第11話 チキンレース

 奈々との偽カップルが成立し、大学内でその事実が公表された週の週末、俺は自分のサークルに参加すべく、大学にほど近いグランドへと足を運んでいた。俺の所属するサークルは所謂サッカーサークルである。元々高校あたりまでサッカー部に所属をし、大学に入って部活まではする気にはなれないが、時折球を蹴りたい程度のメンバーが集まるサークルである。


 とは言えこのサッカーサークルでも学内には複数存在し、その複数で対抗戦やリーグ戦なども行う。学外での大会も年一であり、意外にガチでサッカーを楽しめるサークルである。勿論、この手のサークルは、日中サッカーを楽しんだ後、夜は夜で飲み会が開催される。元々体育会系の面々。大学で少しチャラくはなったが、その飲みは体育会系そのもの。特に今回は、弄られるネタを携えてのサークルへの参加なので、正直、現時点で戦々恐々としてる。


「うーん、モテる男はつらいな」


 と気軽に言うのは、健。健もまた俺と同じサークルのメンバーだったりする。ちなみに俺のポジションはMF。健はというとDFである。


「いや、別にモテてないんだけど。なんでこうなった?」


 そう今俺は絶賛扱かれ中だ。何よりもやたらボールが回ってくる。そして回されたボールがやたら強い。そして、微妙に走らされる。うん、マジ酷い。


 パスを回した側の人間を見ると、敵意あるものからいやらしい笑みを浮かべるもの、そして意味も分からず楽しんでいるものまで、様々だ。いや最期の奴、マジやめて欲しい。君、意味わかってないよね?みんなが苛めるから苛めてみたって、マジ鬼だよ?


「ほらこれが宮城の実力だな。俺も彼女ができた時は、かなり可愛がられたが、お前のそれはその時以上だ。まあ俺は、楽しければそれでいいんだが」


 健はそう言って、飄々と俺から少し遠目にパスを出す。


「あーっ、なにこの仕打ち?お前ら彼女できたら覚えてろっ、ぜってー復讐してやるからなっ」


 しかし周りのサークルの奴らはどこ吹く風である。


「ふん、知らん。折角振られてせせら笑ってやったというのに、もうあんな可愛い彼女を作りやがって」


「後輩の分際で、簡単に女作るからだぞー、ほーら走れっ」


「えっ、マジ、圭介また彼女できたの?なんだ教えてくれよ」


 いや最期の奴、本当に判ってなくて、一番エグイパス寄越すのやめてくれ。そうしてその日のサッカーでは地獄を見る事になる。ただし、それはあくまで序章に過ぎない。そう本番は、やはり夜だった。



「はいでは皆さん、グラスを掲げて、カンパーイッ」


 サークルの代表が大ジョッキを掲げて大きな声を上げると、周囲からもカチンッとグラスを鳴らす音が聞こえる。ちなみに今日の飲み会は、女子の多いテニス系サークルとの合同コンパである。とはいってもどちらも比較的大所帯。男子だけでの飲みは荒れるだけなので、サークルの先輩の彼女の伝手で、一緒に飲み会しようという話になったとの事である。


「フフフッこんばんわー、あっ学内一の有名人がいるーっ」


 そう声を掛けてきたのは、少し茶色がかったセミロングの髪を緩いパーマでふわふわさせた可愛い女子である。奈々がキレのある美人系の容姿なのに対し、対称的な印象の女子である。


「えーと有名人って、もしかして俺?」


「勿論じゃないですかー。この前学食で仲良くアーンとかしているの見ましたよ。あっ私、三枝瑞穂さえぐさみずほって言います。英文学科の1年生です。大学に入って学食であんなカップルがいるなんて、凄くビックリしたんです。流石は大学生って」


 うん、成る程。あの現場を見た子なのね。こうして俺のキャンパスライフは灰色に変わっていくのね。


「いや、あれはちょっとからかってやっただけで、普段はしないから。そこ間違えないでね。ほんと、絶対ね。あ、俺は春日圭介、経済学部2年ね」


「えー、本当ですか?彼女さんも顔を赤くして、凄く嬉しそうで羨ましいなあって思ったんですけど。ああいうの見ると彼氏って欲しくなっちゃいますよね」


 すると圭介の周囲が少しざわつき始める。どうやらこの子可愛いから、彼氏がいない発言に周囲が興味を持っちゃったみたいだ。


「はははっ、三枝さん?だったら可愛いから、すぐ彼氏ができると思うけどね。なんなら、ほらここによりどりみどりの男子がいるよ?好みとかいない?」


 この俺ってなんて心優しいんだろう。こう言って周囲をアシストする名プレイヤーっぷり。周囲の奴らも俺らのテーブルにジョッキを持って近づいてきて、いざアピールしようとしたタイミングで、三枝さんが爆弾を落とす。


「えー、なら私春日先輩が良いです。彼女さんと一緒にいる時優しそうだったし、それに顔も好みだし」


 するとアピール寸前の彼らは、一斉に俺の方を見る。いや怖い、判ってる、判ってるから。俺は彼らに必死にアイコンタクトを送り、俺は返事をする。


「いや本当にうれしいけど、俺、彼女持ちだから、彼女いない奴の中から選んでくれ。いや本当に残念なんだけど、俺の今日のこれからがかかっている」


「えー春日先輩以外に興味有りません。ああでも彼氏とかじゃ無くて良いんです。流石にあのレベルの彼女さんに対抗するつもりは今は無いんで」


 あーこれ、俺を出しに男除けをする奴だ。奈々が良くやってた。あれ、俺ってこう言う星の元?今まさにデジャブ感を味わう俺だが、前は実際に彼女がいたのでそれでも良かったが、今は偽カノなので、少し複雑な気分だ。


「ふーん勿体無いな。まあここで云々は良いけど、そんな感じだと奈々みたいになっちゃうぞ」


「奈々さんって、その彼女さんですか?」


「そうそう、アイツ俺と付き合うまで、男避けてて、色々拗らせているからな」


 すると三枝さんは、不思議そうな顔をする。


「拗らせるですか?まあ言い寄ってくる人が多いと面倒臭いって言うのは同感ですけど」


「それそれ、でも異性なんて話さなきゃ分かんないだろ?なら面倒臭いなんて言ってたら、何も始まらないしな」


 付き合ってる付き合っていないに関わらず、コミュニケーションは大事だ。そうで無いとより好きになれるかわからない。


「で、先輩の本音は?」


「いやマジで俺への圧が半端ないので、向こうへ行って下さい」


「ひどーい、決めました。今日は先輩をマンマークします。私を払い除けようったってそうはさせません!」


 三枝さんはそう言うと俺の手にしなだれかかり、俺の腕に柔らかい感触が当たる。


「こらバカ、止めろ!乳当たってる、恥じらいを持て」


「あー先輩、いやらしい、でも私結構自信有るんですよ、ホラこれでもEは有りますし」


 そう言われると自然と目線が下に向くのが、男の悲しいさがだ。うん、俺が悪い訳では無い。男のさがが悪い。ただここまでやられっぱなしでは男が廃る。確かに良いモン持っている。ならばそれを有効活用する。


「ほほーう、そこまで言うなら揉みしだいてみるか、ホラホラ」


 俺そこで手の平をワキワキと開いて閉じてと動かす。ただこのチキンレースに三枝さんはノッテくる


「あれ先輩、揉みたいんですか?でもそんな事したら彼女さんに言っちゃいますよ」


「フッ、この場は酒の席、酒の恥はかき捨てなのだ」


「な、何旅の恥みたいに言ってるんですか、最低、それ最低ですよっ」


 すると先にブレーキを引いた三枝が胸を隠しながら悔しがる。この際言おう。俺は負けても良かった。いやむしろ負けたかった。ただこの俺の虚しい勝利と引き換えに、彼女以外の女子とイチャイチャしていた俺は、周囲の野郎軍団に目の敵にされ、

 しこたま酒にガフンガフンッ酒の空気に酔わされたのだった。

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