第40話 杖の材料

 仲の良い者と一緒に杖の材料になる木を探索するものもいるが、レナリアは一人で探すことにする。

 フィルに果物の匂いを探してもらえばすぐ見つかるからだ。


 かといって、探す様子もなくすぐに見つけてしまうわけにもいかない。


 だからレナリアは森を散策する気分で歩き始める。


「どうかしら、フィル。果物の香りはする?」


 レナリアはなるべく人のいない方向を選んで歩いていった。

 そうすれば気兼ねなくフィルたちと話ができる。


「えっとね、オレンジとリンゴの花の香りがするよ。……あとは、ちょっと遠いところに桃の花が咲いてるみたい」

「チャムね、桃! 桃がいいー!」


 羽をぱたぱたと震わせたフィルの言葉に、チャムが飛び跳ねる。


「チャムじゃなくて、レナリアが決めるんだよ。レナリア、どうする~?」

「そうね……」

「えー。でもチャムは桃が好きなのー」

「だから、決めるのはレナリアなんだってば!」


 怒ったフィルが羽をジジジと鳴らすと、チャムは「ひゃー」と叫んでレナリアの頭の後ろに隠れる。

 そしてここが安全とばかりに、木漏れ日からこぼれる光を反射して輝いている金の髪の中へもぐってしまう。


「チャム、くすぐったいわ」

「でもー。フィルが怒ってるー」

「大丈夫よ、本気で怒ったりなんかしないわ。ね、フィル?」


 レナリアが手を差しだすと、フィルはその上に座る。


「……それで、どの木のところに行く?」

「せっかくだし、お花見をしましょうか。きっと満開の桃の花はとってもきれいよ」

「やったー! 桃~、桃~」


 レナリアの髪に隠れていたチャムが、大喜びで飛び出してくる。


「まったく……。レナリアは優しいんだから」

「フィルだって優しいわ。私のために怒ってくれたんでしょう?」

「……レナリアはボクの契約者だからね」


 ぷいっと横を向くフィルの耳が少し赤い。

 レナリアはふふっと小さく笑った。


 フィルの案内で、森の奥へと進んでいく。

 学園の結界の中だからか、魔物の姿は一つもない。


 森にはたくさんの木々が育っていたが、不思議と暗くはない。

 枝葉の間からこぼれる光が、宝石のようにきらめいて木々に彩りを添えているのだ。

 踏みしめる下草は柔らかく、歩きやすい。


 自然の森のように見えるが、きっと学園の手が入ってきちんと整備されているのだろう。


「桃の木は聖女の噴水の辺りなの?」

「もうちょっと先かな」


 フィルの言葉に、レナリアは驚いて立ち止まる。


「結界を越えてしまうわ」

「レナリアなら魔物が出ても大丈夫でしょ。近くに人はいないから、思いっきり魔法を使えるよ」


 いつも魔力を抑えているからか、フィルが期待したような目でレナリアを見る。

 

「つまり、フィルが思いっきり魔法を使いたいのね」


 からかいを交えたレナリアに、フィルは鼻の頭をぽりぽりとかいた。


「えへへ。正解」

「チャムもー。チャムも魔法いっぱい使うー」

「森で火魔法なんて使ったら、火事になっちゃうからダメ」

「チャムもお手伝いしたいのにー」

「もうちょっと大きくならないとね。ボクの子分になったから、すぐに大きくなるよ」

「うん。大きくなるー」


 フィルが飛び回ると、チャムもその後を追いかける。

 まるで兄妹みたいだわ、とレナリアは微笑ましく見守る。


 記憶を思い出す前のレナリアも、ああやってアーサーにくっついていたものだ。

 ……たまには、そうしてもいいかもしれない。


 前世でのレナリアに家族はいなかったが、現世では優しい家族がいるのだ。

 思う存分甘えられる相手がいるというのは、何と贅沢なことか。


 そうね。杖の材料になる木を見つけたら、報告に行きましょう。

 そして久しぶりにお兄さまとゆっくりお茶をしてお話したいわ。


 レナリアはそのためにも素敵な杖の材料を見つけようと思う。


 ふと、風に乗って花の香りが届く。


「ほら。ここだよ、レナリア」


 いつの間に結界の外に出たのだろうか。

 魔物に襲われることもなく、レナリアはその場所にたどり着いていた。


 目の前に広がるのは、満開の桃の花だった。

 一本の木から赤、ピンク、白の三色の花を咲かせている。


「まあ、なんて綺麗」


 芳醇な香りが風に乗り、咲いたばかりの花が瑞々しい花びらを揺らしている。


「ちょっと待っててね。ボクが枝をもらえるか、頼んでくる」

「ええ。お願いね、フィル」


 杖の材料になる枝をもらうのは、生徒と契約する精霊だ。

 無理に枝を落とすと、力を貸してくれないばかりか祟ることすらあるらしい。


 だが契約した守護精霊を通じてしっかりとお願いすれば、祝福のこもった枝が自然と落ちてくる。

 だからレナリアはフィルが桃の木から許可をもらうのを、チャムと一緒に待っていた。


 しばらく木に両手をつけて会話していたフィルが離れると、ポトリと一振りの枝が落ちてくる。


 それはまだ可愛らしい花をつけたままの、まっすぐに伸びた、良い杖になりそうな枝だった。


 レナリアは枝を拾うと、花の香りをかいだ。


「いい匂い……」

「わーい。桃の枝ー」


 レナリアよりも喜ぶチャムに笑みがこぼれる。


「フィル、どうもありがとう。桃の木さんも、大切な枝をくださってありがとうございます。大切に使わせて頂きますね」


 レナリアは感謝の気持ちをこめてお辞儀をする。

 フィルも鼻高々だ。


「一番いいところをもらったからね」

「さすがフィルね」


 そう褒めると、フィルは嬉しそうに飛び回った。

 チャムも再び一緒に、くるくると飛び回る。


 すると突然、チャムが動きを止めた。


「あれー? 火の気配がするー」

「火? 大変、火事かしら」


 慌てるレナリアに、フィルは首を傾げた。


「誰かが魔物と戦ってるみたいだよ」

「えっ。結界の中で?」

「ううん、外」


 では、誰かがうっかり結界の外へ出てしまったのだろうか。


「大変! 誰が戦ってるの?」

「うーん。サラマンダーと契約してる子かな。誰かは知らない」

「魔物の種類は分かる?」

「トレントだよ」


 トレントは、枝や根を伸ばして獲物を捕らえて自分の栄養にしてしまう、木の魔物だ。

 前世でもよく戦った。

 確かに火の魔法がよく効くが、森の中では大火事になってしまう。


「助けに行きましょう、フィル。案内して」


 レナリアは桃の枝をしっかり持って、フィルに道案内を頼んだ。

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