第34話 聖女様は相談に乗ります
いつもの通りココが修道院を抜け出して下町を歩いていると、橋の上に思いつめた顔をした若い女が立っていた。
一回通り過ぎてから、ココは(あれ?)と思って振り返った。
「……あのねーちゃんもしかして、飛び降りる気か?」
見たところナタリアと同じぐらいの年頃だろうか。
髪型を流行りの型に綺麗にまとめていたり、メイクを昼に映える上品な薄塗に仕上げていたりとなかなかのオシャレさんだ。教会に来る貴族令嬢ほどは金がかかっていないけど、見た目を気にした身だしなみは夜の仕事や専業主婦ではなさそうだ。大手の商店の売り子辺りだろうか?
憤怒七割に悲しみ三割といった表情で唇をかみしめ、ものすごい形相で水面を見つめている。橋の欄干を握る手にも結構力が入っているようで、安普請の木材を折ってしまわないかとココは見ていて心配になった。
ココはどうしても気になったので、戻って声をかけてみる。
「あのー……もしかして、そこからジャンプ! とか考えていらっしゃる?」
「だったら何よ!」
恐る恐る声をかけたココに、視線も向けずに女はキツく言い返してきた。この態度は間違いなく“やる気”だ。
なのでココも遠慮なくリクエストすることにした。
「じゃあもう、お金使わないよね? 財布ちょうだい」
「なんなのあんた!?」
五分後。
「ふーん、振られたんだ」
ココは何故か女の愚痴を聞くことになっていた。別に聖職者ぶりたいわけじゃなくて、単純に財布が欲しかっただけなのに……。
「振られたんじゃないわ! 二股掛けられてたの!」
「同じ話じゃ……」
「全然違うわ! いい? このあたしが振ることがあっても振られるなんてあってはならないのよ!」
(……めんどくさいヤツだな)
なんとなくプライドの高さはわかったけど、男に浮気されたという事実関係は間違っていないんじゃなかろうか。
「ケビンのヤツ……あたしがいるのに、なんで他の女に手を出すのよぉ!」
「あー、はいはい」
その手の話は確かに聞いたことがある。
「知り合いの話だと、男ってどんな美人と付き合っていても女はいくらでもカモンらしいぞ」
一応上司? のクソジジイが泥酔した時にしていた話を思い浮かべながらココが男の心理について教えてやると、女は何故かさらにカッとなったみたいだった。
「なによそれ!? あたしだけじゃ物足りないっての!? このあたしが!? どこに不満があるっていうのよ!」
「それは、そのケビンって男に聞かないと……」
「アイツにもう一度会えっての!? 冗談じゃない! あんなヤツの顔なんか二度と見たくないわ!」
(あー、人の話を聞かないタイプの女ってヤツは……)
五分もこの調子でグダグダ言われていると、いい加減ココも痺れが切れてくる。
そもそも聖女様、本当は気が長い方じゃないのだ。しかも今は勤務時間外。パニックにはなってもキンキン声で怒鳴らない同僚たちが懐かしい。
(こうしてみると、ヒステリーにならないだけでもナッツっていい女だよなぁ)
それを言ったら
観客が付いたせいか、悲劇のヒロインは自分語りがどんどんヒートアップしている。さっきまでの沈黙が懐かしいとココは思った。
「ああもう、あたしはなんて不幸なのかしら! あんたわかる!? 彼の家に行ったら他の女がヤツの膝に乗ってるのを見ちゃったあたしの気持ち!」
そういう話なら前にも聞いた。ココもウンウン頷く。
「あー、それ言ったらね。
「それは……くるわね」
ヒステリーが一瞬で静まる逸話をありがとう、ドロシー。ココは心の中で同僚? に感謝した。
「……だいたいあの男、調子のいい事言ってあたしからなんだかんだと金借りまくってたのよ!? そうよ! よく考えたらあの野郎、あたしのなけなしの貯えを使い込んでるのよ!?」
「あー、そういうタイプのダメ男かあ」
教会によく来る
「よく見るとろくでなしなのに、なぜかその時はかわいく思えてついつい言われるままにお金渡しちゃうってヤツね」
「そう! それなのよ!」
「マダム・ペイジもそれでヒモ野郎に金貨で六万枚相当をつぎ込んじゃってさあ。後始末が大変だったって」
「ろくまっ!? ……金貨六万枚って、そんなに金貨って存在するの!?」
「だから、相当。実際には宝飾品や土地や船とか? ひっくるめて価値がそれくらいだって」
「……それだけあったら、宝石商が丸々一軒買えるんじゃない?」
「うん。資金ショートさせちゃって、持ってる店三軒こかしちゃったって」
「えー……」
自分と同じ境遇の女がいて気分が慰められたらしい。自殺志願者のねーちゃんはちょっと静かになった。
(これで終わりかな?)
そう思ってココがホッとしていると、女は今度は泣きそうな顔になってボソリとつぶやく。
「……友達にも散々自慢して、結婚間近みたいなことを吹聴してたのよ? それが浮気で別れることになるなんて……」
「あー、それはきついな」
一番人生でラブい時だと思っていたら、実は一方通行だった。彼氏の愛を盲目的に信じていたみたいだし、男との温度差はこの手の女には衝撃だったに違いない。
ココがなるほどねと頷いていると。
「きっとヤツがあたしと打算でつきあってたの、周りには見え見えだったに決まっているわ! そんな中であたしだけバカ丸出しで鼻高々だったんだから……アイツら今頃、絶対あたしの事を笑っているわ! いや、今までだって陰で散々爆笑していた筈よ!? クズに引っかかって気づかない間抜けだって! ああっ、酷い恥かいたわ! もう生きて行けない!」
死にたい理由がココの思っていたのと違ったらしい。それはともかく……。
「あの、そいつらホントに友達なのか?」
ココにも友達はいないけど、なんかコイツの“友達”も違う気がする。うわべだけ仲良さそうにしていて、本人が席を外した途端に陰口バリバリとか……。
女はいきなり変なことを聞かれて、目をぱちくりさせた。
「友達ってそういうものでしょ」
真顔でそう返されると、“現物”を知らないココとしては「そうですか」としか言いようがない。ナタリアに聞いたのはもうちょっと楽し気な関係だった気がするけど、友達にもいろいろあるみたいだ。
それはともかく。
また死にたいとか言い出したので、ココは他の修道女に聞いた気分を上げる方法を教えてやった。
「ま、そんなことは気にするな。こういう時は笑うといいって聞いたぞ」
せっかく良いことを教えてやったのに、この女はそのアドバイスに不満らしい。
「そいつバカじゃないの!? こんな気分の時にどうやって笑えるって言うのよ! 誰よ、そんなトンチキなことを言う奴は!?」」
「同じような目に遭った
「そいつ、自分がそんな目に遭ってよく笑えたわね」
「なんでも親戚や友達をたくさん呼んだ結婚式の当日にな、三時間待っても男が来なかったんだと」
「……はっ?」
ココの話すミリアの逸話が意外だったらしく、女は目を瞬かせた。
「それで彼の家まで様子を見に行ったお兄さんが青い顔で帰って来て、『家はもぬけの殻だ! 騙された!』って報告されて結婚詐欺に気付いたそうでな」
「はあっ!?」
「気絶したかったけど来場客の視線が痛くってそれも出来なくって、もう笑うしかなかったって。なんだか知らないけど腹の底から笑いが込み上げて来て、いつまで経っても止まらなかったそうだぞ」
「……あんたの知り合い、なんでそんなのしかいないのよ」
「そんなのばっかり志願して来る職場だからかなあ」
貴族のお嬢様は行儀見習いの短期社会体験で来ているのが多いけど、商家出身の修道女はそういう痴情のもつれで、人生
あれ?
敬虔な信徒の条件ってなんだろうと思いながら、ココはふと思いついて女に聞いてみた。
「推薦してやるから、うちのトコに就職する? 話が合う仲間がたーくさん……」
「何処だか知らないけど、そんな陰惨な職場は嫌よ!?」
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