第19話 聖女様は汗を流して働きたいです
聖女の一日は忙しい。
朝起きたら、まずは
それから修道院の者総出で清掃、礼拝。それが済めばやっと朝食。
どこかで慰問があればすぐ出発。そうでなければ教師が来て勉強か修行に入る。
昼食を取ったらまた勉強か修行。
夕食を取ったら修道女たちと一緒に、今日一日の平穏に関して感謝の礼拝。
以降は
風呂は順番リストに沿って、この時間中に交替で入る。立場上ココが一番偉いので、用事が無ければ一番風呂になる。ココが一人で入ると湯舟に飛び込んだ勢いでそのまま出て来てしまうので、大体監視のナタリアが一緒に入って押さえつける。
消灯時間になったら個室に灯火を残すことは許されず、全員ベッドに入らなければならない。当然聖女もだ。
普通の修道院は火事や泥棒を警戒して夜直を立てるのだけど、マルグレード女子修道院は周りを大聖堂に囲まれている関係で特に不寝番は立てていない。大聖堂の警備が厳重だから、さらに中にある修道院は不審者が侵入する恐れが無いという理屈らしい。
なお大聖堂の行事や教皇庁から依頼の仕事があれば、日課はこのスケジュールの限りではない……。
「要するに毎日毎日、勉強と修行しかしてないじゃないか」
聖典を読むのに飽きたココがぐちぐち言うのをナタリアがたしなめた。
「修道院ってそういうものでしょう? 女神にお仕えしながら己を見つめ直し……」
「それにしたって
「はあ」
ナタリアにはココの言う違いが分からない。
「他所は違うんですか?」
「他の修道院は労務があるんだ。畑を耕したり工芸品を作ったり、孤児や病人の面倒を見たり。労働が日課に組み込まれているんだ」
「ああ、確かに……うちは清掃ぐらいですかねえ」
ココに言われてナタリアも考えてみれば、慰問先の修道院はもっと野良仕事みたいなことをしていた気がする。そもそも家でもそんなことをした事が無いナタリアは、どこか別世界の事みたいに見ていたのだけど。
「ナッツ。この修道院の朝の清掃は、世間一般じゃ掃除と言わない。ありゃ身の回りの整理って言うんだ」
一方のココにしてみたら、ナタリアの挙げた“清掃”なんか鼻で笑っちゃうような代物だ。
修道女たちは自分の居住区画を片付けて、祭壇の聖具を布巾で拭くぐらいしかしてない。日常清掃は
マルグレードは所属する修道女がみんなお嬢様育ちなので、やる事がどれもこれも甘々なのだ。
つまりココは何が言いたいかというと。
「あー……まともに働きたい……」
うんざりしたココの愚痴に、ナタリアが首を傾げた。
「ココ様も働いているじゃないですか。修道院の修行を抜きにしても……大聖堂の式典や施設の慰問、王宮の儀式に招かれることだって」
「それはそうなのだがな」
ココも自分が働いて無いとは言わない。同い年の少女の中では、結構忙しい方だと思う。
ただ、やっていることは
「なんか……ほら、こう……なんていうか、いかにも働いているみたいな事がしたい」
いつもやる気が無く見えるココだけど、労働意欲がないわけじゃない。宗教的なことに熱心でないだけだ。聖女だけど。
「一日良く働いてこそ、飯が美味いって感じるものなんだよ。今はその働いてる感が無い」
特定の職業についたこともないココに、何か技能があるわけじゃないけど……今の環境は“働いている”っていう実感に乏しい。もっと生産的な事をしたい。
ココの考える“働く”は市場で見たソレだ。だから修道院の頭しか使わない課業はどうしても違和感を覚える。実は根っからの
「奉仕活動や聖典の朗読ばかりじゃ物足りない。何か物を作るとか、いかにも仕事してる感じのがしたい」
「バチあたりですね……つまり、肉体労働系がやりたいと」
ココの希望は判ったけど、ナタリアが考えてもココにやらせる労働が思いつかない。
「
「そうか。えーと……もうずいぶん昔の事だし、何やってたっけな」
ココが宙を睨んで、口の中で何かリストアップを始めた。ナタリアが耳を澄ませて聞いてみると。
「靴磨き、かっぱらい、空き巣、荷運び……からの抜き取り、万引き、盗み食い……置き引きとゴミ箱漁りもあるかぁ。ああ、なんだ。そういうのをやればいいのか」
「絶対ダメです!」
「なんで?」
「ココ様、今は聖女なんですよ!? もっと真っ当な人間がやる仕事を選んでください!」
「真っ当な人間がやる仕事? どれも額に汗して働いている仕事ばかりじゃないか」
「そういう意味ではなくて!? 合法なものでお願いします!」
慌てて静止すると心底不思議そうに問い返してくるココを見て、これは任せておけないとナタリアは悟った。
「私が何か探してきますから! いいですね、絶対余計なことはしないでくださいね!?」
◆
ココがナタリアに連れてこられたのは、修道院の厨房だった。
「ここで仕込みの手伝いをして下さい。話は通してありますから」
「ふむ」
ナタリアが修道院長に許可をもらいに行ったついでに相談して、紹介された仕事がこれだった。
院長いわく。
『日課に飽きただけですよ。遠目には面白そうに見えても、きつい作業で現実を知れば不平を言わなくなるでしょう』
お子様の我がままだとシスター・ベロニカは言うのだけど。
(そうかなあ……何か、嫌な予感がするんですよね)
心配性のナタリアは、そんな簡単な話では無いような気がして仕方ない。
そんなお付きの気持ちを知ってか知らずか。
周りを見渡したココは腕まくりをして、元気に声を張り上げた。
「よーし、いっちょ頑張りますか!」
ココの方はやる気があるのだけど、預かった料理長の方は何をやらせるかで頭を悩ませた。
聖女の肩書を抜きにしても、そもそも厨房で初心者にやらせられる仕事はそんなにない。
技術のいる調理はもちろん、刃物を使う作業もまずい。かまどの火の番も慣れていなければできるものじゃない。
消去法で色々考えた結果、ココに用意された仕事は。
「それじゃ聖女様、この作業台で芋を潰してください」
監視係の料理人は桶から蒸かした芋を一つ取り出すと、マッシャーで叩いてから丁寧に欠片も残さず押し潰した。五十人近い修道女と裏方が二十人ぐらい。七十人分ともなるとかなりの分量が必要で、潰す芋も桶が六つにもなる。
「
「贅沢だな。芋なんか丸のまま食わせれば?」
「貴族の家じゃ
「ふーん。それじゃ仕方ないな」
ココも別にどうしても合理化したいわけじゃないので、大人しく引き下がって作業に取り掛かった。
ゴン! グニグニ。
ゴン! グニグニ。
ゴン! グニグニ。
ある程度の数を潰したココは、まるで減った様子が無い残りの芋の山を眺めた。
「……うちの女ども、食い過ぎじゃないのか?」
単純に人数が多い。
蒸かした芋が温かいうちに潰さないとならないけど、綺麗に潰し切れたか確認するのが意外とめんどくさい。
ココは単調作業にメリハリを付けられないか考えた。
「なにか、作業が楽しくなるやり方は無いかな」
こう、自然に体が動いて目的意識が湧いてくるヤツ。芋をどんどん潰したくて夢中になれるようなアイデアが……。
閃いた。
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