第13話 聖女様は久しぶりに運動をします
何がびっくりしたって、まさに“よりによって”ココが聖女に指名された事だ。
ゴートランド教の本山には伝説の聖女が実在するとは聞いていた。しかし他人様に顔向けできない“商売”をしているジャッカルたちが、まさかノコノコ大聖堂へ聖女を見に詣でるわけにいかない。
そんな縁遠い存在に、全く相応しいと思えない“スパイシー・ココ”が選ばれていたなんて……。
(教会の上層部は頭がおかしいんじゃないか?)という感慨をかみしめていたところへ、ココの「責任者を出せ」発言。
「……」
ココが愉快そうにニコニコ笑って答えを待ってるけど、全く目が笑っていない。
「……」
手下たちが一人残らず、指名されたジャッカルに注目している。
「……」
そこまで見回して、答えを求められているのは自分だという現実にたどり着いた。
一瞬考え込んだジャッカルは……。
恥も外聞も無く、土下座した。
「俺は関係ありません! そこのラダとポンスが勝手にやった事です!」
「お、親分!? そりゃねえよ!?」
突き出された二人が泡を喰って叫んだ。
ギャング団は犯罪者にとって互助組織でもある。ただ“仕事”を皆で行うだけでなく、官憲に追われた時に仲間同士で庇い合うのを血の掟としていた。場合にもよるが通常は、ラダとポンスみたいな協力者も“身内”と考える。
それを頭目自ら追っ手? に売るなんて……。
人攫い二人組も驚いたが、一味の者も動揺した。当たり前だ。
「ボス、仲間を売るってどういうことだよ!?」
「聖女がなんだ! 見損なったぞ!」
ギャングのリーダーは手下たちから力量を見込まれて祀り上げられている。
失望されれば人は離れる。
だから敢えて官憲に楯突いて威勢の良いことを言ったり、男伊達に着飾ったりして見栄を張るのだ。
それなのにジャッカルが外様とはいえ頼って来た人間を見捨てるというのは、これはギャングの頭目にあるまじき振る舞いとしか言いようがない。
一味の信頼関係が一瞬で崩壊し、失望した手下たちに責め立てられるが……それでもなお、ジャッカルは引かなかった。
代々の聖女は虫も殺せないような箱入り娘、たとえ神の力を使えたとしても悪知恵の働く裏社会の住人の敵ではない。そんな連中はジャッカルも怖くない。
だがそれが、かの“スパイシー・ココ”なら話は別だ。
ジャッカルの脳裏をかつての想い出がよぎる。たかが六歳児にえげつない罠を張られ、苛烈な報復に晒され、何度も死ぬかと思う目に遭わされた。
そのココが、魔物を一撃で屠る女神の力を預かった。そして怒っているココが、それを人間に振るうことに躊躇するわけが無く……。
「聖女だっつったって、たかが小娘が一人じゃねえか! なに日和ってんだよ!」
非難する声にジャッカルは叫び返した。
「聖女なんか怖いわけあるか! 俺は、俺はっ……聖女がスパイシー・ココだから怖ええんだよぉっ!」
黙って状況を眺めていたら、どうも弱気になったダニエルを見放して部下どもはココと敵対する流れになったようだ。
「ふむ」
この手の連中が簡単に非を認めるとは、ココも初めから思っていない。
思っていないというか、すぐに両手を上げられちゃったらココの怒りの持って行き場が無い。だから抵抗してくれた方がいい。
ギャングどもの期待通りの動きに、ココはニンマリとほくそ笑んだ。
「よしよし、活きが良くて何よりだ」
今日は楽しい日だ。
残業手当も稼いだのに早上がりできた。
(無断)外出で散歩して、お得に美味しい外食もできた。
さらにおまけで、レクリエーションも待っていたとは。
手に手に
久しぶりに思い切り身体を動かせるのでココも嬉しい。
「こいつらなら手加減もいらなそうだしな。今日は思いっきりやらせてもらおうか!」
そう呟いてココは機嫌よく、持っていた聖なる武器を大きく一振りした。
カンッ!
「ん?」
準備運動のつもりで振ったら何かに当たった衝撃が。
振り返って見たら、どうやら自分のすぐ後ろに棚の支柱があったらしい。
らしい、というのは既にそこに肝心のブツが無いから。
ココのうっかりで支柱がはじけ飛び……大きな棚が軋み始めた。
ココが聖心力で作り出せる“聖なる武器”は教団の用語では“神の鉄槌”や“裁きの神戟”、“神罰”などと呼ばれている。なんだか神話っぽい命名をしたヤツは、いくつになっても少年の心を忘れないバカだったに違いない。ココはそう思っている。
聖心力を実体化した物なので、形も大きさも術者の自由自在。しかも使いやすい程度の重さしか感じないので、人間を超える大きさの物でも薪一本の重さだったりする。
そう聞くと大変便利に思えるが、実際に聖女が使いこなした例は少ない。
初めから偉い坊さんと同程度に聖心力が使える聖女と言えど、この聖武器を実際に顕現させるのが難しい。武器なんか手にした事がない上流階級のお嬢様に、ディテールを細部まで思い浮かべろというのが無理筋だからだ。
だからその話を聞いたココは無理をしなかった。
知らないから作れない。だったら知っているものを武器にすればいい。幸いお嬢様育ちの前任者と違い、下町で暴れまわったココはかつて自分が使った数々の“武器”を覚えている。
今ココが顕現させている光の棒……“聖なる「すりこぎ」”はそうやって生まれた。
屋内で振り回すのにちょうどいいと思って「すりこぎ」にしたんだけど、ふざけた形でも“聖なる武器”なので手に感じる重量感のわりに威力が出てしまった。
「あちゃー」
悪いことにココが支柱を飛ばした棚は、物がたくさん載っていた。歪む音が鳴り始めたと思ったら、もう桁がたわんで棚が崩壊し始めている。
ココがひょいッと避けたら、倒れ掛かる棚からさっそく載っていた荷物が……人間が入れそうな樽が次々と転がり落ちてきた。
初めは驚くような話に呑まれていたけど、よく考えれば聖女だなんて言っても小娘一人。くそナマイキなガキに折檻しようとした男たちは……ココが軽く振った光る棒の一撃で、壁一面の棚が崩れ落ちるのを見た。
いや、ココがやったのは柱を一本折っちゃっただけなんだけど……限界まで酒樽が積まれた棚が荷重で壊れる原因を作るには、それだけで十分だった。
歪んで部品がはじけ飛び始めた巨大な棚から、ゴロンゴロンと中身の入った酒樽が床に転げ落ちてくる。勢いをつけて跳ねながら軽く跳躍した樽の一つが、いとも簡単に下敷きにした木箱を粉々に押し潰すのを見て……。
「……逃げろぉっ!?」
押し寄せる樽の津波を茫然と見ていた男たちは、誰かの叫びで我に返った。
「ぎゃあああっ!」
「助けてくれ!」
必死に逃げようとするが、樽というのはどこに転がるか判らない。しかも狭い室内で跳ねまわり、一度避けたと思っても跳ね返ってくる。
他の樽にぶつかって戻って来る物、壁でバウンドして思いがけない方へ跳ぶ物。当たれば大人の男ぐらい簡単に弾き飛ばされる。はねられればまだいいが、下敷きになれば骨折でも軽いくらいの怪我を負う。
運良く扉の近くにいた男は外へ脱出しようとした。
が、開かない。
「あれ? えっ、なんで!?」
この扉は中から閂をかけるタイプ。他に鍵なんかついていないのに、押しても引いても開かない。
「なんでだよお! 開いてくれよっ!?」
半狂乱で扉を叩く男を避難した棚の上から見つけたココは、のんびり彼の背中に声をかけた。
「あ、扉は開かないぞ?」
「……えっ?」
驚いて振り向く男に、ココは親切に教えてやった。
「お互い邪魔が入らない方が良いだろ? 騒ぎを聞きつけて外から警吏が入って来ないように、扉は全部聖心力で鍵かけといた」
外から入って来れないということは、中からも出られないわけで。
「……余計なことをぉぉっ!?」
絶望の叫びを上げた次の瞬間、男は飛んで来た樽にはね飛ばされた。
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