第56話 魅惑のマカロン

 慌てて追いかけるレナリアの前で、フィルとチャムは大喜びでお菓子の山に突撃する。


 二人は、中でも中央のお皿に置かれたマカロンタワーに心を奪われた。宝石のように色とりどりのマカロンが塔のように飾りつけられていて、その横には宝石のような結晶を載せたマカロンがある。


「わあ。これって全部食べられるの?」

「チャムねー、このキラキラしたほうがいいー」

「だから二人とも、ちょっと待ってってば!」


 レナリアが止めてもフィルとチャムはおかまいなしだ。フィルは緑のマカロンを、チャムはピンクのマカロンを手にしてさっそくかぶりついている。


「うわぁ。口の中で溶けるよ」

「あまーい。おいしーい」


 王子よりも先に食べてしまうなんて、と思いながら恐る恐るセシルを見ると、じっとマカロンタワーの方を見つめている。


「……二人?」


 そういえば、とレナリアは思い出す。

 サラマンダーのチャムのことは、家族にしか打ち明けていない。


 正式に守護精霊となっているわけではないが、それでも二種類の精霊の加護を受けられるとなれば、聖魔法が使えなくてもそれだけで聖女として祭り上げられる可能性がある。


 そんなのは絶対に嫌だ。


 だからセシルにはチャムがいることを知られたくないのだが……。


 どうしようとオロオロしていると、アーサーがレナリアの肩を抱いた。


「僕のサラマンダーも一緒ですよ。ほら」


 アーサーの指差す先には、マカロンを持ち上げる炎の姿のサラマンダーがいる。

 チャムの姿はない。


 フィルが指でマカロンタワーの裏側にいると教えてくれて、レナリアはほっと安堵する。


 ついうっかり「二人」と言ってしまったが、アーサーの機転のおかげで、セシルはチャムをアーサーのサラマンダーのことだと思ってくれたらしい。


「君たちの守護精霊はお菓子を食べるのか?」


 不思議そうに首を傾げるセシルの頬に、さらりとロイヤルブルーの髪がかかる。


「ええ。たまたまあげてみたら、喜んで食べるようになりました」


 多分アーサーのサラマンダーにとっては初お菓子だと思うのだが、そんなことは微塵も感じさせずに言い切る。


 さすがお兄さまだわ、とレナリアはアーサーの冷静さに感動していた。


「そうなのか。私のウンディーネも菓子を好むだろうか」

「ああ。では差し上げてみては?」


 そう言ってアーサーは小皿に水色のマカロンを取ってそれをセシルに渡す。


 マカロンタワーの後ろをちらりと見たアーサーは、貼り付けた笑顔のままレナリアに目で合図をした。


 レナリアは「凄いわ、マカロンをこんな風に飾るなんて。とても可愛らしいのね。それにとってもおいしそう」と言いながら、マカロンタワーに近づく。


 さっきまでチャムがいたところにはアーサーのサラマンダーがいる。その炎はいつもよりも乱れていて、取ったマカロンをどうすればいいのかと悩んでいるようにも見える。


 レナリアは「チャムのせいでごめんなさい」と心の中で謝りながら、制止も聞かずに飛び出した、マカロンタワーの裏側にいるフィルとチャムを見る。


 二人とも、既に一個目のマカロンは食べ終わったらしく、新しいマカロンを手に取っている。

 だがレナリアに気がついて、その手を止めて見た。


(もうっ。どうして止まらなかったの)


 心の中で叱ると、フィルはしょぼんと羽を萎れさせる。


「だって凄くおいしそうだったから……」


(おいしそうなお菓子が出たら、お土産に持って帰ってくるから大人しくしていてね、って約束したでしょう?)


「……ごめんね、レナリア。怒った?」


 新緑色の目をうるうると潤ませるフィルに、レナリアはつい、ほだされてしまう。


 もう。仕方がないわね。

 でも精霊なのだから、私たちの常識に当てはめるのも可哀想なのよね。


 心の中でため息をつくと、フィルのふわふわの髪の毛を指先で撫でた。


(怒ってないわ。でも今度からは私との約束はちゃんと守ってね)


「もちろんだよ、レナリア!」


 フィルはそう言って、マカロンを抱えたまま喜んで飛んでくる。そして肩に乗ろうとして、手にしたマカロンを見て「どうしよう」という表情になる。


 さすがにレナリアの肩の上でマカロンを食べてはいけないと思ったのだろう。


(それは食べてしまっていいわよ。後でお土産に頂いて帰りましょう)


「ありがとうレナリア!」


 フィルはパクリと幸せそうにマカロンを食べると、こぼれた欠片は風で綺麗にテーブルの上にまとめた。これならばレナリアの制服を汚すこともない。


 もう一人のチャムは、と見れば、こちらは反省する気配もなく、三個目のマカロンを手に取ろうとしていた。


(チャム)


「なあにー?」


 レナリアは顔を上げるチャムのしっぽをつまみ上げる。

 遊んでもらっているのかと思ったチャムは、嬉しそうにブラブラと揺れた。


(チャムも大人しくしていないと、もう二度とお菓子はあげないわよ)


 レナリアがきっぱり言うと、ショックを受けたような顔をしてチャムは目を見開いた。


「ええええ。なんでー?」


(私のそばにチャムがいるってことが分かったら、私は聖女にされてしまうわ。聖女になったら教会で暮らさなくてはいけなくなるの。そしてね、教会の食べ物は質素なのよ。お菓子なんて一年に一度くらいしか食べられなくなるわね)


 前世で聖女だった時の食事は、一日二回だ。それも朝の食事は固いパンのみで、夕食にはパンとおかずが二品と決まっている。おかずは豆や卵が多く、肉類を食べることはほとんどない。


 甘いものを食べられるのも、年に一度の収穫祭の時だけであった。


 だがレナリアが今思い返してみると、教会の上の役職のものたちは太っていることが多かったから、きっと分からないように贅沢な食事をしていたのだろう。


「ええー。そんなのイヤだ―」


(だったら私との約束はちゃんと守ってね)


「分かったー。チャムねー、もっと、もーっと、色んなお菓子が食べたーい」


(じゃあ部屋の中で大人しくしていて?)


「うんー」



 とりあえずこれで一安心だ。

 フィルの姿は、家族にはそのままで、血縁であるセシルとレオナルドにはタンポポの綿毛の姿で見えていて、他の人には見えない。


 チャムの姿は家族にも見えないから、大人しくさえしてくれれば、そこにいることは誰にも気づかれないのだ。


 よきよき、とレナリアは心の中で安堵した。


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