第105話 聖女様は時間の無駄がお嫌いです

 会議も二週目に入り、今は各大聖堂の幹部たちだけが次期の方針策定を検討する為に連日会議室にこもっていた。ウォーレスのいうところの「本会議」だ。

 ただ、ココが見たところ議事進行がやたら遅い感じがする。素人目に見ても細かいことにこだわって、結論が一向に出ない気がする。


 二日目の昼になって、ココはどうしても気になったのでウォーレスが外に出たところを捕まえた。

「そうですね、ほぼ停まってます」

 教皇秘書はあっさり認めた。

「どういうこと?」

「いろいろ理由があるんですけど……一番大きいのは牛歩戦術でしょうか」




 ブレマートンとスカーレットがいくら“三つの大聖堂が同格だ”と主張していても、実質的には教皇の冠を所有しているゴートランドが頭一つ抜きん出ている。

 したがって面白くないとは思っていても、“教団本部”の機能をゴートランドが持っているのは認めざるを得ない。


 なので。

 基本の素案をゴートランドが作成して、それを叩き台に会議をするのを逆手に取って嫌がらせをする。これが毎回続いているという。

「些細なことでも何でも協議を要求して、案件を完了させないんです」

「はあ? なんでまた……」

 首を捻るココに、教皇秘書は空笑いで返した。

「そうすればどんどん時間が無くなり、次期計画の成立が危ぶまれますから。それをリーダーシップを取るゴートランドの落ち度だと責め立てるわけです」

 そう話しているだけで、ウォーレスの顔に疲労が浮かぶ。毎回参加しているだけに、これから起こることが手に取るように分かるのだろう。

「もちろん最終的には二週間の間に計画案ができていないとまずいのは、三派どこでもわかっています。四週目の全体会議での発表や採決ができませんからね。それでも主宰者であるゴートランドと彼らは立場が違いますから、姑息に遅延を図るわけです」


 だから、とゴートランドの切れ者が諦めの滲んだ声で説明をまとめた。

「成立を急ぎたいゴートランドと、とにかく恥をかかせたいスカーレット。そして間に入るように見せかけながら両派へ譲歩を求めて揺さぶりをかけるブレマートン、という図式ができてしまうわけです」




 ココは面倒な“大人の話し合い”ってやつに、話を聞いただけでうんざりしてしまう。

「それにしたって、期限に遅れたら自分も困るだろうに。こんな所でも足の引っ張り合いかよ」

「毎回デッドエンドに向かってチキンレースですよ。いっそ基礎案の策定を持ち回りにしたいぐらいですが、そうすると教皇の座も持ち回りとか言いかねませんので……本当に面倒です。今年は特にひどいですが……あれはたぶん聖女様に恥をかかされたことを大司教たちが根に持ってますね」

「はん、陰険なことだ。ケチくさい嫌がらせだなぁ」

「それでも、こんなのはまだ表の戦術でして」

 眉根を寄せて舌打ちをするココに、ウォーレスが窓の外に見える街並みを肩越しに指さした。

「裏では両派の密偵が市内に入って、他の派閥の裏事情を探っていますよ。出席幹部の弱みを探ったり、密かに接触して賄賂攻勢をかけたり」

「……賄賂?」

「そ、賄賂です。もちろん会議で発言できるような人間なら、受け取っちゃまずいのは分かっています。それでもブレマートン派なんか、手を変え品を変え口説き落とそうとしますね」

「それ、受け取ったら……」

 先の展開はココでもわかる。街のギャングや腐敗商人が得意な手法だ。 

「そうです。一度もらってしまえば良心の壁は低くなります。そこへさらに渡して良心を麻痺させ、一方で裏切ればバラすと脅すわけですね」

「うーむ」

 とても女神の使徒と思えないやり口だけど、これが生々しい多数派工作というやつだ。

「過去には王都の町衆の宴席に出たら、待っていたのはブレマートン派だったなんて搦め手も使ってきたみたいで」

「なんてエグい手を……ホンットーに油断も何もあったもんじゃないな」




 何が起きてるかはわかったけど。

 今の話で、ココにはどうにも納得できないことがある。

「しかしウォーレス」

「はい?」

「もう明日は三日目なのに、なんで私の所には誰も持って来ないのだ」

 ココちゃん大物なのに。

 そこが非常に不思議。

 ウォーレスはそれに対して、当たり前みたいに返してきた。

「……大っぴらにヤツらのメンツをつぶしておいて、わざわざ聖女様を買収しに来ると思いますか?」

「なんだと!?」

 ココは愕然とした。


 ちょっと。

 ……本当に、ほんのちょっとだけ……ココだって何かもらえるかと期待したのに……。


「くそう、シミッタレどもめ!」

 ココは怒髪天を衝く勢いで怒った。

 もう烈火のごとく怒った。

 お金のことでココを避けるヤツらの見識に、非常にがっかりした。

 

「賄賂って言うのはな……これはムダかな? って所までバラまいてこそだろう!? お説教したのを根に持って私のところに来ないだなんて、あいつらきちんとした仕事をやる気あるのか!? なんで一番買収しやすいお子様をだまくらかそうって思わないかな!」

「いや、シミッタレって……普通は脈があるなんて思わないですよ」

「そこを敢えて押すべきだろうが! 交渉にがない!」

「“誠意”?」

 ココは泣きたい思いだ。

 お金の匂いだけ嗅がせておいて、くれる気が無いだなんて……。

 

「もう怒った! ……ウォーレス、おまえも腹を括っておけ! ヤツらが牛歩戦術で来るのなら、私も目にもの見せてやるぞ!」

「……あいつらも、こんな理不尽な怒られ方をしているなんて思ってもいないだろうなあ……」

 ウォーレスは知らず知らず、未来の自分の為に胸の前で聖印を切っていた。


 聖女様、無差別殺戮をやるつもりだ……。



   ◆



 翌日も同じような調子で終わり、四日目。


「えー、会議の前に皆様にお知らせなのですが……」

 教皇庁の広報係の司祭が、集まった出席者を前に声を張り上げた。

「ゴートランド教の上層部が一堂に会していると聞いて、本日は陳情団の方々がお願いに参られています」

 軽いざわめきが広がり、開始を前に高まっていた殺気が幾分収まり始めた。


 大陸会議の名物、一般市民の陳情だ。

 教団のお偉方は一市民の訴えにも耳を傾けているという、“慈愛に満ちたゴートランド教”を世間にアピールする為の“美談”づくりだ。毎回一度はこういうイベントが挟まるように調整されていて、対立の合間の息抜きとして認知されていた。




「ふむ。丁重にお通ししなさい」

 教皇が言えば、両大司教ももっともらしく頷く。

「教会の門戸はいつでも迷える者に開かれている」

「我らにできることなら、助力を惜しみませんぞ」

 形式的な物なので、どうせ大した陳情ではない。いつも通りの定型の対応で、三首脳が直訴を認めた。


 列席者たちもいつもの事なので、興味あるように身は乗り出しているけど……気分はすっかり休憩モードに入っている。

 村に溜め池を作って欲しいとか、学ぶ機会の無い子供たちに奨学金をとか、その程度のお願いだ。教団を挙げて取り組まねばならない話なんか、どうせ出て来ない。

 三十分ほどで終わるいつもの行事に、人々はすっかり弛緩していた。


 ココのプロデュースとも知らずに。




「本日は御目通りをお許しいただき、感謝致します!」

 元気な老人が代表して大声で挨拶をし、一団が一斉に頭を下げる。

(今日の陳情団はやけに肩に力が入っているな)

 それぐらいの認識で、教皇はじめ教団側も会釈を返した。

 ここまでは良かった。


「どうぞ、お話し下さい」 

 案内の司祭に促され、代表の老人が張り切って立ち上がり……。

「本日は敬愛するゴートランド教の皆様に!」

 ウンウンと頷く神官たち。


「大陸全土に女神様の御威光をあまねく広めるべく、聖戦発起のお願いに参りました!」


 飲みかけた茶を噴き出す音があちこちから漏れた。

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