第79話 どっちを選ぶ?
ポール先生の提案はとても単純なものだった。
リッグルの好きな人参を鼻先にぶらさげて、どちらを選ぶかで主人を決めればいいというのだ。
本当ならば最初に白いリッグルを選んだレナリアに優先権があるのだが、教会に
もちろんそれは学園内の規律に
教会関係者とトラブルになった生徒が回復魔法に頼らなければいけないほどの怪我を負った時に、適切な治療がされないケースが続いたのである。
治療を必要とするタイミングでたまたま司教が不在で治療が遅れたり、不運にも治癒魔法の効きが悪かったりとか、一つ一つはタイミングが悪かったのだろうということで処理されてきた。
だが風魔法クラスの平民の生徒が後遺症の残る怪我を負い失意のうちに学園を去った時から、ポール先生は教会が適切な治療をしないのは、故意なのではないかと考えるようになった。
証拠は何もない。
だが過去の事件を調べると、不自然なほどにそういったケースが多かった。
不審に思ったポール先生が同僚であるマーカスに相談すると、それまで在籍していた司教に代わり、今の司教が赴任した。
何があったのか、ポール先生には分からなかったが、貴族であるマーカスが介入したことだけは確かだ。
現在の司教が赴任してきてから不自然に治療が間に合わないということはなくなったが、この場には教皇の甥であるロイド・クラフトがいて安心できない。
だからポール先生は、誰が見ても納得できるような状態で、アンジェを諦めさせようとしていた。
「絶対にあたしの人参を食べるわ」
ロイドから白いリッグルは聖魔法の使い手を好むと聞かされているアンジェは、腰に手を当てて勝ち誇ったようにレナリアを見る。
言われたレナリアは、その絶対的な自信はどこからくるのかしらと思いながら、タンザナイトの目を瞬いた。
白いリッグルの背に手を置きながら佇むレナリアの豪華な金の髪に、柔らかい光が、まるでそこだけが特別なのだというように降り注ぐ。
アンジェはそれを見て、その光景はあたしのものなのにと、腹を立てた。
洗礼式で光の精霊の守護を受けてからというもの、アンジェは特別な存在になった。アンジェを守護するシャインは他の精霊よりも力があるのだから当然だ。
今はまだうまくその力を使いこなせてはいないが、それはまだアンジェが小さいからだ。学園を卒業する頃には、ロイドもアンジェは素晴らしい力を秘めていると太鼓判を押してくれている。
それなのになぜ、精霊の中でもハズレのエアリアルとしか契約できなかったレナリアが、こんなに目立っているのだろうか。
確かに貴族のお姫様でアンジェよりも血筋はいい。
けれど、レナリアが誇れるものなんてそれだけだ。
聖女になるのを約束されている自分のほうが、ずっとずっと偉い。
だからレナリアは白いリッグルを自分に譲らなければならない。リッグルだってそのほうが嬉しいはずだ。
そう考えるアンジェはポール先生から受け取った人参を、自信満々でリッグルに食べさせようと、くちばしの先に人参を持っていく。
だがリッグルはプイと横を向いて食べようとはしない。
「どうしたの? 遠慮しなくていいのよ」
アンジェは、少しだけ優しく聞こえるように声を出した。
けれどもリッグルはアンジェを無視したままだ。
「なんでよ! 食べなさいよ!」
アンジェの出した大声に、白いリッグルは「クルル……」と低く唸る。
アンジェはその声にひるんで、一歩後ずさった。そして助けを求めるようにロイドを振り返る。
「君なら大丈夫だよ」
白いリッグルが聖魔法を好むのを知っているロイドは、風魔法しか使えないレナリアよりも聖女であるアンジェが選ばれると確信していた。
だからレナリアから簡単にリッグルを奪えると思っている。
「ほんと、この人たちって相手を怒らせるのが得意だよね」
それを見たフィルが呆れたように頭の後ろで手を組む。
「そもそもこの子はもうレナリアを選んでるんだから、アンジェを選ぶわけないじゃん」
「そー。名前までもらってるしー」
フィルの横でチャムも腕を組んでうんうんと頷いている。
それを聞いて、そういえば、とレナリアは今まで聞きそびれていたことを尋ねた。
(名前ってそんなに大事なの?)
「うーん。チャムもよく分かんないんだけどー。名前もらうとねー、なんかレナリアからあったかいものをいっぱいもらえるのー」
(あったかいもの?)
「レナリアがねー、チャムのこと呼んでくれると、なんか体がぽぽぽーってするんだよー」
そう言ってチャムはにこにこと笑いながらレナリアの周りを飛び回る。
(フィルもそうなの?)
「ボクはレナリアの守護精霊だからね。もっと深い絆で結ばれてるから、そんなもんじゃないよ」
そう胸を張るフィルに、チャムが羨ましそうな顔を向ける。
そして、アンジェの横にいるシャインもチカチカと瞬いていた。
さすがに誤ってレナリアを傷つけてしまった失敗を二度と繰り返さないために自分を抑えてはいるが、フィルとチャムの会話が羨ましくて仕方ない。
けれどもシャインの気持ちなど分からないロイドは、これはきっとシャインが白いリッグルにアンジェを選ぶように説得しているのだろうと勝手に解釈していた。
だがリッグルはアンジェにそっぽを向いたままだ。
「じゃあ今度はレナリアさんがあげてごらん」
ポール先生にうながされてレナリアが手に持っていた人参を近づけると、リッグルはすぐに大きく口を開けた。
シャクシャクと音を立てながら、もっと、というように体を寄せるリッグルに、レナリアは思わずもう一つの人参をあげようとポール先生が持つ籠から人参を取ろうとする。
するとアンジェが突然「ずるいわ!」と叫んだ。
「ずるいわ! きっとそっちの人参のほうが新鮮なんだわ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます