傍点があまりに適当

「私、が足りないと思うんです。


 私は思わずゴクリと生唾を飲む。


「ど、のことを言っているんだい」


 彼女が店のアルバイトになってから半年、客足はになっていた。





 採用して一ヶ月くらい経った頃だろうか。店の雰囲気にも慣れてきた様子の彼女と店裏で面談をしたのがだった。


 大人向けのカフェなんだから店員も「」を着るべきだとアイデアを出してくれた彼女にウェイトレスの制服を刷新させてみたところ、なんともセクシーな露出の多いエプロン姿を提案され、「大人ってそういう意味なのかい?」と指摘はしてみたものの、いざ実践してみると客足はした。




 私は大人の男に向けてなメニューを出すカフェバーを運営していた。


 コーヒーは注文を受ければところから始めるし、ウイスキーはを提供していた。ハンバーガーのミートパティは低温熟成させた牛肉をにし、あえてで焼いて旨味たっぷりで提供していたし、テーブルに置く胡椒はわざわざに行っていた。客が望めば食後にだって出した。


 おかげでだったけれど、こだわりが強くてが寄り付いてくれた。カフェバーにしては(ちょっとしたレストランで新作のコース料理を食べるくらいの額だ)でも、彼らは気にせず気前よく支払いをしてくれた。たぶんもあるのだろうが、昨今、客に媚びてばかりの店が増えたなか、静かで簡潔でくぐもった環境とソリッドな食事が、を求める彼らに刺さったのだと思う。「、なかなかなくてね」ある客は言った。




 、だ。男相手だからってはないだろうと思っていた。硬派を求める彼らからしたら胸元をはだけたり、脚をめいっぱい見せびらかしたり、ややもすれば下着と勘違いしそうなエプロン姿を見せるなど、。下手をすればクレームがついて客足が遠のくのではないかと危惧していた。


 しかし彼女は店長である私のを、人差し指の腹でするりと撫で、「こないだ、試しに自由にやらせてくれるって」とこともなげに言った。店柄もあって礼儀を重んじる私だったが、不その指先に勝てなかった。沈黙に耐えかねて一週間の期限をつけ、彼女のアイデアを採用してしまった。





 結果、


 私の心配は杞憂だった。





 しかし意外だった。あんなに硬派な雰囲気を愛している男性客たちが、ひらひらとしたピンク色の(こんなことを言うのは私が偏った思考の人間だからに違いないが)ややもすればの従業員を好んで来店するとは。


 彼らはウェイトレスの制服が変わったからといって。注文されるメニューも変わらなかった。


 いつも通り静かに店のドアを開けては、それぞれがだいたいのように決まったメニューを注文した。あるものは飲み、あるものはベーコンレタスサンド(使)をギネスビールで流し込み、あるものは葉巻を燻らせながらを嗜んだ。





 店はだった。





 ただただ客の人数だけが増え、静謐なくぐもった店内を、ピンク色の肌を露出したウェイトレスたちだけが、な雰囲気で闊歩していた。とても不思議な気分だった。


 アルバイトのウェイトレスはで、制服のアイデアを出した彼女を含めいた。露出の多い制服などが、事前に彼女がをつけて提案したところあっさりと受け入れられた。従業員によっては「」とをいっていた。


 なんだかに摘まれたようなった。


 客足が増えたおかげでが出てきた。もともと独り時間を満喫するため客と客のあいだを離していたのだが、客足が二倍に増えて臨時の席数が増えた結果、。これではになってしまう。


 を呼び、しながら、ああでもないこうでもないとところ、の彼女がやってきて「距離など取らなくていいから、にして、を作ってくれ」とを出した。


 ? 独りの時間を楽しみに来る客がと来るわけがない。それともでもさせるのか? そんな鹿な。ばかりが頭に浮かんだ。内装デザイナーはから解放される言わんとばかりに「いいですね、それだとはお客さんが入ります」としていた。


 二人きりの時に彼女にわけを聞くと、顎を撫でられながら「こないだの、」とだけ言われてしまった。私は彼女の提案に逆らうことができなかった。




 そしては当初の四倍に




 ウェイトレスが足りずにした。キッチンスタッフとバーテンも追加した。店はで、来る客もだった。。そこの間を静かにたち。


 売上は上がり、を出してもしていなかったほど回ってきた。わからなかった。ようなしてきた。

 だんだんとイトに来てか、自分で店の実態く掴ていた。





 び彼女と二人きりになったタイミングで私は我慢できずに言った


「君が来てから客足も増えて、売上も大きく伸びた。

「嬉しいでしょう? 

「あぁ、。でも。なぜ増えるのか。いや、という言い方は君に失礼なことはわかっている。君はきっとのだろう。の件も、店のの心を掴んだようだ。しかし私には。なぜ制服がとも取れるので良いのか、なぜりを好んで客たちが寿のような対面になっても大人しく座っているのか。


「店長だって」と彼女はと笑う。


。どうしてなんだ。正直にいえば、最近は、わからないときがある。確かに店の雰囲気も客層も。しかし一方で。客たちの心が。全く別の店なんじゃないかとこともある。ややもすればなんじゃないかとすら感じる時もある」


 彼女は笑いを浮かべたままピ色の制服姿のまま私の体にしてくる。


 私は再びわせる。


「頼む。教えてくれないか

簡単ですよ。今、この状況が答えです


 彼女はふふと笑う。

 そしてを吹きかけるようにして、こういた。





「みんな、ってことです」





 私の頭に衝撃が走った。? ってどういうことだ? の意味を理解するのにしばらく時間がかかった。韓国の酒のことかと一瞬だけ考えてしまい「いやそれやろがーい」と心の中でひとりごとを唱えてしまった。青天の霹靂。あまりに突然の言葉に自分の思考が割れたガラスみたいにあちこちに飛び散ってしまったようだった。


 

 

 

 

 


 頭の中でが反芻された。

 しばらくものをうまく考えることができなかった。


「む、む、って、どういうことだい?」

「言ったまんまですよ」

「客たちが……私の店の客たちが……全員、ってことなのかい?」

「全員ではないです。来なくなってしまったお客さまも何人かはいましたもの。でもなのではないでしょうか?」

「そ、って……」

 お店のレイアウトを対面席にしたのは通路を狭めて、です。二階建て構造で個室にしたのはなんてこと、他のお客さんには。どうです? 良いアイデアでしょう?」

んなふざけたこと……」


 彼女は笑う。「? ふざけていませんよ。お客さん、増えているじゃないですか。。静かに。」といって顔を近づける。「わかりますよ。、すぐ」彼女がと笑う。は彼からない。


 そして彼女は


「私、が足りないと思うんです。


 何を指しているのか。私は恐る恐る「」と聞いた。彼女は私にさせ、またしても指の腹で私の顎ひを撫でだした。をされると、もうだ。


 私は彼女の言葉を待った。もういい。でもでもでもでもでも、もうだ。だ。なんだ。こだわりのコーヒーを飲もうが、二十五年もののスコッチを嗜もうが、なんだ。もうなん。どうだってを投げ出すと自分の手がちゃっかり彼女の腕のあたりを掴みだしてたことに気づく。本当にむっつりだ。しょうもな人間なんだ、自分は。


ですよ。


 


 

 


  BGM


 


 ガラガラの店内でだるそうに待機するセクシーなウェイトレスたちを、私は頬杖をついて思った。


「えぇー。アイツら本当にやん……」


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