オオカミと月と深い霧 - tacica


 今日はtacicaタシカで最も好きな曲を取り上げます。よくtacicaタシカはBUMPに似てると言われるのを聞きますが、Vo.猪狩さんの声は特徴があるので基くんの声とは違うように聞こえるんだけどなぁ。どうでしょうか。


 この曲は高校生の時に友人がカラオケで歌っていて「なんだこの良い曲は?!」となって、tacicaの中でも不動の地位を築いた思い出深い曲です。高校時代は細くていじられていた彼も、いまでは恰幅のある社長さんのようなだらしない体型になってしまって、色々と感慨深いです。今でも僕は彼が好きです。いらんことをして「めんどくさい」と呆れられるのが好きです。


 さて、この曲の主人公はオオカミ。宵に獲物を狩って生きる獣。そうした生への在り方への苦悩を描いています。


 ――――――――――


 重量制限されてる枝から今日が終わるのを確かめて

 いつかの獲物にさえ狩られる日の夢を見て また目が覚めた

 随分前から森で息をする木々は云う 「まだ生き足りない。」

 朝が不安で夕べからちっとも フクロウは鳴かないでいる


 ――――――――――


 森の中では圧倒的強者であるはずのオオカミ。しかし、獲物である草食動物たちにさえ狩られる夢を見ています。森を成す木々は自分にとっては途方もない時間を生きてきたはずなのに、まだ生き足りない、なんて宣う。生態系に君臨するフクロウは何も云わない。霧が立ち込める夜の暗闇の中、ひっそりと息を殺して佇むオオカミの息遣いがそばで響きます。


 ここでは、自分の小ささというのか、森の中にはものさしとなるような生物が存在していないような、全てが自分とは異なるような、寄る辺の無い孤独感を感じます。しっとりと静かに声が響く冒頭も、控えめに流れるドラムとギターの音も、全ての雰囲気が夜の森を想起させます。


 では、このオオカミは何に怯えているのでしょうか。


 ――――――――――


 闘った上で勝ち取って 培ったモノ全部背負って

 優越感か? 罪悪感か? どちらの僕も今はシロではない

 此処に立って空の表情を”忘れない”と吠えるよ

 臨む朱色あかいろを辿るための夜を


 ――――――――――


 怯えているのは「生きること」ですね。


 オオカミが獲物を狩る。そして、食べる。温かな血。冷たくなる身体。培ったのは自分の身体。食べたもので出来た身体。何かを殺して得た身体。その身体は決して白くはない。そうして生きるしかない自分の生に怯えているようです。


 だから、獲物をしとめた時の朱色あかいろを目の前にして、命の火種が消えて行くその時の空の表情を、その瞳の中の輝きを忘れないようにしようとしているのだと思います。


 ――――――――――


 忘れたくないんだって程 忘れちゃうんだいつかは

 眠らないで貰った記憶 離れないんだ いつでも


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 でも、そんなものは言い訳だとも理解しています。かつて自分が殺した相手も、その時の情景も忘れてしまう。「怪我をしたりとか、怪我させたりを繰り返すことで悔やむ記憶も、貰ってくから朝が眩しいんだろう。」とオオカミが言うように、後悔を繰り返した記憶は消えてくれない。


 僕はこのようなオオカミの感傷を他人事だとは思えません。僕はかつて『「いただきます」は、あなたを殺します、みたいな』と荒川弘さんが仰っているのに感動しました。僕はお肉が好きです。お魚も好きです。(一部の)お野菜も好きです。食べることが好きです。つまり、何かを殺して自分の糧にすることが好きです。

 生きている以上、食べるという行為からは逃れられません。光合成が出来る人類にならない限りは、動物であれ、植物であれ、そこにある命を消費しなければ生きられません。それは、人間に関わらず動物における自然の摂理でしょう。だから、僕は人間が動物を食べるのは特段残酷だとも、罪だとも思いません。動物という生命の構成要素には殺生が必要なのです。とはいっても、僕は他の生物の為に殺されるなんて勘弁だし、自ら進んで身を切って差し出すような聖人でもない。


 だからといって、そこに慈悲が無い訳ではない。生きたかったであろう生物の命の灯火を感じていない訳ではない。だから、最後のオオカミの夢は僕に響くのです。


 ――――――――――


 月が僕に差し出してみせる両手 痛かったから知る本当は

 擦り切れたまま残る駄目な日も 全て在って僕だって思える

 灯る命火 爪のその先に宿る意思となら眼は開かれて

 また歓びと深い霧の向こうで”生きたい”と小さく夢を見る


 ――――――――――


 tacicaの曲の中でも、この曲は文学的な匂いを強く感じます。物語性が強く、情景が浮かぶ。深く霧が立ち込める森の中、銀に輝く月の下で朱い血が流れゆく。そこで、哀しく吠えるオオカミ。


 そうした物語を力強く真っすぐな声で歌います。高校生の時、僕はそのメロディーと盛り上がりが好きでした。


 でも、今はこの曲を聞いた後、ある思いが湧き上がります。

 いただきます、と心から言える人になりたい――と。

 

 生きることとはどういうことか、考えさせてくれる曲です。

 

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