第20話 聖女様は自分に合った仕事を探しておられます

 ココは芋を台の上にたくさん並べ、何も持っていない手元に力を入れた。

 ココ自身が一瞬まばゆく光る。そして光が消えた後のココの手には、青白く光る炒め鍋フライパンが……。


 バァンッ!


 ココが軽く振りかぶった炒め鍋が叩きつけられ、作業台が衝撃で揺れる。

「うん、さすが聖心力で出した“聖なる炒め鍋”。イイ感じに潰れてる」

 いざとなれば魔物の頭でも叩きつぶせる“神の武器”。破壊力は抜群だ。

 気を良くしたココは桶をひっくり返して芋を補充する。

 作業方法はバッチリ。次に大事なのはイメージトレーイングだ。思い切りよく鍋を叩きつけるには、気持ちよく振りぬける想像をしなくちゃならない。

「こう、大量の芋を……」


 大聖堂を埋め尽くす“教皇ジジイの大群”と思い込めば。


「ジジーイ!」

 ズドォンッ!

 ココの会心の一撃は作業台を埋める多数の芋ジジイを粉砕し、ついでに耐え切れなくなった作業台の脚も粉砕した。




「いや、な? ムカつく野郎ジジイの顔を芋に重ね合わせて叩くと、作業が早いし楽しくなってくると思ったんだ。な、判るだろ? ナッツ」

「理屈は判りました」

 ココは襟首を摘ままれてナタリアに引きずられていた。

「その発想の是非はさておき」

「まずかったか?」

「色々と。ですが問題は他にあります。なぜ出て行けと言われたのか、考えてみて下さい」

「うーん、なんで厨房を追い出されたんだろう?」

「作業台を叩きつぶしちゃったからですよ! 作業の邪魔をしちゃったら本末転倒でしょう!?」

「それは謝っただろ? ちょっと失敗しちゃったけど、あれだけ芋の数があったら効率良くやろうと考えるのも仕方ないじゃないか」

「作業効率も重要ですが、他の人間の手間を増やしたら何にもならないんですよ!」

「だからその分もっと頑張るって」

「遅いです。『手が増えるより仕事が増えそうだから、今後聖女様の手伝いはもう結構です』って言われちゃいましたよ!」


 ナタリアに連れられたココは、今度は裏庭に連れてこられた。修道女が思索しながら歩き回る庭園ではなく、あくまで作業場として空けてある空間だ。

 空地の片隅に切り株があり、横に細かく割る前の太い薪が積まれていた。

「この薪を手斧で割ってくださいとシスター・ベロニカが」

 ナタリアが次にもらってきた仕事は男性がやるような薪割りだった。

「普段は修道院の外で割った薪を使っているんですが、納品が間に合わない時の為にいくらか積んであるんだそうです。ちょうどいいからこれを割れと」

「シスター・ベロニカの嫌がらせじゃないよな?」

 ちょっと十四歳の女の子にやらせるには重労働だけど……。

「……まあいいか。さっきの芋潰しと要領は一緒だ」

 ココは一つ頷くと、袖をまくり上げた。


 ゴートランド大聖堂は教団の本拠地であり、教皇庁その他の重要施設も併設されている。その為ビネージュ王国の王都中心部という治安の良い立地にありながら、王国の許可を取って聖堂騎士団と警備兵が配置されている。他宗教や異端による攻撃から金目の物を狙った不埒者まで、大聖堂(というか教皇庁)を脅かす敵には事欠かないからだ。

 そんな重要施設を守る彼らも、今日ばかりは困惑して何もできずにいた。

「おい、これはなんなんだ?」

「判らん……確認に走った兵はまだ戻ってこないのか」

 景気よく何かを壊す甲高い音と、若い女のおかしな雄叫びが高い石塀の裏側から聞こえてくる。


「くぅたぁばぁれぇぇ!」

 パカーン!

「クゥソォジィジィイィッ!」

 パカーン!

「アハハハハハハ!」

 パカーン!


「ここの裏はマルグレード修道院だな!? 悪魔憑きのシスターか!?」

「伝令はまだ戻らないのか!? くそっ、状況がさっぱりだ!」


 パカーン!

「たーのしー!」




「ナッツ。なんでどいつもこいつも私が働くのを邪魔するんだ」

「むしろ私が、なぜ高笑いしながらじゃないと作業ができないのか訊きたいです」

 ココは再びナタリアに襟首を掴まれて引き戻されていた。

「うむう。私の荒ぶる勤労意欲が溢れ出てしまった。仕方ないよな?」

 全然反省していないココに訊かれ、ナタリアはもう自分が叫び出したい気持ちで胸がいっぱいになった。

「仕方なくないです! あれ絶対教皇猊下に見立てて振り下ろしてましたよね!? 外で聞いていた警備の人たちに釈明するの、すごい大変だったんですよ!」

 ナタリア、もう涙目。

「もうちょっとで事情を知らない人たちにまで、素のココ様の事がバレるところだったんですからね!? 気を付けてください!」

「見える範囲は確認したぞ? 塀の裏で盗み聞ぎしている奴にまで気を使えるか」

「盗み聞きどころか、聞く気が無くてもガッツリ聞こえてました! この件で私、シスター・ベロニカに後で呼ばれてるんですよ……あああ、また監督不行届きで叱られる……」

「警備の連中も胆力が無いよなあ。怪しい叫び一つで怯えているようじゃ、墓場の見回りなんてできないだろう」

「原因が偉そうなこと言わないで下さいます!?」




 厨房の手伝いがダメ。薪割りもダメ。

 身体を使うだけの単純作業でさえ問題を起こしてくれて、さすがの修道院長もさっきから頭痛をこらえるようなポーズで動かない。

「……シスター・ナタリア。何か、意見はありませんか?」

 シスター・ベロニカはその後の言葉を飲み込んだが、ナタリアの見たところ「私はもうさっぱりです」と言う感じのことを言いたかったんじゃないかと思えた。

 意見を聞かれてナタリアも考えてみるけど……院長以上に社会経験が無いのだから、それ以上の案なんか出てくるわけがない。

 でも、聞かれた以上は代案を何か出さないと。

「何か……何か……」

 ナタリアは必死に考えているうちに、ココが保護される前に外でやっていた仕事を数え上げていたのを思い出した。


 ・靴磨き(聖女にさせるのか?)

 ・かっぱらい(論外)

 ・空き巣(論外)

 ・荷運び(修道院内にそんな仕事はない)

 ・抜き取り(論外)

 ・万引き(論外)

 ・盗み食い(論外)

 ・置き引き(論外)

 ・ゴミ箱漁り(論外)


 院長とナタリアで検討してみたら……実質一択だった。




「というわけで……すみません、聖女様にしてもらう仕事じゃないのは重々承知なんですが……」

 ココの前に、あちこちからナタリアがかき集めてきた靴が十足ばかり並んでいる。

 修道院内は基本土足なので、修道女たちも昼間の今は靴を提供するわけにはいかない。ここに集まっているショートブーツは履き替え用の予備や儀式用の物だ。

 説話じゃあるまいし、ヒラ修道女の靴を教団トップ級の聖女が磨くなんてありえないけど……これしかやらせられる“仕事”が無いのだから、どうしようもない。


 ココの方は偉ぶる性格じゃないので、別にメンツも何もどうでもいい。久しぶりに靴磨きと言われてテンションが上がっている。

「よーし! ワックスも用意してあるし、ピカピカにするぞ! 期待しておけ!」

「はあ……よろしくお願いします」

 靴磨きに意気込む“女神の代理人”に、一応修道女のナタリアとしては何と言っていいのやら判らない。一方のココは道具を並べてウキウキだ。

「それにしても、きちんと磨くのはずいぶん久しぶりだな。町でやる時はクイックケアばっかりだったし」

「何か違うんですか?」

「街角で靴磨きをやる時はな、急いでいるヤツに頼まれて目立つところだけササッと磨くのが多いんだよ。えーと……ナッツ、ここに片足のっけて」

「はあ」

 ココに指示され、ナタリアは小さな木箱を踏みつけるように片足を載せた。その前にココがしゃがみこみ……。

「お客さーん、コイツはなかなかの逸品ですね? 馬革の……コードバンっすかぁ、いやあ、お金持ちですね! 羨ましい! そんなお大尽様にこんな貴重な靴を触らせてもらうなんて、あたしゃ職人冥利に尽きるってもんで……」

 立て板に水で口上を述べながらナタリアの靴の甲を布巾でこすり始めたココを、ナタリアが泡を食ってストップをかけた。

「ココ様!? それダメです! 絶対ダメ!」

「なんで?」

 ココはナタリアのつま先と顔を交互に見た。

「同じ靴じゃないか。ってだけだろ?」」

「下々の靴を磨かせるだけでもアレなのに、その下々の前に聖女が膝をついて媚を売りながら靴を磨くなんて……教団の秩序がひっくり返ります!」

「さっきから私、その下々ナタリアさんに首根っこ掴まれて引きずられてばかりなんだが……」

「とにかくダメです!」


「うーん……たった十足じゃ、あっという間だなあ」

 靴磨きは、実はワックスの脂を革に染みさせる工程に一番時間がかかる。工程と言ってもワックスを粗く塗って、浸潤するまで放置するだけ。逆に言ったらその待ち時間を無駄にせず、他の作業をできればかなり短縮になる。

 ほとんど同じ形、同じ色、同じ革靴。流れ作業でやってしまえばあっという間。気分が乗ってきたと思ったら、もう終わってしまった。

「うーん……物足りない」

 そう言いながら顔を上げた、ココの視線の先には大聖堂への連絡通路が……。


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