振られた俺は、彼女もいないのになぜか彼氏役

あぐにゅん

第1話 プロローグ

 俺が彼女に振られたのは、大学がスタートがする前の春休みの事である。

 

 振られた事がショックかショックでは無いかで言えば、物凄くショックだ。高校2年生から付き合いはじめ、高校卒業して大学生を1年過ぎたところで振られたのだ。

 

 実質3年程の付き合いである。じゃあ予兆が無かったかと言えば、ない事もない。俺は、大学を地元から離れた都心に選び、アイツは、地元の大学を選んだ。まあ遠距離恋愛である。


 それでも何とか時間を見つけては会いに行った。でも会えて月一、電話やラインも頻繁にやり取りしたが、時折、アイツからの返答や返信が遅くなる。これは問い詰めるべきか、流すべきか、そんな事で悩む日々が1ヶ月を超えようかとしたところで、アイツから別れを切り出してきた。既に付き合っている人がいるので、別れて欲しいと。


 正直意味が分からなかった、怒っていいのか、泣くべきなのか、どう反応したらいいのかが分からなかった。何もわからなかった俺は、ただ茫然と、


「そっか。わかった。じゃあな」


 その言葉だけを言い残し、彼女の前を後にした。本当は、こんな物分りの良い奴ではないはずだ。怒鳴りつけたいし、泣いて縋りもしたい。ただその場では、何も反応できず、むしろ、困ったように笑っていただろう。

 何処をどうやって地元からアパートの部屋まで戻ってきたかも思い出せない。気付けばアパートの部屋の前にいた。さあ泣こう、喚こうとした時に出たのは、遠距離でお互いの気持ちをすり減らす必要がないと言う、安堵の気持ちだった。


 

 そしてそれから早1ヶ月、GWを前にして、俺こと春日圭介は、大学内のカフェで一人悩んでいた。


「えーと、もう一度聞くがなんで俺がお前と付き合ってるフリをしなきゃなんないんだ?」


「だから言ってるじゃない。私が、今付き合ってる奴と別れたいのっ。振るんだったら、他に男ができたっていうのが、一番手っ取り早いじゃん」


 目の前の暴論を吐く女子は、宮城奈々。同じ大学の同級生だ。栗色のショートヘアで目鼻立ちのパッチリした、活動的な女子だ。性格はいい意味でさっぱりしており、男女共に友人も多い。俺とは、たまたまバイト先で一緒になった事で、会話をするようになり、今では友達付き合いをさせて貰っている。


「奈々、同じ理由で最近振られた俺に対し、同じ理由の片棒を担がせるのか?」


「ああ、経験者の方が、リアリティ増すでしょ?一挙両得じゃない」


「いや、奈々の得は分かるが、俺の得はなんだ?」


「ほら、他人のふりして我が振り直せるでしょ。反面教師って奴よ。私天才!」


 なんだか頭が痛くなってきた。ようは他人=奈々の彼氏の振られ様を見て、俺の態度を改めよって事か?


「奈々、絶対、俺を馬鹿にしているだろうっ。ぜってーお断りだっ」


 俺としては当然の反応。百害あって一利なし。そもそも奈々の奴が彼氏いた事すら知らんし、その彼を見たこともない。大体、こいつなら自力で相手をぶった切る事ぐらい分けないだろう。


「あら、圭介の分際で、私にそんな口聞いていいのかしら。ふふ~ん、言いの?本当に」


「ん?なんだ?俺にやましい事など何もないぞ」


 とは言え、相手は奈々。斜め上からの攻撃を持つ女だ。油断は決してできない。すると奈々はスマホを取り出し、ある画像を見せてくる。


「わっ!?お前これっ、去年の忘年会のっ!?消せ、今すぐ消せっ」


「ふふ~ん、消してもいいけど、ねー、圭介」


 チッ、こいつ完全にマウントとった気でいやがる。その奈々の画像は、去年の忘年会のとき、酔っぱらったガフンッガフンッ、お酒の空気に充てられた俺が、あられもない痴態を晒している姿の画像だ。ちなみに二点不明な点があるが、そこは容赦してもらいたい。


 ちなみに奈々と俺の間には共通の知人も少なくなく、ラインのグループで繋がっていたりもする為、拡散も出来る画像というデータはかなり危険なものだった。


「お前、その画像、スマホ以外に保存していたりとかしてねえだろうな?」


「えー、こんな気持ち悪い写真、パソコンになんか落としたくないし」


「いや、それはそれで凄く傷つくからオブラートに包んで下さい」


 本当に奈々は容赦がない。心を抉る事に特化しているとさえ言える。そして今俺に与えられた選択肢は2つ。受けるか、拒否るかだ。もし拒否った場合、俺のむこう3年間の大学生活は、お笑いキャラ一択になる。酒の席では、事ある毎に弄られ、お約束とばかりに脱ぐゲフンッゲフンッいや芸をしなければならない。元々そんなキャラではない。断固ごめん被りたい。


「それで、どうするの?」


 それはまさに勝者の余裕。ニヤリと微笑むその妖艶な笑みに、歯軋りする思いで、声を絞り出す。


「グッ・・・・・・、やるよ」


「えっ何?聞こえないんだけど?」


 絶対に聞こえているはずなのに、惚ける奈々。コイツ絶対、いつか泣かす。


「はぁぁ、しょうがないから受けてやるよ。彼氏役。そのかわり、今すぐ消せ、その画像」


「フフフッ、契約成立。でも画像を消すのは、全部終わってからね。出ないと圭介、絶対ブッチするでしょ」


「チッ、はいはい分かりました。それで良いよ。で、それはいつやるんだ?」


 流石に最後の詰めは誤らない。消してくれたら儲けものと思ったが、そう簡単にはいかないようだ。


「あ、うん。今日相手に連絡取ってみるから、早ければ明日にでもって感じ。またライン入れるね」


 奈々はそう言って、笑顔を見せながら、ヒラヒラと手を振ってその場から離れていく。俺はそんな奈々の後ろ姿を見ながら、面倒事にならなきゃ良いけどと憮然とするのだった。



 そしてその次の日の夕方、学校帰りに奈々に呼び出された場所へと赴く。奈々は既に来ており、圭介を上から下まで眺めて、ウンウンと頷く。


「圭介にしては、合格かな。私の彼氏らしく、充分良い男。ちゃんとオシャレしてきたんだね、偉い偉い」


「その上から目線にイラッとしない訳でもないが、まあありがとうと言っておくよ。お嬢様」


 その日の俺の格好は、奈々に指示された様に、それなりにオシャレを気にした格好だ。正直、彼女がいた時によくきていた服装で、そのチョイスは当時の彼女のものだったりする。


 奈々は、俺のファッションチェックをした後、スマホを弄って、ラインで相手に連絡を入れる。場所は学校に程よく近い公園。大きい市民公園なので、人もまばら。俺たちの様なカップルに見える学生もいる。俺は、そういえば、相手の事全く知らないなぁと思い、その事を奈々に聞いてみる。


「奈々、そう言えばその彼って、どんな奴なんだ?」


「あれ?言ってなかったっけ?私の入っているサークルの先輩。元々あんまり乗り気じゃなかったんだけど、ちょっと強引に付き合う事にされちゃって。だから、丁度良いのよ。今回はこれで」


「ふーん、そもそもお前って、彼氏いた事ないと思ったから、少し意外。でも好きじゃないなら、どっちみち長続きしないだろ」


 俺はそう言って、肩を竦める。好きでも長続きしないのだ。あっ俺の場合は、相手が俺を好きじゃ無くなったのか。そりゃ振られもするか。


「まあ私の場合、本当に好きだった人は、その時彼女持ちだったから、流されちゃったところあるんだよね。ホント、失敗したよ」


「ハハッ、ならこれに懲りて簡単に男に靡く様な真似は辞めるんだな」


「靡いてませんっ、って言うか、まだ清い体なんだから、勘違いしないでよねっ」


 俺の軽口に剣幕で言葉を返す奈々。いや清い体とか聞いて無いけど。


「お、おう。それは良かったな・・・・・・」


「あっ、いや、なし、今のなしっ」


 俺の微妙な言葉の間で、自分の失言に慌て蓋めいた奈々は、しどろもどろだ。


「いや、なしって言われても・・・・・・」


 ーキッ


「はい、何も聞いてません。むしろ最初から疑ってませんっ」


 奈々の鋭い視線に、全てを忘却する事に決めた俺は、会話そのものをなかった事にする。


「疑っていないと言われるのも、それはそれでシャクなんだけど、まあいいわっ」


 何とか奈々の殺気を収める事に成功した俺は、ほっと胸を撫で下ろすと、そんな俺たちに話しかける男が現れる。


「おう、奈々。待たせたか?って、あれ?友達も一緒?」


 そしてこれから、俺と奈々の長い偽装カップル生活が幕を開けるのであった。


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