第57話 一生使う杖

 どうにかチャムの存在を誤魔化して、なごやかなお茶会が始まった。


 セシル王子の意向で丸いテーブルが用意されており、特に上座が用意されてはいない。好きなところに座っていいと言われたレナリアは、チャムを見張れるようにと部屋を見渡せそうな席を選んだ。


「セシルさま、このマカロンは宝石のようですね」


 レナリアはチャムが特に気に入った、鉱石のような飾りのついているマカロンを手に取った。

 ころりと丸いフォルムの中央に、結晶のような氷砂糖が載っている。


「見た目の通り、王都でも評判の菓子店の新作で、ジュエルマカロンという名前だそうだよ」

「そうなんですね」


 レナリアは確かに宝石のようだと感心しながら食べてみた。マカロンの柔らかい食感と氷砂糖の固い食感が混ざり合い、癖になりそうな食べ心地だ。


 マカロン自体は甘味を抑えているらしく、ちょうど良い甘さになっている。


「おいしいです」


 頬を押さえてにっこりと微笑むと、セシルは「それは良かった」と言いながら目を細めた。


 他にも色々と用意したから食べるといいと勧められて、レナリアは了解を得るようにアーサーを見る。


 アーサーが頷いたので、レナリアは安心してお菓子を堪能することにした。おいしいお菓子はチェックしておいて、後でフィルとチャムのために取り寄せるつもりだ。


「そろそろ杖が出来上がる頃だけど、レナリアは桃の木で私とおなじだね」

「そうですね」


 そういえば桃の木は森の結界の中には生えていなかったはずだ。

 ということは、セシルも森の外に出たのだろうか?


 レナリアが疑問に思っていると、セシルが説明をしてくれた。


「王族は桃の木で作った杖を好むことが多いんだ。結界の外にしか生えないから、護衛達につきあってもらったよ」

「でも結界の外に出てはいけなかったのではないのですか?」


 レナリアはその罰として三日間の登校禁止になったのだ。きっとセシルも同じ罰を受けたに違いないと思ったが、王族に関しては桃の木を求めるのであれば護衛を連れて行くのを黙認されていることから、特に何のおとがめもなかったらしい。


 ちょっとずるい、と思ったレナリアは、ぷうっと頬を膨らませた。


 その様子を見たセシルにくすっと笑われて、レナリアはツンとすました顔で横を向く。


「それに一年生の間は結界の中で杖の材料を探すように言われるけど、ある程度身を守ることができるようになれば、結界の外に行くのは特に禁止されてはいないようだよ」


 セシルの言葉に、レナリアはそうなの? とアーサーに目で尋ねる。

 アーサーはレナリアにだけ向ける笑顔を浮かべて頷いた。


「ああ。そうだね。僕の持っている黒檀の杖も、結界の外で見つけたものだ」


 アーサーはそう言って、マントの内側にあるホルダーから杖を取り出した。


 真っ黒で重厚な雰囲気のある黒檀の杖は、黒髪のアーサーによく似合う。

 去年作った杖だが、いずれは杖の芯にユニコーンの角を入れて一生使っていきたいと思っている。


 学園の森の中には魔法杖の材料として使われる木の殆どがあるので、学生時代から使っている杖に高性能の芯を入れてずっと使うものも多い。


 杖が術者の魔力に馴染んでいるので、使いやすいのだ。


「見事な杖ですね。よく杖が術者を呼ぶ、と聞くけれど、アーサーの杖を見ていると納得できます」


 セシルは感心したようにアーサーの杖を見る。


「王太子殿下の杖も、桃なんですか?」


 セシルはともかく、レオナルドとお揃いの杖はちょっと嫌だなぁと思ってそう聞くと、なぜかセシルとアーサーが顔を見合わせた。


「兄上の杖は、最初は桃だったけれど、今は違う。菩提樹の杖だ」

「菩提樹……」


 菩提樹の杖は別名を「破天荒の杖」という。

 英雄にしろ極悪人にしろ、歴史に名を残した人物の多くが菩提樹の杖を持っていたからだ。


 レナリアは、菩提樹の杖を掲げたレオナルドが高笑いをしている姿を想像してみる。


 確かに破邪の力を持つ桃の木よりも、レオナルドには菩提樹の杖のほうが似合っていると思った。


 しかしあのレオナルドに菩提樹の杖を持たせてはいけないのではないだろうか。

 暴走が止まらなくなるような気がする。


 元々近づくつもりはないけれど、更に警戒しておこうとレナリアは決心した。


 レナリアはテーブルの上のお菓子に視線を戻す。

 マカロンもおいしかったけれど、薔薇の形のクリームが載った、一口サイズのカップケーキもおいしそうだ。


 赤い薔薇のカップケーキを口に入れると、ほんのり薔薇の香りがした。

 おいしくてついついレナリアの頬が緩んでしまう。


「レナリア、このカップケーキも後で絶対にお土産でもらってきてね」

「チャムもー。チャムも食べたーい!」


 フィルとチャムにねだられたレナリアは、にぎやかな精霊たちを肩に載せながら、思ったよりも楽しくお茶会を過ごした。


「そういえば、そろそろエレメンティアードの練習が始まるね」


 そろそろお茶会も終盤だという時に、アーサーが思い出したようにそう言った。


「ええ。初めてなので楽しみです」

「属性ごとに競い合うのですよね、お兄さま」


 エレメンティアードというのは、的に魔法を当てて競う競技のことだ。


 一年生は属性ごとのクラス対抗。


 二年生と三年生は、二学年合同での属性ごとのクラス対抗。


 四年生になると文官専攻・騎士専攻・魔法専攻に分かれるので、バランスよく組まれたグループの対抗戦になる。


 そして最終学年の五年生は、個人戦となっている。


「一年生なのだから、勝ち負けにはこだわらず、楽しむといいよ」

「はい、お兄さま。お兄さまもがんばってくださいね」

「もちろん優勝を目指すさ」


 レナリアに応援されたアーサーは、そう言ってにっこりと微笑んだ。



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