第95話 聖女様はしがらみに辟易します
ココは礼拝堂がある方角を見た。
それから足元を見て、最後にウォーレスに視線を戻した。
「ここはどこだ」
「ゴートランド大聖堂ですよ、もちろん」
「じゃあ逆に、教団の名前を間違えてるのか?」
「ゴートランド教で合ってます。スカーレット教じゃないですよ」
「理屈に合わない」
「別に教団と発祥の地の名前が一致しなくちゃならない理由は無いですからね?」
ウォーレスが北の方を指さした。
「スカーレット大聖堂がある場所が、元々ゴートランドって地名なんです。ビネージュの祖である勇者のもらった領地に初代聖女様が小さな礼拝堂を作ったとき、聖女様の出身地で教団の聖地であるゴートランドの名前を付けたんです」
ウォーレスの説明に、ココが理解した風にコクコク首を振った。
「あれか、移民が入植地にニューなんとかって故郷の名前を付けるやつか!」
「そんな感じです」
「じゃあ私が何か功績を立てて列聖したら、ここは『ポン引き横丁裏大聖堂』に改名するのか。楽しみだな」
「あなたが初代様を上回る功績を上げたとしても、それだけは絶対に阻止しますからね?」
「『ゴートランド』というのは『ヤギのいる土地』の意味です。放牧地の丘に女神様が顕現されてお告げを下され、始まったのが今のゴートランド教です。その丘も今はスカーレット大聖堂と門前町の市街地になっちゃいましたけど」
ウォーレスの説明に、ココは思いついた疑問をそのまま口にした。
「……なんでそっちをゴートランドにしなかったんだ? スカーレットって何?」
「最初に女神様のお告げを聞いた村娘の名前です。地名が元々ゴートランドだから、あちらではわざわざ教会の建物にその名前を付けなかったんですね」
「ふむ」
細かい説明を聞いたココが首を捻り、自分の背後を振り返った。
「……初代は腰を落ち着けた引っ越し先に、懐かしい故郷の名前をつけた」
「はい」
「その時の礼拝堂の名前が大聖堂の名前になった」
「そうですね」
「……じゃあさ」
ココはどうしてもわからないことを教皇秘書に尋ねた。
「マルグレードはどこから出て来たんだ? 何の意味があんの?」
「初代聖女マルタ様の聖名ですよ! あなた後任の聖女でしょ!?」
墓穴った。
「あー……そうか、そういう……トニオがケイオス七世になるようなものか」
「いえ、聖下はまだ死んでませんから。列聖もしてませんし」
初めて聞いたような顔をしているココは、間違いなく名前の由来を覚えていない。
「忘れてましたね?」
「聞いた覚えがない。知ってて欲しければ誰でもわかるように案内板を出しとけ」
「観光客も来ないところになんで案内板が必要なんですか! 聖女のあなたが八年で一度も説明されたことがないなんて言わせませんよ!?」
「過去は振り返らない主義なんだ。今を生きる私は昨日の晩飯だって覚えちゃいないね」
「カッコつけてるつもりかもしれませんが、それじゃまるで昨日の教皇聖下です」
酷い侮辱にショックを受けているココを放っておいて、次の予定があるらしいウォーレスが書類を束にまとめ始めた。
「初代聖女だけでなく、当時は地方宗教だったゴートランド教も総力で魔王討伐を支援しました。討伐後にこの場所へ聖女が余生を暮す礼拝堂を建てたと言われていますが……実際には教団も魔王復活の監視をするために人を派遣して、前進拠点を置いていたんです。だから当時の意識は静かな隠棲の地というより、先発隊のベースキャンプみたいな緊張感のある場所だったんじゃないですかね」
「ふーん」
ココは木の実を混ぜたビスケットをかじりながら、ふと違和感に気がついた。
「……待てよ? そこまでわかってて、なんで間違ったイメージが流布してるんだ?」
「そちらの方が伝説的にカッコいいので。こういうのもイメージ商売ですから」
「おまえら、私のことを言えないじゃないか……」
ココも手についた屑を払いながら立ち上がった。
「それで、そのうちにそれが本業になってきちゃって教団の本拠地がこちらに移転したってことか」
「それもあります」
「それ
ウォーレスも立ち上がった。
「スカーレット大聖堂のある土地は当時世界の中心だった旧クレムト王国にありますが……“ゴートランド”の呼び名の通り、放牧がおこなわれていたような僻地の農村です。今は大聖堂があって道も整備されましたが、元は王都に出るのも不便だったんですよ。交通アクセスが悪かったので、中心地としては不適だったんです」
「正直に言え、ウォーレス」
「何をですか?」
ウォーレスが聖女様を見ると、ココは裏を見透かしているようなニヤニヤ笑いを浮かべている。
「ビネージュが発展して独立した頃に移転してきたと聞いたぞ? 魔王討伐から百年近く経って、もう監視もいらないだろって空気になっていたはずだ」
ココ様、思いっきり嫌味な笑顔を浮かべている。
「……発展著しい新興王国の首都と、創業の地とはいえ人里離れたド田舎と。どっちに住みたいかなんてわかり切った話だよなあ?」
「……その時に残った留守番組や移転を拒否した非主流派の末裔が、現在のスカーレット派上層部です。代々頑固さをこじらせたうえに、聖地より社会への適応を選んだ主流派への反感を熟成させてますからね。顔を合わせたら初めから喧嘩腰で接して来ると思ってください」
「そんなにやかましいのか?」
ウォーレスがお手上げ、というジェスチャーをする。
「想像してみてください」
「ん?」
「教皇庁の神官全員が、無能なシスター・ベロニカで構成されていたら」
「絶対走って逃げるわ!? というか、拾われて三日で脱走してる!」
「そんな感じの集団です」
「ちなみにブレマートン派は?」
「まずは馴れ馴れしく近寄って来て、接待と買収で骨抜きにしようとかかってきますね」
ココは各派の違いについて考えた。
大国に媚びを売るゴートランド派と。
商業ギルドも真っ青のブレマートン派と。
「……そろそろ宗教団体の看板降ろした方がいいんじゃないか?」
「宗教団体だからこそ、実態がこうなってるんじゃないですか」
来客用の茶菓子も食い尽くしたので、ココは修道院へ戻ることにした。
あれもダメ、これもダメと言われてがっかりしたココの眉間に皺が寄っている。
「しかし、子供向け聖典もダメか……いいアイデアだと思ったんだけどな」
「聖女ってのはあくせく金を稼ぐのが求められる職業じゃないんですからね? あなたこそ自重して下さいね?」
やれやれとため息をつきながらウォーレスが言った言葉に、ココの足が止まる。
「……ふむ。つまりウォーレスはこう言いたいわけだな? “聖女にできることをやれ”と」
「はっ? まあ、それが一番ですが……」
ココが自覚をもって聖女らしく振舞ってくれるのが確かに一番だ。
何よりも、ウォーレスと教皇が胃を傷めないで済む。
「うむ、そうだな……当たり前のことだから見落としていた」
ココが唐突に振り返って、ビシッとウォーレスを指さした。
「聖女は希少価値だからな! やはり聖女のお手回り品とかサインとかを売れっていう事だな!」
いつも何を言われても慌てず騒がないウォーレスだけど。
今、この時だけは心のままに言わせて欲しい。
「そんなことは全く言ってないですよっ!?」
「違うのか? 聖女にできることってのはそういう事だろう?」
「聖女の立場を利用して金を稼げって言ってるんじゃありません! 聖女の通常業務を頑張ってくれって言ってるんです!」
「給料分は頑張ってるぞ?」
「本当ですか? 余計なことばっかりしているように見えるんですが?」
「うむ」
ズカズカ近寄って来たココが思いっきりウォーレスと鼻先を突き合わせて、美少女がしてはいけない顔で
「おかげさまで私は日給銅貨八枚なんでなぁ? 給料分頑張ったって、こんなものだ!」
「ヤバい、藪蛇だった」
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