第78話 白いリッグルの価値

「ちょっとあなた。あたしにそのリッグルを譲りなさい!」


 いきなりやってきたアンジェに指をつきつけられてそう宣言されたレナリアは、怒るよりも先に呆れてしまった。


 むしろフィルとチャムのほうが怒っている。フィルの羽はジジジジと低い音を立てているし、チャムの体は真っ赤に燃えている。


「ほんっとに失礼なヤツだな!」

「チャムも嫌いー」


 精霊は感情を高ぶらせ過ぎると魔力を暴発させてしまう。

 だからレナリアは慌ててフィルたちの前に出た。


「このリッグルは私を選んでくれました。他のリッグルを選んでください」


 そう言いながら、アンジェとこうしてちゃんと話すのは、もしかしたらこれが初めてではないかとレナリアは思った。


 今までは一方的に絡まれただけで、会話にはなっていない。


「でも白いリッグルなんて聖女にしか似合わないわ」


 フンと胸をそらすアンジェに、思わずため息がこぼれる。


 前世とはその有り方が違うとはいえ、聖女を自称するのであれば、もっと清らかな心を持ってほしい。


 いや、聖女でなかったとしても、既に選ばれたリッグルを横取りするような行為が許されていいはずはない。明らかにマナー違反だ。


「そもそも、風魔法クラスが最初にリッグルを選ぶ権利を持っています。聖魔法クラスは……」


 そういえば、聖魔法クラスは人数が少ないから、学年で一クラスではなく全学年で一つのクラスで学んでいる。


 成績順にリッグルを選ぶということもできないはずだが、どうしているのだろうか。

 その疑問にはいつもアンジェと一緒に行動している、三年生のロイド・クラフトが答えた。


「聖魔法クラスは特例として、成績に関わらずいつでもリッグルを選ぶことができる。そうですよね、ポール先生」


 紺色の髪に水色の瞳で線の細い少年は、そう言って威圧的にポール先生を見た。


「いや、でもロイドくん。もうそのリッグルは既にレナリアさんを選んでるんだよ?」


 ポール先生は困ったように首を振る。

 だがロイドは当然のことながら、そんなことでは納得しない。


「白いリッグルはどうせ飛べません。無理にエレメンティアードに出すよりも、負傷者の対応に当たるために競技には参加せず控えている、聖魔法クラスの生徒とペアを組んだほうが良いのでは。風魔法クラスもそのほうが、エレメンティアードで一勝くらいできるんじゃないですか?」


 ロイドの言葉はとても失礼だがエレメンティアードで毎回風クラスが最下位になっているのは事実だ。


 今年はこうして最初にリッグルを選べることになって、もしかしたらエレメンティアードで、優勝とまではいかないまでも、一回くらいは勝てるかもしれないという希望を持った。


 だが陸上戦だけの一、二年生はともかく、空中戦が始まる三年生になったら、翼の小さい白いリッグルでは勝てなくなるだろう。


 けれども、ポール先生にはレナリアと白いリッグルの間に、もう既に絆のようなものが結ばれている気がしてならなかった。


 レナリアは、ポール先生の教え子だ。


 そのレナリアが、自分の選んだリッグルを手放したくないというのであれば、その気持ちを守ってあげなくてはならない。


 魔法学園において、数少ない聖魔法を使える生徒というのは、慣例として特別扱いをされている。だからこそ、アンジェがわがままを言っても通ってしまうことが多いのだろう。


 ポール先生は、さて、どうすればアンジェが諦めるだろうかと考えた。


 一方、風魔法クラスの生徒たちは、どうせなら白いリッグルではなくてもっと能力の高いリッグルを選び直すチャンスだと思っていた。だから、どうなるのだろうと、自分たちのリッグル選びをいったん中止して、ポール先生たちのやり取りを見守っている。


「ではこうしましょう。リッグルに選んでもらいましょう」

「リッグルに?」


 ポール先生の提案に、ロイドは怪訝そうな表情を浮かべる。


「うん。レナリアさんもアンジェさんもこのリッグルがいいというなら、この子に選んでもらうのが一番じゃないかな。それとも、選ばれる自信がないかい?」


 ポール先生は知らないようだが、なぜか白いリッグルは聖魔法の使い手によく懐く。


 理由は分からないが、教会では白いリッグルは聖魔法を好む性質から、あまり羽が発達しないのではないかと考えられてきた。


 それに聖女と白いリッグルの組み合わせは、神秘性が増して民にも評判がいい。

 だからロイドは白いリッグルが牧場にいると聞いて、アンジェにちょうど良いと思っていたのだ。


 まさか人気のない白いリッグルを選ぶ生徒がいるとは思わず、ゆっくり牧場にきてしまったが、もっと早く来れば良かったと後悔した。


 アンジェを守護している光の精霊シャインは、ロイドが見たこともない程の輝きを持っている、高位の精霊だ。


 白いリッグルが聖魔法を好むのであれば、リッグルが選ぶのはアンジェになる。


 ロイドは、白いリッグルが王家の血を引くシェリダン侯爵令嬢よりもアンジェを選ぶというのは、王侯貴族よりも教会の権威を高めることになって良いのではないかと思った。


「良いでしょう。ですが、どうやってリッグルに選ばせるのですか?」


 ロイドの質問に、ポール先生は人好きのする笑顔を浮かべた。


「この人参を使いましょう」



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る