あの夏へ - 久石譲
ジブリは好きですか?
僕は何度もジブリ展へ足を運び、原画やレイアウトをまじまじと眺めてきたジブリ好きです。作品ももちろんですが、僕は久石譲さんの音楽もたまらなく好きです。
そして本日は、飛ぶ鳥を落とす勢いであった「君の名は。」でさえも届かない興行収入を叩き出し、邦画ランキングトップに君臨し続ける王者「千と千尋の神隠し」の曲を取り上げます。
千と千尋はカテゴリーで言うと、ライトノベル界でも大ブーム中の異世界ファンタジーでしょう。迷い込んだ異世界で両親を取り戻すために、奮闘する少女の(成長)物語――でしょうか。その中で少女は両親のみならず、自分の名前も、過去の記憶も、大切な命も取り戻してゆきます。
そして、この物語は、「あの夏へ」から始まります。
映画を見たことがある人ならどこかで聞いたことがあると思います。はっきりと記憶に残っていなくても、曲名を聞いて全くメロディーが浮かばなくても。――例え映画を見たことがなくても。この曲の良さは伝わると思っています。
シンプルなメロディーライン。
ですが、そこには確実に夏の面影がある。主旋律に入った最初の十音で、誰もいない夏が見えてくるようです。断崖絶壁に聳え立つ湯屋。煙突からもくもくと黒い煙を吐き出して、巨大な橋を架けて姿を構える楼閣は巨大で、趣があって、現実味がありません。その背後には、青い空と入道雲。空の色を反射した見渡す限りの海。水の上を電車が波を作って駆けていきます。遠い夏の海です。
あの夏へ。
タイトルは夏に志向しているのですが、どこか夏の残響を感じます。映画を見たことがある人間が持つイメージに引き摺られているのは理解していますが、それでも。僕はこの音楽は来たる夏に向かうだけの音楽とは思えません。
あの、夏へ。
なのです。
両親が豚になった恐怖の夏。
人間ではなくなった覚悟の夏
神様たちが疲れを癒す湯治の夏。
大切なものを思い出したひと時の夏。
二度と戻れない、あの、夏。
なのです。
曲名にそんな不思議とノスタルジーが含まれているように思えます。時は二度と巻き戻りません。そして、僕たちはそれを理解しながらも、どうにもできずに流されて行きます。
神隠しにあった、あの夏。
本来、神の領域とは、異世界とは、人間が相容れない峻厳たる自然の世界です。行けば二度と人間に戻れないような不可知の世界です。人間が相容れない世界を振り返ってはいけない。
しかし、そこで出会った水の温もり。川の恩寵。思い出しても淀まずに流れていく清らかな過去。まるで、夢だったかのような微かな記憶。
でも、確かにそこにあった経験。
それは多分、誰もが持っていて、どこかで覚えている。
だからこそ、この曲名なのでしょう。
千と千尋がここまで人々の中に感銘を与えるのは、この、どうにもならない時の流れと、空気のように薄い記憶を否応なしに感じさせるからでは無いかと思います。
銭婆もこう言い残します。
一度あったことは忘れないもんさ。思い出せないだけで――。
今やもう、微かになったあの場所へ。
決して忘れてはいけないあの時へ。
あの夏へ、帰りたくなります。
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