第36話 君はボクの子分

 フィルもまさかサラマンダーが泣くとは思わなかったのか、目を見開いて固まっている。


 しかし子供というのは泣くものだ。

 精霊にも当てはまるのかどうか分からないが、前世で聖女だった時に神殿で子供のお世話をしていたレナリアは、泣く子の相手に慣れていた。


「ねえ、泣かないで」


 レナリアはそっと手を伸ばす。

 その指先に震える小さな炎が乗った。


「だってー。悲しいんだもーん」


 ふるふると震える炎は気のせいか青みを帯びている。……悲しみのせいだろうか。


 どうしよう、とフィルを見ると、可愛い顔をしかめながら腕を組んでいた。


「おい、お前! レナリアと契約するのはダメだけど、ボクの子分にならなってもいいぞ」


 子分って何だろう、とレナリアは思った。

 でもフィルが少し歩み寄ってくれているから、前よりも成長したようで嬉しい。


「こぶんってなにー?」


 だが生まれたてのサラマンダーには「子分」が分からなかったらしい。


「ボクの手伝いをすることだよ。ボクはレナリアのお手伝いをするから、間接的にお前もレナリアのお手伝いができるってことさ」


 ふふん、と胸を張るフィルの羽がきらきらと輝いていて、とても可愛い。

 その姿を見るだけで、レナリアの胸がほっこりと暖かくなる。


「なるー! フィルの子分になるー!」


 そんなフィルの周りを、小さなサラマンダーは喜んで飛び回る。


「じゃあボクの魔力を受け取るといいよ」


 フィルが羽を揺らすと、そこから虹色の光があふれ出た。

 赤や黄色や紫に輝く光の中を、小さなサラマンダーが歌うように飛び回る。


 そしてサラマンダーの炎のきらめきが、虹色ににじんで燃え上がった。


 驚くレナリアの前で、サラマンダーは「やったー!」と喜んでいる。


「フィルのこぶんになったー! これでレナリアのお手伝いができるー。ねえ、レナリア、何でも言って。お手伝いするー」


 どうやらサラマンダーはフィルの子分になってしまったようだ。

 

 ……良いのだろうか。


 レナリアは一瞬考えこんだが、フィルもサラマンダーも喜んでいるようだから、良いということにしておこう。


「どうやってお手伝いするのー?」

「このナイフにちょっとだけ魔力を流すんだ。ほんとにチョッピリだからね」

「分かったー」


 レナリアが呆然としている間に、フィルがサラマンダーに指示をしている。

 ナイフにほんの少し、火の魔力が流れていく。


「ほら、レナリア。これでいいよ。火の魔力と水の魔石が反発して、いい感じに失敗するはずだから、やってみて」

「え、ええ」


 いい感じの失敗とは何だろうと思いながらも、フィルの勢いに押されて、レナリアは魔石に魔法紋を描いていく。


 ぐっとナイフの先に抵抗を感じる。

 フィルの言う通り、水の魔石と火の魔法は反発しあってうまく彫れない。


 これなら魔法がうまく発動することはないだろうと安心しながら彫っていく。最後に魔法紋が光らなければ、無事に失敗できているはずだ。


 もし万が一成功してしまったら、思いっきり魔力を流して魔石を二つに割ってしまえばいいが、それはそれで魔力の多さを証明してしまうだろうから、最後の手段だと考えている。


 そしてレナリアは魔法紋を最後まで描き終わった。


 完成した魔法紋は――。


「あれ、光ったね」

「ほめてほめてー」


 小さなサラマンダーがはしゃぐように、レナリアの周りを飛び回る。


「ちょ、ちょっと待って」


 レナリアは焦った。


 どうやら魔法紋をちゃんと完成させたいサラマンダーが、精密さを必要とする魔力操作をがんばってしまったらしい。中々に優秀な子だ。


 しかし今回はその優秀さを必要としていない。


 レナリアはすぐさま魔石の破壊をしようとした。


「レナリアさん、もう完成したんですか? 早いですね」

「あ、いえ、あの、これは……」


 ヒョイっと顔を出したポール先生が、レナリアの持っていた魔石を取り上げる。

 魔石をかざして魔法紋を見たポール先生は「ん?」と首を傾げた。


「どうしたんですか、先生?」


 ポール先生の様子を見て手を止めたローズが聞く。


「こんな魔法紋は見たことがない」

「……同じ形ですけど」


 ローズは黒板に描かれた魔法紋と魔石のものを見比べて、同じ模様だと思った。

 レナリア以外のクラスメイトたちも、手を止めてポール先生が持つ魔石に注目している。


「あの、先生。私、失敗してしまったみたいですの。もう一度、今度はちゃんとしたものを作りますから、それは返していただけませんか?」


 レナリアは立ち上がってポール先生の持つ魔石を返してもらおうとした。


 だがポール先生はその手を避けて、魔石を壁際の流し台へと持っていく。


 そして魔石に魔力を流すと――。


「信じられない! これはどうやったんですか? 水の魔石からは水しか出ないはずなのに、これは暖かい。水を温めるためには、違う魔法紋を彫った魔石が必要なのに」


 魔石から流れ落ちるお湯に触れたポール先生は、興奮して叫ぶ。


 その周りを、小さなサラマンダーが得意げに飛び回っていた。

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