第33話 聖女様はカードで遊びます

「あれ? 聖女様がいらっしゃらない……」

 夕方の点呼でココの部屋を訪ねた修道女が首を傾げた。この時間なら基本、巡視の者以外は部屋に居るはずなのに……。

 手紙の配達係がちょうど通りかかったので、彼女は同僚に声をかけてみた。

「ねえシスター・アデリア。どこかで聖女様見なかった? お部屋にいらっしゃらないのよ」

「ココ様?」

 足を止めた配達係は窓の外を指さした。

「ココ様ならそこにいるじゃない。ほら、木に登って実をもいでるよ」

 窓の外を見れば、どこからよじ登ったのかココが木の枝にしがみついて食べ頃の柿を探している。

 当番の修道女はほっと胸をなでおろした。

「あ、良かった……行方不明かと心配したわ」

「よくありません! 誰も止めないとは何事ですか!」

 そして修道院長に怒られた。


「よろしいですか、聖女様」

「はいはい」

「“はい”は一回!」

「はーい」

「伸ばさない!」

 今月だけでも何度目か判らない修道院長のお説教に、ココはうんざりした顔を隠そうともしていない。

「いや、しかしだなシスター・ベロニカ」

「何か言いたいことがあるのですか?」

「うむ」

 ココは重々しく頷いた。院長が促す。

「説明してください」

「せっかく旬の時期に食べ頃なんだぞ? これを食べてやらないというのは神の摂理に反するのでは無いだろうか?」

「あなたが木に登る理由にはなっていません。そもそも良識のある婦女子たるもの……」

 お説教が十五分追加された。



   ◆



「やれやれ、酷い目に遭った」

 ぷらぷら歩きながらぼやくココを、ナタリアがたしなめた。

「ココ様のは自業自得じゃないですか。柿の木に登るなんて」

「聖典に修道女が柿の実をもいではならないなんて書いて無いだろう? なぜ私が怒られないとならない?」

「そろそろ慎みを身につけていて当たり前の十四歳婦女子が、幼い男児のように木をよじ登るのがすでにダメです」

「でもなあ……」

「ココ様が冤罪だとしたら、監督不行届きで一緒に怒られた私はどれだけ責任があったのでしょうか?」

「ごめんなさい」

 ナタリアまで説教を始めそうな様子にココがうんざりしながら談話室を通りかかると、二人の修道女がテーブルを挟んで何やら手元を見つめている。

「ん? アデルとドロシー、何やってるんだ?」

 近寄ってみれば、二人が囲んでいるのは一組のカードトランプだった。

「うちから送って来たんです。最近兄が行く社交クラブで流行っているんだそうで」

 シスター・アデリアが手紙を読みながら慣れない手つきでカードをシャッフルしている。

「それでハマったらしくて、自分用を買うついでにこっちにも寄越したみたいです。『外出できないんだから、どうせ暇だろ?』って」

「おまえの兄貴は修道院とミッションスクールの寄宿舎を一緒くたにしてないか?」

 シスター・ドロテアがしげしげとアデリアの手元を見つめて首を傾げた。

カードおもちゃを送ってくれるのは有難いけれど~……遊び方が判らないわねえ~」

「一応何種類かは遊び方がついてましたよ。一番簡単なのは……これかな」

 アデリアの見ていた手紙の二、三枚は版木で印刷した説明書だった。抜き出した一枚の頭には、確かに“初心者向きゲーム”と書いてある。書いてあるけれど……。

 無口になったドロテアとナタリアに代わり、遅れて覗いたココがゲームの名前を読み上げる。

「初心者向きゲーム『オールド・メイド売れ残りババア(ババ抜き)』……アデル、おまえアホか」

「はい?」


 花嫁修業先で名高いマルグレード女子修道院に集う四人の年齢は。


 シスター・ドロテア(二十三歳)

 シスター・ナタリア(二十歳・但し、あと四年辞められない)

 シスター・アデリア(十五歳)

 聖女ココ(十四歳・但し、あと四年辞められない)


 ちなみにビネージュ王国の結婚適齢期は十六~二十歳。


 結婚適齢期は“十六~二十歳”!


 大事な事なので二回言いました。




 円卓を囲んで座った四人の中で、最年長のドロテアが朗らかにゲームの開始を宣言した。

「それではシスター・アデリアお勧めの~! 『嫁ぎ遅れはおまえだオールド・メイド』! を始めましょうか~」

「わ、わーい……」

「おー……」

「あの、勧めたわけじゃ……いえ、なんでもありません……」


 と、開始直後は微妙な空気だったが。

 実際に始めて見ると、カードゲームというものはなかなか面白い。ただ札を合わせているだけに見えて、駆け引きも色々ある。

「うおっ!? ナッツ、おまえジョーカー持ってたのか!」

「うふふふ」

「おーっと! じゃあ今はココ様のところにジョーカーあるんですね!」

「シスター・ナタリア、意外と心理戦ポーカーフェイス得意なのね~」

「くっそー、ナッツの顔芸に騙された……」

 年齢がモノを言ったわけでもないだろうけど、初回は最年少のココがビリになった。

「くっ……最後までジョーカーを捌けなかった……」

「廻って来たことを公言しちゃったからダメなんですよ」

「よーし、ココ様には罰ゲームを何かやってもらおう!」

 ニマニマ笑っているドロテアが、何か思いついたように手を叩いた。

「そうだわ~! 『オールド・メイド』のタイトルにふさわしく~、ココ様には……殿方との思い出を語っていただきましょうか~」

「殿方? そう言われても、私は別に男なんて……」

 ピンとこないココはお題に首を傾げるが……。

「いるじゃないですか~。とびっきりの素敵な人が~」

 とドロテア。

「そうですよ。これ以上ない方がいらっしゃって、羨ましい」

 とナタリア。

「いーな~。いーな~」

 とアデリア。

「うーむ……」

 ココは腕組みして考え……両手を挙げた。

「さっぱり心当たりがないぞ? ジジイやウォーレスの事じゃ無いだろうな?」

「王太子殿下ですよ!」


「アイツなあ……」

 自国の王太子を忘れていたうえにアイツ呼ばわりしてココは考えるが……。

「やたらと身体に触りたがる痴漢で、人をからかうのが好きなサドで、自分がイケメンと口に出すナルシストで。おまけに女子修道院に潜り込む不法侵入のストーカーだぞ?」

「そう言われると微妙に反論できないから困りますね……」

 ナタリアも何気に不敬。

「でも、愛はあるのでは~」

 ドロテアの取り成しも、ココは鼻で笑う。

「それを免罪符にできると思っているのは、ストーカー自身だけだ」

「ちょっと、話がヤバい方向に来てますよ!? ……次、次行きましょう!」

 アデリアが慌てて進行を促して、ココの罰ゲームはなんとなく止めになった。




 次に負けたのはナタリアだった。

「うっ……」

 頭を抱えるナタリアを三人が囃し立てる。

「さあさあ、清純派ナタリアさんのとびっきりのを暴露してもらいますよ!」

「おっと、ナッツの男の話か! 笑えるヤツ頼むぞ」

「うふふ~、シスター・ナタリアの男性遍歴ですか~! これは興味ありますね~」」

「全然面白くないですよ!? 本当に!」

 周りの三人から急かされて、渋い顔のナタリアが肩を落とす。

「男性経験と言いましても、私も婚約者が居ただけで……」

「ふんふん」

「十二歳の時に親同士で縁談を取り決めまして……コールバラ伯爵家の次男とまあ、婚約という流れになったんです」

「おおっ! カッコいい人ですか!?」

「そう……だったんじゃ、ないでしょうか」

「……ん?」

 食いついたアデリアの問いに、なぜか遠い目であいまいに答えるナタリア。怪訝な顔の三人の前で、ナタリアがガックリと俯く。

「私が十六でマルグレードを出たら結婚って話になっていたのですが……」

 この段階で先が読めたドロテアとココが黙る。

「十四で修道院に入って早々、ココ様のお付きを命ぜられまして……以来六年、還俗たいしょくが認められず……二年前には『いつになるのか判らない』という理由で婚約が破棄されました」

 最後まで聞いていたアデリアも気まずそうに下を向く。

「ふふ……風の便りではすぐに新しい相手が見つかって、半年前に長男が生まれて夫婦仲も順風満帆だそうですよ……」

 焦点の合ってない目でナタリアがにこりと笑った。

「どうですか? 笑えました?」




 罰ゲームのチョイスを失敗したと思いつつも、第三ゲームを始めた四人。

 今度はよりによって最年長ドロテアがビリになった。


 すでに三人は嫌な予感しかしない。


 だけど肝心のドロテアはあら~とか言いながら、意外と平常心に見えた。

「そうねえ~……面白いかは判りませんけど~」

「あ、はい……」

 ドロテアはちょっと考えるようなそぶりを見せてから、楽しそうに語り始めた。

「ちょっとマルグレードここでは珍しいと思うんだけど~。私、家は商人だから~、早くからの許嫁とかいなくって~」

「あ、そうか。貴族ほどは慌てないよな」

「貴族は血を残すのを凄い気にしますからね」

「だから彼とは~、恋愛で~」

「おおっ! やっとまともな恋愛譚が!」

「おいアデル、“やっと”ってなんだよ」

 “意外”とドロテアの恋バナはマトモだった。初めドロテアが語り出した時はビクついていた三人も、面白そうな話に前のめりになる。

「彼とは~、家族公認の付き合いで~。別棟に二人の部屋も作ってもらって~」

「きゃーっ!」

「ほうほう」

「それでね? ある日仕事中に、そこへ忘れ物取りに帰ったら~」

 そこまで語ったドロテアがニコッと微笑んだ。

「彼と知らない女がしてたの~」

 沈黙する三人の前で、楽しそうな口調のドロテアの瞳だけが爛々と輝いている。

「私のベッドで~」




「うふふふふふ……お酒を……誰か、一番強いお酒をちょうだい?」

 一転して泣きじゃくるドロテアを慰められる言葉もなく、顔を見合わせているココたちに……追い打ちのように別の声がかかった。

「あなたたち。消灯時間だというのにいったい何をしているのですか?」

「ひいっ!」

「シスター・アデリア。なんですか、その悲鳴みたいな声は」

「すみません! シスター・ベロニカ!」

 魔女の坩堝みたいなこの状況に、さらに鬼の修道院長。さしものココも額を押さえた。


「なるほど。カードゲームが面白くて時間を忘れていたと」

「はい……」

「すみません」

「悪い」

 一応は反省の意を示す三人を眺め、修道院長は視線を転じた。

「これが、これが飲まずにやってられますか~!」

 院長登場にも気づかず、ドロテアがめそめそ泣いている。

 飲んでもないのにクダを巻いているドロテアからまたココたちに向き直った老修道女が醒めた口調で訊き返した。

「面白くて?」

「あー……あれはちょっと例外で」

 

 カードはシスター・ベロニカに回収された。

「レクリエーションで親睦を深めるのも結構ですが、ここは修道院です。遊具の持ち込みは看過できません」

「そんなぁ……」

「やめろアデル。お小言が追加されるぞ!」

 ココが止めたが、アデリアもせっかく兄が送ってくれた物を没収するというので食い下がった。

「シスター・ベロニカ! 決して修養の場というのを忘れたわけじゃないんですけど! 試しにやってみたら面白すぎたんです! シスターもやってみればわかります! 本当に規則違反とか、そういう悪気があったわけじゃなかったんですから!」

「つい我を忘れたというのは免罪の理由にはなりませんが……どんなゲームをやっていたというのです?」

「は、はいっ! そのゲームの名……」

(おいっ、バカ!?)

(シスター・アデリア!)

 咄嗟に袖を引いて、小声でココとナタリアが止めたが。

「名前がですね!」

 そこまで口走ってしまったアデリアも、二人の小さな警告の叫びを聞いて少し冷静さが戻ったけど……遅かった。

「な、名前……が……」

「名前が?」

 先を促す修道院長、シスター・ベロニカ(四十五歳、独身)。


 シスター・ベロニカ(四十五歳、当然独身)。


 大事な事なので二回言いました。




 翌日。

 マルグレード女子修道院ではカードその他の遊具を持ち込むことは禁止と、新しい規則が通達された。

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