだぞ? 日程はまだあと半分もあるじゃないか。ふざけた事をしてないで、まじめに取り組めば終わるかもな?」
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