鳥獣戯画「兎と亀と土竜」
海水木葉
第1話
あるところに、色んな動物達が一緒に暮らしている森がありました。
そこに一匹のカメがいました。
カメはいつも動きが鈍いことで、他の動物達から馬鹿にされていました。
特に馬鹿にしてきたのは、動きの速いウサギでした。
ウサギには自分の中で絶対の基準がありました。
それは足の速さです。
足の速さは彼にとって唯一の基準で、彼の見ている世界は足が速い動物と遅い動物の二つの分類しかありませんでした。
それは優劣という二つの基準しかないモノクロの世界でした。
彼には森で一番動きの早い自分は純白で美しく見え、動きの鈍いものは黒く醜く見えました。
彼にしてみれば、のろまなカメは自分の集団にいるのにふさわしくない存在でした。
折角自分のような純白で美しい存在がいるのに、カメがいるせいで、我々の集団の色が褪せてしまっている、と考えて、ムシャクシャしてくるのです。
彼は今日もカメを馬鹿にします。
何で君はそんなにもノロマなのだ。
いつもノロノロと鬱陶しい。
僕を見たまえ、君と足の数は変わらないのに、こんなに俊敏に動く事ができるのだ。
森の西に美味しい草があればひとっ走りすれば着いてしまう。
水を飲みたくなって池に行きたくなれば、半日で着いてしまう。
それが君ときたら、森を一往復するのに半年かかってしまう有様じゃないか。
ウサギがそう言うと、森の他の動物達も一緒になってカメを笑いました。
他の動物達もウサギほど足が速いわけではありませんが、それでもカメほど遅くはないと思っているのです。
カメは俯いて、ただ黙って動物たちが馬鹿にするのを聞いていました。
ウサギは続けました。
君は半年かかることを、僕は半日でできるのだから、僕は君の365倍の価値があるのさ。そして君は、僕の365分の1の価値しかないのさ。
ウサギがそう言うと、ウサギの計算の速さに他の動物達は思わず顔を見合わせました。
ウサギは足が速いだけでなく、頭も良かったのです。
君は365匹居て、初めて僕と同等になれるというわけさ。
ウサギは甲高い声で笑いながら言いました。
カメはここで初めて顔をあげ、ウサギに反論しました。
違うよ。僕らはみんな等価値だよ。
僕らはみんな欲しいものが違って、能力が違って、見ているモノが違うだけだ。
だから一つの指標で計ったところで意味なんて無いんだよ。
ウサギはカメが反論してきた事に腹を立てて言いました。
そういうのを努力しない奴の屁理屈と言うんだよ。
誰より美味しい草を食べるには誰より早く草原に行く必要がある。
怖い猛獣に襲われた時に身を守るためには、誰よりも早く逃げる必要がある。
君には生涯、絶対に見る事もできないような景色を、僕は見る事ができるんだよ。
全てにおいて速さというものは、必要な事なのさ。
ならばそいつの価値を計るのであれば、速さで計るのが当たり前なのさ。
僕は君より365倍速く動く事ができる。
これが僕が君より優れている証でなくて、一体なんだというんだい。
カメはウサギの早口を聞いて、頭が痛くなってきました。
カメはウサギに言い返す言葉を一生懸命に探しましたが、どうしても見つかりませんでした。
カメはあまりに悔しかったので、ただ一言だけ言いました。
だって「先生」が僕らは皆、等価値だって言っていたもの。
ウサギの鼻がピクリと動き、周りではやし立てていた動物達も静かになりました。
「先生」はこの森で色んな事を動物達に教えてくれる存在でした。
何という動物なのか分からないので、動物たちはみんな彼の事を「先生」と呼んでいました。
ウサギは神経質に耳を動かしました。
カメにはウサギの頭がもの凄い勢いで回転しているのが分かりました。
少しの間考えてから、ウサギは言いました。
君はノロマなだけでなく、自分で考える頭も無いんだね。
ただ、「先生」に言われたからそう思う。
「先生」に言われたからそうする。
もし違うというのなら「先生」の言葉抜きで僕に反論してご覧よ。
「先生」が正しいというなら君が僕に証明してくれれば良い。
どうだい、どんな勝負でも僕は受けるよ。
ウサギは余裕の顔でカメを挑発しました。
カメは悔しくて悔しくて、何かウサギに勝てる勝負を考えました。
しかし、カメは何一つウサギに勝てるような勝負を思いつきませんでした。
何も思いつかなかったカメは、無謀にもウサギに駆けっこを提案しました。
近くの山の麓まで、早く着いた方の勝ちという勝負です。
山の麓まではウサギがその気になれば2分で着くような距離でしたが、カメが行こうとすれば半日かかってしまいます。
周りで見ていた動物達は驚きました。
カメは一体どうやってウサギを負かす積りなのだろう。
そしてこの勝負を面白がりました。
勝負は次の日の9時がスタートと決まり、カメは家に帰りました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます