第11話 聖女様は旧知の知人と再会を果たします
交互に動く気配があるから、おそらく二人。こちらの隙を窺っているというよりは、他人に見られないようにタイミングを計っているような感じがする。となれば聖女と判っての暗殺じゃなくて、
「私の懐にゃあ、盗るような物もないんだけどな」
市場の付近は活気があって下町でも有数の繁華街だ。
だからこそ出来心の万引き犯から強盗殺人の常習犯まで、猥雑な喧噪の中には油断ならない連中がうごめいているのは庶民の常識だ。元々そっち側のココが言うんだから間違いない。
だからココは、抜け出して来る時に余計な金は持って来ないようにしている。現に今、手持ちは使い残しの銅貨一枚きりしかない。
辻強盗に遭った時、いくらか渡した方が命だけは助かると主張する人もいる。
だけどそれも考え方次第で、ココはむしろみすぼらしい身なりで“明らかに金を持ってません”と主張する方が良いと思っている。いい服を着ていたら、殺されてそれも引っぺがされることもある。相手に戦果を期待させないためには、獲物に見えないのが一番だ。
「それにしても、こんな見るからに貧乏人の私を狙うとは……まったく、ヤレヤレだな」
ストリートチルドレンの先輩として、ココは見る目のない後ろの連中にがっかりだ。
しかし呑気に批評している場合じゃない。もう日が暮れる。
いつまでもついて回られてはかなわない。大聖堂に壁を登って入って行くところも見られたくないし、そもそも尾行を逆に監視しているのもかなり疲れる。
何処かで撒くか、待ち伏せして叩きのめすか。市場の自警団はスリや万引きに対応するので手いっぱいだ。まだ起きてない犯罪にまで関わっている余裕はない。
それにしても。
(いったい、いつまで見ているだけなんだ……)
奴ら、思い切りが悪すぎる。
一度気になると、ココは焦れてイライラして来た。
今まで下町グルメを堪能する方に忙しかったから気にしてなかったけど、本当はココちゃん気が長い方じゃないのだ。
このまま出方を待っていたら朝になってしまう。
「……よし。早いところ用件に入ってもらおう」
それで、思いっきりタコ殴りにしてさっさとおさらばしよう。
ココは向こうが仕掛けてきやすいように、自ら隙を作って見せることにした。
市場から離れてすぐの裏通りで、ココは建物の入口に腰掛けた。
表通りから一本裏に入って人っ子一人おらず、賑やかな地区の中にぽっかり開いた無人の場所。
(さあ、舞台は整えてやったぞ?)
ひと気が無い。
しかも油断している。
ここまでお膳立てしてやって、まだ思い切れなかったら犯罪者は向いてないので転職をお勧めしたい。
ココが巾着袋を覗いて中身を確かめるふりを始めると、やっと連中は足音を忍ばせて駆けてきた。勘所が悪いわりには足音の消し方はなかなか巧い。
(はー、やれやれ。手間のかかる奴らだ)
ココも俯きながらタイミングを計る。
まず奴らがココを取り囲む。
顔を上げたココを脅し始めたら、下から脛を蹴り上げて転ばしてやる。
二人目も驚いているうちに石が入った巾着袋で殴り倒す。
メチャクチャに蹴りつけて、向こうが茫然としているうちに啖呵を切って逃走。
うん、完璧。
そこまで考えたココは男が二人、自分を挟んで立ち止まる気配を感じた。
(よし)
想定していた手順通り。
ココは普通の子供みたいに、気配に気がついた感じで頭をあげようとした。
いきなり視界が無くなった。
「……あれっ?」
ココが袋をかぶせられたと気がついた時には、袋の上から猿轡をかまされて足首も縄で縛られていた。
呆気に取られている間に身体が宙に浮きあがり、粉袋みたいに肩に担がれたのが判った。
「汚ねえガキだがツラは良かった。結構高く売れるんじゃねえか?」
「ああ、期待できるぜ! よし、走れ!」
(あー……そっちかあ……)
馬車どころじゃない揺れの中で、ココはやっと合点がいって思わず呻いてしまった。
こいつら、強盗じゃなくて人
◆
ビサージュ王都の下町のいくらかを
腹心の部下二人と軽く一杯始めようとしたジャッカルに、外から顔を出した見張りが声をかけた。
「ボス、ラダとポンスが来てます。娼館に繋ぎをつけて欲しいそうで」
「あぁ? あいつらが娼館だと?」
門番が来訪を告げたのは、安い女郎宿に拐かした女を売り飛ばす二人組だ。完全に下に入っているわけではないのでジャッカルの「広場」一味とは言えないが、仕事があれば協力する関係ではある……だが。
「娼館て……あいつら、何ナマイキ言ってんだ?」
側近たちも訝しげに囁き合う。
ラダとポンスが調達する女は質が悪い。行き当たりばったりでその辺の下町女か村娘を攫ってくるから、行き届いた女が売りの娼館になんてまず買い取ってもらえない。ああいう上のランクの店に売る女は、二人のような人攫いでは無理だ。困窮した中産階級に因果を含めて、娘を買い取る女衒の領分になる。
「あいつらにまともな仕入れができると思えねえけどな」
ジャッカルが首を捻りながらも通すように命じると、待つほどもなく馴染みの“外注業者”二人がデカい荷物を持って入って来た。
「どうも、ジャッカルさん!」
明らかに人間(足生えてるし)な荷物を下ろしながら挨拶をする二人へ、ジャッカルと側近は胡乱気な視線を飛ばす。
「おい、娼館を紹介してくれって言うけどよ。おまえらにそんな上玉が用意出来るとは思えねえんだが」
「いや、それがっすね」
ガタイがいいラダが“荷物”を覆っていた袋を取り去った。
出て来たものを見たジャッカルたちは、愁眉を開くどころか一層眉間の皺を深めた。
「……おめえら、これ……」
“自慢の収穫品”を見に集まって来た手下たちも、がっかりする者や冷笑を浮かべる者など、仕事ぶりを評価する者が誰もいない。
当たり前だろう。ラダの誘拐してきたのはどう見ても問屋かどこかの使いっぱしりの小娘だ。娘と言うより、子供。
「……こんなの売りたいって、どこに紹介しろって言うんだよ。小汚ねえのはともかく、いくら何でもガキ過ぎるだろ」
顔がどうの、教養がどうの以前に体つきが“女”になってない。こんな子供、娼館どころか女郎宿でさえ食指が動くと思えなかった。
不機嫌を通り越して哀れんだ目で見て来る親分に、人攫いの二人は慌てて弁解を始めた。
「いやいやいや、コイツの顔を見て下さいよ!」
ラダが掴み上げて立たせた少女の顎を、ポンスが摘まんでジャッカルの方へ顔を向ける。
「確かにまだ年は若すぎますがね、よく見りゃ綺麗なツラをしてるでしょ!? ガキだから逆に、今から仕込めば年頃には店の顔になるってもんでさ!」
「そんなことを言ったって、このガキが物になるまで何年かかるんだよ……四、五年も無駄飯喰わせる余裕なんか、娼館にだって……」
抜けたことを言い出すポンスに渋い顔をしながら、ジャッカルは女をよく見てみた。
女は急に攫われてショックが抜けないのか、騒ぎもせずに茫然とジャッカルの顔を見ている。
顔はポンスが言う通り、意外なほど整っているが……いかんせん日焼けしていて高級な店には並べられない代物だ。身なりも安っぽいし、下町っ子にしても小汚い。あまり丁稚の扱いが良くない店で働いていたようだ。
それはともかく。
(……なんだ?)
ジャッカルは、何故かこの女に見覚えがあるような気がした。
知っている顔ではない。それなのになぜ、既視感を感じるのか……?
どこから誘拐してきたのかポンスに訊こうとジャッカルが口を開きかけた時、いきなり女が彼を見ながらしゃべり出した。
「どこかで見た顔だと思ったら、おまえダニエルじゃないか」
「!?」
自分を驚いて二度見する髭面の若い男を、ココは懐かしく思いながら眺めた。
ココがこの街で一匹オオカミだった頃、コイツはそれなりに大きなストリートチルドレンのグループを率いていた。ゴミ箱漁りの利権をめぐって、ココとコイツは何度も衝突したものだ。
どうやら順調にステップアップして、今ではギャングの頭目に納まっているらしい。
「おめえ、いったい……誰だ!?」
「おいおい、ご挨拶だな。おまえとは肉屋横丁の残飯漁りで何度も殴り合ったじゃないか」
ココの言葉を聞いて、心当たりがあったのかギャングのボスの顔色がハッキリ悪くなる。
「おめえ、まさか……スパイシー・ココかっ!?」
「おうよ。久しぶりだな、古馴染み」
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