第17話 守護精霊に名前をつけよう
「まあランスもこれから心を入れ替えるといいんじゃないかな。それにね、見えないけど、そのうちエアリアルの気配を感じる事ができるようになるよ。こんな風にね」
ポール先生がそう言うと、茶色い前髪がふわっと揺れた。
「……エアリアル……」
風車を動かしたいと言っていたローズが、感動したように呟く。
姿は見えなくても、そこに確かにエアリアルがいるのを全員が感じた。
「じゃあ皆も名前をつけてみようか。自分の守護精霊と仲良くなるのが、一番最初の授業だよ。レナリアさんはフィルという名前をつけたんだよね。何か意味があるのかな?」
フィルの名前は古語で風、という意味だ。
だが千年前の古語だったのだから、今では既に失われている言葉なのではないだろうか。
なぜ知っているのかと聞かれても、レナリアには答えられない。
「本に書いてあったのですけど、風という意味みたいです」
「なるほど。いい名前だね。僕はどうしようかな」
ポール先生は腕を組んで考え始めた。
「僕はね、エアリアルがこの目で見えたなら、どんな姿なんだろうかといつも想像しているんだ。サラマンダーは火、ウンディーネは雫と、その属性に合った姿をしているだろう? でも風の姿っていうのが想像できなくて」
そう言いながら、手の平を差し出す。
ふわりと感じた風に、ポール先生は目を細める。
「一番風を感じる事ができるのはどんな時だろうって考えるとね、タンポポの綿毛を飛ばす時かなって思うんだ」
確かに、タンポポの綿毛は、わずかなそよ風でも風に舞う。
ぽわぽわとした白い綿毛が青い空に飛んで行くのは春の終わりの風物詩で、レナリアもよく屋敷の庭で兄と綿毛を吹いて飛ばして遊んだものだ。
「うん。だからポポにしよう。僕のエアリアルはポポでいいよね」
えっ、その名前!?
そう思ったのはレナリアだけではなく、他の生徒も同じだ。
自分のエアリアルにつける名前を考えるのを止めて、一斉に注目している。
確かに可愛らしい名前だけれど、先生の守護精霊につけるならもっと重厚な名前が良いんじゃないのかしら……。
「あの子、ポポって名前を気にいってるから大丈夫だよ。凄く喜んで飛び回ってる」
フィルがパタパタとレナリアの顔の前に飛んできた。
そうなの? とレナリアが聞くと、うんうんと頷いてからお日様のように笑う。
「他の人間は無理だけど、あの先生ならもっと魔力が馴染めばポポの輪郭くらいは見えるようになるんじゃないかな」
ポポも、本来の姿はフィルのような子供の姿なんだろうか。
「むぅ……。レナリアは他のエアリアルの事なんて気にしなくていいんだからね」
口をとがらすフィルに、レナリアはごめんなさいと苦笑する。
どうやら守護精霊というのは、自分の契約者が他の精霊に興味を持つのには、ずいぶんと
勉強になったわね、とレナリアは心の中でそっと呟いた。
結構な時間をかけて名前つけが終わると、ポール先生は「じゃあちょっと魔法を発動できるか試してみようか」と、一本のロウソクを取り出した。
そしてロウソクを教壇に置いて火をつけると、レナリアを手招きする。
「じゃあレナリアさん、この火に向けて風を起こしてみてね。落ち着いてやれば暴走はしないから、大丈夫だよ」
さっきのフィルの暴走によって教室の机が飛ばされたが、多分、レナリアが本気で魔法を使えば机どころか部屋中の全てが吹き飛んでしまうだろう。
さすがにそれはできないから、力を抑えて魔法を発動する事にする。
ロウソクに向けて風魔法を使うっていう事は、つまり、あれを消せばいいのね。
一番最初の魔法だから、きっと皆も簡単にできるはず。
なかなか手加減が難しいが、学園に入るまでにフィルとたくさん練習したのだ。
レナリアはいい感じに手を抜く事を覚えていた。
「ではいきます。風よ!」
杖がないので、指でロウソクを差す。
前世で魔法を使った時のように、体の中から力が抜けていく感覚はなく、そのまま指先からつむじ風が吹く。
「あら、はずしてしまいました」
それでも念のため、一度目は失敗しておく。
これくらいやっておけば、レナリアの魔法は大した事がないと思ってもらえるだろう。
「もう一度やってみますね。風よ!」
次は見事にロウソクの火を消した。
これで完璧、と思って満足げに振り返ると、なぜか皆ポカンと口を開けていた。
教師であるポール先生までもが硬直している。
「レナリアさん、凄い! ロウソクの火を消せる人なんて初めて見たよ。普通は炎を揺らせるだけなのに。君は学園始まって以来の風魔法の天才だ!」
興奮するポール先生に、レナリアの方が驚く。
え。
待って。
この程度で驚くの?
この時代の魔法って、どれだけ遅れているの???
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